TRACK 04;警察嫌い

『弘之!俺は将来、警察になる!』

『えっ?何で!?』

『警察は正義の味方だし、刑事になったら毎日、あんパンと牛乳がタダで食えるんだぜ!?』

『?本当か!?』


 深酒をした次の日、俺は、頭痛と共に目を覚ました。


(………。)


 ガキの頃の夢を見た。あの頃は刑事になりたがっていた。あんパンと牛乳がタダだと思っていたし、何よりも悪い人間達を懲らしめてやりたかった。


(だが今は…警察も信じられない。)


 人には必ず、表と裏がある。良い人、悪い人のどちらかで区別出来るほど、人と言うものは単純ではない。良い人間の中にも悪い存在が潜んでいる。そこまでは理解する。俺だって、女の敵と言われてから久しい。だからと言って、力を欲望の為に悪用した覚えはない。

 性質が悪いのは潜めるべき悪を表に出し、それを本性に変えた人間だ。俺はそんな人間が許せない。しかしそんな連中が善人の皮を被って悪さをする。善人であろうと努力する人間を苦しめる。


『腹減ったな……。』

『ヒーローが、俺達を助けてくれるさ。』

『ヒーローなんている訳ねぇだろ?』

『………。だったら、俺がヒーローになる!』

『……あっ?』


 夢よりも古い記憶……。弘之は、ヒーローになりたがった。誰も自分を助けてくれないから、ヒーローが目の前に現われないから、だからあいつはヒーローになる事を望んだ。そして出来る限り、人を助けようとした。空腹からは逃れられなかったが、誰かを助けると気分が良くなる。俺も弘之を手伝って、空腹を忘れる事が出来た。それでもテレビの向こうに見える、刑事が食うあんパンと牛乳が美味そうに見えた。だから俺は…刑事になろうとした。




『元気を出せ。佐藤は真面目な男じゃ。力がばれたとしても、秘密は守ってくれるじゃろうて。』


 昨日の晩、親父から酒を奢ってもらった。俺が暗い顔をしていたら、元気を出せと言ってきた。…勘違いだ。力を見られて落ち込んでいた訳ではない。佐藤と名の刑事を見て俺は、昔の恩人を思い出した。


『信用ならねえ。親父にだって力の事は知られたくなかった。俺は…警察を信じない。』

『………。相変わらずじゃの……。』

『今日も…昔の事を思い出した。親父ら警察に会う度に、俺はあの時の事を思い出す……。』

『………。鈴木の事か?』

『…ああ…そうだ。』

『………。』


(鈴木さん………。)


 体に残った酒とは違う何かで頭が痛くなりそうだ。何度も顔を洗い、酔いと昔の記憶を消そうとした。


『健二君!腹が減ってるんなら、これ食べなよ!』


(………。)


『何か困った事でもあるのかい?僕が助けてあげる!』


(……………。)


『健二君は将来、刑事になりたいんだって?偉いぞ!』


(……………。くそっ!)


 酔いは覚めていくと言うのに、あの人の記憶は大きくなっていく……。



 …中学に上がる頃、尊敬出来る人が現れた。お袋側の祖父さん祖母さんの家に遊びに行った時、その人に出会った。

 俺の家は、両親が幼い頃からして貧乏だった。親父もお袋も金に縁がなく、2人の間に生まれた俺には貧しい暮らしが当たり前だった。


『お祖父ちゃん、久し振り!』

『おお、健二か?久し振りだな。いつの間にかお前も、中学生になるんか?』


 制服が必要だった。お下がりを貰いに、親戚が集まる祖父さん祖母さんの家に足を運んだ。


『お邪魔します!』

『ああ、鈴木さん。いつもありがとう御座います。』


 鈴木さんはその頃、祖父さん祖母さんの家の近所に引っ越して来た人だ。大学を卒業し、仕事の為に故郷の田舎から出て来た。実家は農業を営んでいて、そこから送られて来る野菜を、祖父さん祖母さんは分け貰っていた。それだけでなく鈴木さんは、歳を取った祖父さん祖母さんの身の回りの手伝いもしてくれた。越して間もない人なのに、町内では良い人との評判を集めていた。



『いつも済みません。両親だけでなく、私達まで頂いちゃって……。』


 お下がりを貰った頃から、祖父さん祖母さんの家に足を運ぶ事が多くなった。親が、鈴木さんから野菜を貰いに行く度について行った。


『はははっ!気にしないで下さい。物凄い量の野菜を、親が送りつけてくるんです。僕1人では食べ切れない事は分かってるのに……。ご近所の人に、分けろって言ってるんです。』


 鈴木さんは優しい人だった。野菜を貰う為に祖父さん祖母さんの家に足を運び、その度に俺は、あの人の優しさに触れた。


『健二君は、どんな野菜が好きなのかな?』

『美味しい野菜が好きです!』


 野菜には珍しい物も多かった。見た事も食べた事もない野菜を前に俺は、名前なんて知らなかった。


『はははっ!なるほど!種類じゃなくて味って事だね?鋭い!核心を捉えた答えだ!』

『だから鈴木さんの野菜は、全部好きです!』


 俺に、歳の離れた兄貴が出来た。鈴木さんは何処までも優しい人で、俺達の世話をしてくれた。


『健二君は将来、刑事になりたいんだって?』

『はい!刑事になれば、毎日あんパンと牛……』

『偉いぞ!やっぱり健二君は、見込みがある子だ!』


 正義感に溢れる人でもあった。故郷の田舎は、静かで平和な場所だったそうだ。

 だから鈴木さんは都会に来て、その空気に慣れなかった。



『お祖父ちゃん。今日は鈴木さん、いないのかな?』

『………。』


 ある日、1人で祖父さん祖母さんの家に足を運んだ。正確には、鈴木さんの家を訪ねるつもりだった。私立中学に進学して会わなくなった麻衣に、最後の頼みだと言ってパンケーキを作ってもらった。野菜のお返しとして届けるつもりでいた。


『?どうしたの?』

『鈴木さんは……』

『……えっ!?』


 その前日に、鈴木さんは警察に捕まったと聞かされた。暴力事件を起こしたと言うのだ。


『鈴木さんは、そんな事する人じゃない!』


 その日から、祖父さん祖母さんの家に野菜が届く事はなかった。まだ幼く、頭も悪い俺は鈴木さんのその後を知る事が出来なかった。


 やがて高校に進学し、今のメンバーが揃った。その頃の俺は弘之を巻き込んでは、しょっちゅう喧嘩をしていた。

 人は成長するにつれて、悪い事を覚えて行く。『悪い事』だと分かっているのにそれを働く。俺は今でも頭が良くないが、『悪い』と言う言葉の意味を知っている。それなのに、俺よりも頭が良い奴らが、『悪い事』がどう言う事なのかを知っている奴らがそれを行う。でも、それを理由に喧嘩を始めたら補導されるのはいつも俺と弘之だった。親父との悪縁もその頃から始まった。

 弘之は殆どの場合、俺を止めようとしただけだったが、それでも補導された。被害者だと言い張る奴らが、共犯だと言って悪者に仕立て上げるのだ。


『あんた刑事なら、鈴木って人を知らないか?警察に捕まったと聞いてるが、俺はあの人が悪い事なんか出来ない人だって知ってる。』


 …あの時の鈴木さんも、弘之と同じ目に遭わされていた。悪縁が出来た親父に、鈴木さんの事を調べてもらって分かった事だ。


『鈴木は…』

『えっ!?あんた何言ってんだ!?』


 親父の話に耳を疑った。そして俺は…警察を信じなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る