TRACK 05;似た者同士

「……と言う訳じゃ。あの時ワシは、言い訳をしておったんじゃ。」

「……そうですか。」


 例の探偵事務所を訪れてから数日後、藤井さんから連絡を受けた。根岸組で摘発した銃器の数が変わったのは地下室からではなく、隠し倉庫でそれを見付けたせいだと言う。


「愛人が隠し倉庫を見つけたんじゃが…そこで落し物をしたと言うもんじゃから、その後こっそりと探しに行ったら、大量の銃が見つかったんじゃ。愛人の事を言うのが恥かしくての……。だから、本当の事を隠しておったんじゃ。」

「………。なるほど、分かりました。」


 僕はそう答えて電話を切ったけど、疑いは更に強くなった。昨日の内に、あの時の事件簿を調べた。隠し倉庫があった事は事実だ。誘拐された被害者が閉じ込められていた。裁判でも藤井さんはそう証言し、愛人の方も同じく証言した。


『……!!?この人は??』


 しかし、愛人とされる人の写真を見て息を飲んだ。探偵事務所で秘書を務めている女性だったのだ。そして今の電話…。恥かしかったからと言うのは、嘘以外のなにものでもない。愛人とされる女性は、証人として裁判に臨んだのだ。


(全く…。謎が多いのか嘘で固められただけなのか…。)


 藤井さんは破天荒な刑事で、噂される伝説や武勇伝は数多い。逮捕した悪党の数は計り知れず、安田先輩より尊敬に値する人かも知れない。だけど、伝説が多い分だけ変な噂も多く存在する。一番の噂は、警察に入る前は傭兵部隊に所属していたと言うものだ。世界中を巡り、戦争が勃発した国で活躍していたと言う。そしてその時培った技術を、刑事になった今でも生かしていると言う。

 いや、そんな事よりもあの探偵事務所だ。やはり怪しい。このタイミングで藤井さんから電話を受けた事も不自然だし、秘書の女性は愛人でない可能性も高まった。


(どうやら藤井さんも、同じ船に乗っているようだな…。推理が正しいならば、やっぱりあの人達は……。)


 僕は、少しずつ真相に近づいている事を感じた。興奮を抑える事が出来ない。


「先輩。ちょっと、外回りに行って来ます。」

「??また吉田の所に行くのか?」

「彼はもう、見事に立ち直ったと思います。今日はちょっと、違う用事がありまして……。」


 じっとしている事もままならず、仕事をサボって例の事務所へ向う事にした。秘書の方から話を聞き出し、藤井さんの話との矛盾を探り出すつもりだ。




「あれっ!?貴方は先日の……」

「………誰だ?」

「あっ……挨拶も……出来なかったですよね?」

「???」


 事務所へ向かう途中、その近所の駅前で先日出くわした人を見かけた。昼を疾うに過ぎたこの時間に、広場のベンチで横になっていた。


「私は佐藤成樹と言う、刑事です。」

「ああ、お前か……。今日は何の用だ?」

「………。」


 そう尋ねられたけど、この人を探していた訳ではない。コンビニに立ち寄った帰りに、偶然に見かけた。

 それでも何かを聞きだせると思った僕は、隣のベンチに座って対話を試みた。


「ちょっと……お聞きしたい事がありまして……その……」

「……安本だ。安本健二だ。」


(先輩と、一文字違いか……。)


 その名前に驚いた。姓名占いってものを信じられる気がした。お二方人は似ている気がする。


(もしそうなら、この人への聞き込みは一筋縄では行かないな……。)


「?何処に行くんですか?」

「………帰る。」

「えっ!?」


 聞き込みを始めようとした僕を前に、安本さんは起き上がって事務所に帰ると言い出した。


(やっぱり、先輩と似ている。)


 気ままと思われる性格に肩が硬くなる。固唾も飲んだ。それでも真相に近づきたい僕は、安本さんを引き止める事にした。


「それなら、私が送って差し上げます。車を駐車させてあるので、先ずはそこまで歩きませんか?」

「………。」


 反応が悪い安本さんを半ば強引に連れ、どうにか乗車させるまでに至った。


「何を探ってるかは耳にした。だが俺達は、交番で起こった出来事すら知らなかった。根岸組の件だって何も知らない。」

「………。」


 藤井さんから受けた電話の内容は、まだ口にする事は出来ない。秘書の方から直接確認を取りたい。僕は、無言のまま車を走らせた。


「!危ない!」


 その前を、異常な速度で車が走り去った。


「済みません。ちょっと寄り道します!」

「あっ?」


 そして安本さんの返事を待つ事なく、事務所とは違う方向に、荒い運転の車を追い掛けた。


「お前…交通課の人間じゃねえだろ?」

「それでもあんな運転は許せません。刑事としてではなく、人間として注意しないとです。」

「………。」


 赤信号の前で、どうにか前の車を捕らえた。車から降り、運転席まで走って向かう。


『コンコンッ!』

「……何だ?何か用か?」


 反応が悪い運転席の窓を数回叩くと、男性がやっと顔を覗かせた。


「随分と乱暴な運転でしたね?事故でも起こったら、どうするつもりだったんですか?」

「うるせえな!トロいそっちが悪いんじゃないのか!?」


 窓を開けた時から態度が悪かった。荒い運転だった事を自覚した上で、開き直っているのだ。


「……素直に謝れないなら、少し、時間を頂きましょうか?」


 良くない態度は続き、注意に耳を貸そうともしないので、仕方なく懐から手帳を取り出した。


「警察!?の…方ですか?」

「正確には刑事です。」

「済みません……。許して下さい。」

「………。今後は気をつけるように。」


 人として注意したかった。だからそれを済ませた僕は、安本さんを待たせている車に戻った。


「どうした?早い帰りだな?切符は切らなかったのか?」

「後部座席に幼い子供が乗っていました。反省した顔は見られませんでしたが、ずっと後ろを気にしていたので…可哀想だから厳重注意で終わらせました。叱られている父親の姿なんて…子供には酷じゃないですか?」

「………。」

「安本さん?何処に行くんですか!?」

「お前の代わりに、俺が注意して来る!」

「?ちょ、ちょっと待って下さい!」


 刑事である僕が許すと言うのに、安本さんは怒鳴り声を上げて前の車に向かった。豹変した態度に同じ課の先輩を思い出し、僕は焦って止めに向かった。


「てめえ!一体どう言うつもりだ!?降りろ!」

「安本さん!警察の私が良いって言ってるんです。もう良いじゃないですか!?」

「お前は黙ってろ!許せる訳ねえだろ!?てめえ!子供を乗せてんのに、あんな乱暴な運転してたのか!?」

「安本さ…」

「子供を守るべき親が乱暴な運転をして、それで警察に捕まったら、今度は子供をダシに許しを請うのか!?どこまで腐ってんだ!」

「………。」

「お前が大人になりきれねえのは許してやる!しかし!子供を持ったんなら、せめてその前では親としての自覚を忘れるな!」


(………。)


 安本さんの言葉に、惹かれる僕がいた。


(やっぱりこの人達は……)


「………!?安本さん!暴力はいけない!」


 気を奪われている隙に安本さんは車に体を突っ込み、遂には父親を殴りつけてしまった。


(子供の前だって言うのに!)


「もう充分です!このままでは、貴方を逮捕しなければならない!」

「したけりゃそうしろ!その前に、この馬鹿を鍛え直してやる!」

「!!安本さん!」

「放せ!あっ!待ちやがれ!」


 結局、口論は安本さんと僕との間で行われた。その隙に父親は車を発進させ、被害届も出さずに逃げてしまった。


「次、見かけたら容赦しねえからな!」

「安本さん!好い加減にして下さい!」


 興奮が冷めない安本さんを制そうと、大きな声を上げる僕がいた。車を追い駆けようとする背中を掴み、必死に止める僕がいた。


(………。)


 そして同時に…彼に惹かれ始めている僕もいた。

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