TRACK 02;3つの疑問

 よく知る建物なのに、まさか、ここに例の探偵事務所があるとは思わなかった。ビルはとても古く、外壁には入居している企業の看板が掲げられていない。持ち主が好い加減だからか知れないけれど…それが疑いに拍車を掛けた。


(やはりあの人達は…何かを隠している?)


 藤井さんの要請を受け、荒川と根岸組の悪事を取り締まった。そこで疑問が生まれた。2度目の疑問だった。3度目は先日の事だ。美術館を襲った犯人が罪に問われなかった。盗品が全て無事に戻り、犯人が未成年だと言う理由もあり、更に所有者が上部に圧力を掛けたからだと聞いたけど…時制が合わない。犯人は、逮捕された直後に解放されたのだ。

 根岸組を誘拐と銃刀法違反で逮捕した時は、当初よりも多くの銃が押収された。


『あの後、ワシが調べたら地下室に隠された銃があった。…それだけじゃ。』


 藤井さんはそう答えた。しかし根岸組を取り締まった担当は、僕でなければ藤井さんでもない。組を調査したと言う事からが不自然なのだ。それに、後で分かった事だけど組事務所に地下室なんて存在しない。それを問うと藤井さんからは、あやふやな返事が返ってきた。…先日の事も含め、腑に落ちない点だらけだ。

 だから自ら疑問を解決しようと、探偵事務所を訪れる事にした。2つ目と3つ目の疑問に、ここが絡んでいるのだ。


(………。)


 それにしても、さっきのは見間違いだろうか?放り投げられたのでなく、石が宙に浮いていたような…。


(いや、まさか…。多分、見間違いで正解なのだろう。)




『!?先輩!私の机に、大量の違法薬物が!!』

『………。』

『わっ、私、知りませんよ!?横領した訳ではありません!』

『落ち着け。お前は配属されたばかりから、何も知らないんだ。』

『???』


 事務所に訪れる前に、斜め後ろに見える交番へと目を向けた。数年前まで配属になっていた交番だ。最初の疑問を抱いた場所でもある。


『この町に暴力団はいない。だが不思議な事に、パトロールでここを空けている間に、誰かが薬物や銃を置いて行く事があるんだ。』

『??何ですか?その話?』

『ここで起き続けてる謎さ。誰かが自首したのか?何処かの正義の味方が、暴力団から奪った物を置き去ったのか……?未だ、その真相は分かっていない。』


 刑事になる前に勤務していた交番で、時として不思議な出来事が起こっていた。僕は1度しか経験がないけど先輩達の話によると、数年前から頻繁に起こり続けている事らしい。

 気になった僕は、警官としての勤務が終わるまでに不思議な出来事の犯人を探し出そうと、町の人達に聞き込みを行った。もしかして?と言う可能性を信じたかった。


『馬鹿野郎!そんな事するんじゃない!ここの人達は何も知らないんだ。聞き込みなんてしたら、町に銃や薬物が溢れてると誤解するじゃないか!?平和な町なんだ。誰にも言わず俺達が取り締まった方が、世間は安心するんだよ!』

『あっ……。』


 だけど先輩に叱咤された。僕も行き過ぎた行動に反省した。以来、調査は諦めたけど…しかしそれまでに得た情報としては不思議な出来事の目撃者が、1人としていないと言う事だった。

 刑事になって直ぐ、過去の復讐劇に因る連続殺人事件を任された。その時は無我夢中になり、忙しく動き回った。しかし事件も解決を迎え、藤井さんに協力した時から…頭の中はあの時の疑問でいっぱいになった。…目撃者が誰一人としていない。僕はどうやら、そんな事件に巻き込まれ易いようだ。あの事件でも、僕が最初の目撃者になった。だから3つの疑問も、僕自身が解決してみせる。


(見えない事実の背後に潜んでいるのは…果たして?)




「………。」


 相も変わらない交番を眺めた後、ビルに入って階段を登った。


「失礼します。」


 2階に入居する事務所は1つしかなかった。看板は依然として見当たらないけど、ここで間違いない。


(商売気がない…若しくは、素性を隠しているからか?)


 古びた扉を開け、事務所の中に入る。見覚えある女性が1人、そして、さっき出会った人と同じくらいの年齢の男性が2人いた。その内の1人も知っている顔だ。


「?ひょっとして、刑事さんですか?あの時は世話になりました。」


 その人が声を掛けてきた。荒川の口を滑らせる作戦を企てた人だ。金森と名の男性で、ここの所長を務めている。

 …そして先日、意味不明な言葉を大声で叫んでいた人でもある。


(『あの時』…。清掃員に扮装していたから当然だけど、僕が動員された事を知らない。)


「お久し振りです。ちょっと、尋ねたい事がありまして……。アポも取らずに来てしまいました。」

「むさ苦しい所ですが、どうぞお座り下さい。」

「………。」


 あえて先日の事件には触れなかった僕は金森さんに案内され、相談室みたいな場所へと移った。


「で?聞きたい事と言うのは?」

「………。例の事件において、腑に落ちない事がありまして……。」

「……と言うと?」

「荒川組で押収された銃刀が、摘発直後とその後で量が違ったんです。誰かが横領して減ったとかではなく、増えていたんです。」

「………。」

「私の管轄地域ではないので、直接確認した訳ではありませんが……。」

「それを私に聞かれても…。その件に関しては、藤井刑事が詳しく知っていると思いますが?」

「藤井さんは何かを隠しているようで…相手をしてくれません。だから私は、自ら疑問を解決しようと……。」

「………。」

「昔、同じような経験をしたんです。実は私、刑事になる前に警官として、斜め前の交番で勤務していたんですよ。」

「………。ほう。」

「不思議な出来事が起こっていまして……。私も1度、目の当たりにしているんです。あの交番でも…」

「あっ…。」

「?」


 話の途中なのに金森さんは、思い出したように事務所の人達を紹介し始めた。


「それはともかく、挨拶が遅れました。あの時は、私ともう1人のメンバーとしか顔合わせしていませんよね?…他のメンバーを紹介します。」

「………。」


 先ず紹介されたのは、秘書と思われる女性だ。美術館でも見かけた。そして次に、覚束無い足取りの男性を紹介された。どうやらこの人は、目が見えない方のようだ。


「初めまして、琴田拓司と言います。」

「初めまして。佐藤成樹と言います。」

「……………。その節は、うちの者がお世話になりました。」


 …僕の手を握り、そう答えた琴田さんが何か、考え事をしている素振りを見せる。


「私達の他に、メンバーは後3人います。1人は以前、お会いになった男です。今は営業に出掛けていて……。何せ、貧乏な探偵事務所ですから……。」

「もう御一方とは、先ほどお会いさせて頂きました。ビルの入り口ですれ違いました。」

「あっ、安本健二と言う男です。」

「………。少し…不思議な雰囲気を持った方でした。」

「………。」

「残りの御一方も知ってますよ?」

「?」

「例の美術館強盗事件で、橋本さんと一緒に外を見張っていた方ですよね?」

「………。あの事件に、佐藤さんが?」

「ええ。清掃員に扮していましたから、お気付きにならなかったようですね?」

「………。」

「無線で、不思議な会話を耳にしました。能力者、相手が見えない、ボンソワール…。どう言う意味だったんですか?」

「…………。」

「…………。」

「……あっ!忘れてた!所長、ちょっと失礼します。」


 こちらも出し抜けに話題を変えてみた。動揺を謀りたかった。

 男性2人は動じなかった。しかし橋本さんは焦った顔を見せ、部屋から出て行った。


(やっぱりこの事務所には、隠された何かがある。)


「犯人は…上等なトリックを使うマジシャンでした。ボンソワールと言う題目の、アニメのヒロインと同じようなトリックを使うのですが…アニメではマジックではなく、超能力を駆使するんです。だから我々は犯人の事を、能力者と呼ぶ事にしたんです。見えないと叫んだのは…トリックは見破ったと現場に臨んだのですが…それが過信に過ぎなかったからです。」

「………。」

「それよりも、聞きたいのは根岸組の事では?ただ残念ながら、私達が知る事は何もありません。藤井刑事に、再度お尋ね下さい。」

「………。そうですか。」


 動揺を狙った僕に金森さんは、焦る事なく筋が通った説明をくれた。しかしここから立ち去った橋本さんを見て、推理は正しかったかも知れないと僕は…淡い期待を抱き始めた。


(この人達が、交番で起こる出来事の張本人だったなら……。)

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