TRACK 01;接触

 美術品を盗んだ犯人は、以前、苛められているところを救った佐藤百合だった。どんな因果があったのか、自身が通う高校の理事長が経営する美術館を襲い、そこの卒業生である麻衣が依頼主だった。そして…どんな応報があったのか、ビルの名が変わった。報酬を断った弘之に負けず、新たに依頼主となった麻衣の親父も我が強い。ビルを丸ごと買ったのだ。おかげで家賃に困る事はなくなった。元家主も満足しているそうだ。


(それにしても…良い女になると思ってたのに…。)


 10年後…いや、9年後のあいつに期待していた。まさか、悪事に手を染める女になるとは思わなかった。思春期であり、苛められっ子だった事も原因ではあるが…簡単には許せない。良い女リストからは削除だ。


(………。)


 いや、リストには残して置こう。情状酌量の余地がまだある。


(………。何故だ?どうして…あいつの顔がチラつく?)


 ナンシーは男だ。しかも、かなりのおっさんなのだ。


「………。」


 駄目だ。妙な気分に陥る。釣果も望めない営業がてら、外に出て気を紛らわせよう。




(しかし…能力者だったとは…。)


 ビルを出て、ふと思った。佐藤百合は最近になって力に目覚めた。中学までは苛められっ子だったのだ。俺達みたいな存在が他にいた事も驚きだが、あいつの場合は別だ。苛められる事が嫌で、ボンソワールと名のアニメのヒロインに憧れていた。そしていつの間にか、同じ力を手に入れたのだ。


(………。)


 足下に転がる石ころを掴む。勿論、しゃがんで拾った訳ではない。力を使い、手元に引き寄せたのだ。そしてそれを宙に浮かせ…考えた。俺達は幼い頃、若しくは生まれた時から力を手にしていた。誰が与えたのか知らないが、望んでもいない力を手に入れた。しかし佐藤の場合、自らが欲する力を手に入れた。


(…一体どうやって?)


 同じ能力者とは言え、力を手に入れた経緯が違う。


(若しくは…あいつも俺達と同じなのか?)


 それは都合が良過ぎる。アニメのヒロインと全く同じ力が、それが放送される前から潜在していたとは考え難い。

 とにかく佐藤は、俺達とは違うタイプの能力者だ。…羨ましい。俺が同じタイプだったなら、弘之と同じ力を手にしただろうに…。


「あの……済みません。」

「!!?」


 考え事に没頭してしまった。後ろから掛けられた声に驚いた。焦って振り向くと、1人の若い男が立っていた。


(……見られたか?)


「どうした?何か用か?」

「金森探偵事務所を探しているのですが……。」

「………。」


(ばれなかったのか?…客か?なら、今日の営業はなしだ。ありがたい。)


 しかし男は凛々しいスーツを着ていて、とても悩みや相談事がある様には見えない。


「私……こう言う者です。」

「………。」


 男の言葉を待っていると、懐から一冊の手帳を取り出した。


(………。刑事か…。)


 刑事は嫌いだ。警察が嫌いなのだ。奴らは…正義の味方ではない。


「…刑事が、一体何の用だ?」

「あっ、ひょっとして事務所の方ですか?」

「ここの2階だ。ビルの名前は変わったが事務所は健在だ。聞きたい事があんなら…そこで聞け。」

「………。」


 そう伝えると俺は背中を向け、見慣れた交番を通り抜けて町へ向かった。




(家賃が浮くのは良い事だが…得るもんも得んとな…。)


 数十分後、いつものベンチに寝転がり、空かした腹を手で押さえて昼寝をする事にした。営業は中止だ。気分が乗らない。どうせ客も見つからない。


(………。)


 しかし眠りも訪れない。空腹が理由ではなく、さっき出会った男のせいだ。昔を…思い出していた。


(しかし刑事が……俺達に何の用だ?)


 恐らく仕事の依頼ではない。だからと言って俺達が、警察の世話になるような事をしたとは思えない。むしろ人助けをしているのだ。ヤクザが開錠を求める金庫の中身も、奴らには渡さずいつもの交番に届けている。


(………。)


 弘之の指示でそうしている。だが実は、俺はそれが気に食わない。奴らに渡った危険な物が、正しく処分されているかなんて分かりはしない。横流しされている可能性もある。…警察なんてものは、所詮そんな連中の集まりだ。


(………。)


 それでもかつては、こんな俺でも刑事に憧れていた。幼い頃の夢だった。最初は勘違いだった。刑事になれば、毎日あんパンと牛乳がタダで食えると思っていた。それでも弘之に影響を受け、ヒーローには憧れ続けた。だから刑事を目指したが、大人になる前に知った事がある。…警察は、ヒーローなんかではない。


(…鈴木さん……。)


 あの出来事以来、俺は…警察を信じなくなった。

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