TRACK 05;調査開始
事務所に戻って、早速会議が開かれた。幸雄はいるけど健二はいない。昨日も出て来なかった。
(やっぱり…古傷は癒えてない。)
「親父のおかげで、犯人像がある程度まで浮かび上がった。次の盗みが起こる前に、急いで犯人を特定するんだ。」
「何でも言って下さい!直ぐに調べ挙げます!」
出席をしたものの、幸雄にはやる気が見られない。犯人はボンソワールだから、捕まえられるはずがないと考えている。代わりに橋本さんが俄然とやる気だ。警察より先に犯人を捕まえたいのだ。
(そうしないと報酬が貰えない。…必死だ。)
「犯人は女性…しかし若い。推測されるに、中学生か高校生だ。」
「!?それは違うぞ!?」
弘之が、藤井さんから得た情報を皆に伝える。そこで幸雄が立ち上がって異議を唱えた。
「ボンソワールは小学生だ!だけどフランスの血が混じってっから背が高い!間違えるな!」
「………。」
幸雄は俄然として、ボンソワールが犯人だと信じ込んでいる。だけどそれを…少なくとも僕は否定出来ない。指先から得た情報がそれをさせてくれない。
(……って…あれっ?)
「幸雄。ボンソワールを見てる年齢層は?勿論、お前みたいなマニアは例外だ。」
「!?俺はマニアじゃねえぞ!」
(確かに…。彼女が実在すると信じてる時点で、マニアを通り越して信者レベルだ。)
「ボンソワールは人気アニメだ。誰だって知ってる。知らないお前達が不思議なくらいだ。」
「………。分かった。それじゃ、メインのファン層は?」
「小学生…。でも、長寿番組だから中学や…ひょっとしたら高校生ぐらいまでの女子は見てるかな?」
(幸雄…君は何歳になった?そして男だろ?)
「だとしたら犯人は、中学を卒業したばかりの女子高生だ。」
「弘之!何度言えば分かるんだ!?ボンソワールは…」
「幸雄!聞かれた時だけ発言しろ。会議に支障を来す。」
「何だと!?」
…複雑な気持ちだ。幸雄の発言は会議を止めるけど、だからと言って全てを否定出来ない。
「盗みに使われたのが力なのかトリックなのかは別として…犯人はきっと、ボンソワールに憧れて犯行に及んだ。」
(あっ…。)
幸雄を抑えた弘之が、さっき思いついた疑問の答えを導き出した。確かに僕は、指先を通してボンソワールの姿を見た。だけどそれは客観的な視点だった。つまりはボンソワール本人ではなく、彼女を見ている誰かの視点を読み取ったのだ。
「そして例の美術館は、意外にも認知度が低い。国立でもない、個人が所有してるものだ。並べられた品は相当に高価だが、麻衣の親父の酔狂…個人の趣味で揃えられた、利益を度外視した美術館なんだ。」
「…つまり?」
「犯人はきっと、美術館から半径20キロメートル内に住む人間だ。この範囲内に…」
「中学校は3つ…高校は2つあります。」
「………。早いな?」
「事件解決の為です!」
相変わらず弘之は冴えている。藤井さんがくれた情報1つで、色んな事を推測する。
だけど、それ以上に早かったのは橋本さんだ。既にパソコンから情報を入手した。
「でも残念だが、その資料は役に立たない。」
「えっ…?」
「学校は関係ない。幸雄が犯人と遭遇したと言う場所…。恐らく犯人は、帰宅途中に幸雄と鉢合わせた。半径20キロメートル以内、更には美術館と遭遇地点、その延長線上の何処かに犯人の潜む家がある。」
「あっ!」
「どうした、幸雄?」
「だったら思い当たる家がある!まるで洋館みたいな…」
「とにかく!その線上にある家を調べ、年頃の女子高生がいるかどうかを調べるしかない!」
そこで会議は終わった。今回は珍しく、弘之の独壇場だった。
(いつもは、僕らの意見も耳に入れるはずなのに…。)
思うに弘之は、ボンソワールの存在を強く否定している。あらゆる可能性を考える彼において、あり得ない判断だ。
(何故だい?藤井さんが言ってたように、僕らの存在も普通じゃない。だったら、未知の力を持った人がいても不思議じゃないはずなのに…。)
弘之は…恐れるかのようにその存在を否定している。
「所長!」
「?どうした、橋本?」
会議を終えたところで橋本さんが挙手した。
「拓司さんが見たと言う、健二さんの事はどうなるんですか?」
そうだ。それを忘れていた。読み取った思念の中には健二の姿もあったのだ。
(忘れてた僕が人の事を言えないけど…やっぱり弘之の調子がおかしい。)
「そうか…。そうだな。それを忘れていた。拓司、お前が読み取ったイメージを、もっと詳細に教えてくれるか?」
「………。」
読み取ったものは、これまた客観的なイメージだった。健二の視点ではなく、誰かが健二を見ている視点だ。
この町にまだ残る、古いタイプの女学生と健二が喧嘩をしていた。とは言っても勝負は一方的だ。数名の女学生に囲まれた健二だけど、相手が持っていた刃物を取り上げ脅しただけだ。
「つまり犯人は、健二さんと喧嘩した事があるって事ですか?」
橋本さんが、問い詰めるように尋ねる。…本当に必死だ。
「いや、彼はそんな事しないよ。多分、苛められてる誰かを助けたんだ。以外にも彼は、フェミニストなんだよ。」
「苛めに遭ってたのは、きっと女の子のはずですよね?…下心あっての事じゃないんですか?」
「………。否定出来ないけどね…。」
「だったらひょっとして、また嫌らしい目で女の人を追っ駆けて騒動になったとか…?」
「………。それも否定出来ない。」
この前は分からなかったけど、今日見た残留思念で健二への疑いは晴れた。
(まぁ最も、彼を疑う気持ちは欠片ほどもなかったけど…。)
「しかし、その姿が遠目のイメージだとしたら…傍観者だった可能性もあるな?」
橋本さんに続いて千尋が呟く。でも本来なら、弘之が先に口走るはずの言葉だ。何故か彼は、いつもの彼らしくない。
「でも…健二を近くで見てるイメージも確認出来たんだ。」
「となると…やはり騒動の関係者か?確認する必要があるな…。健二は出て来ないのか?」
「警察が絡んでるんだ。この件が解決するまでは出て来ないだろう。」
「1つ質問があります。どうして健二さんは、そんなに警察を嫌ってるんですか?昔は確か、警官になりたがってたはずですよね?」
「………。」
僕らの会話に、橋本さんが禁断の質問を以って割り込んだ。彼女は…健二の暗い過去を知らない。
「…大切な人を失った。それからあいつの警察嫌いは始まった。唯一心を開いてる相手は、藤井の親父くらいだ。」
「……?」
「警察に…恩人を殺されたんだ。」
「!!?」
弘之が、彼の過去を口にした。橋本さんが直接、健二に尋ねる事を避ける為にそうしたのだ。
「古い…昔の話だ。だが傷はまだ癒えていない。この事は触れずに、そっとしてやってくれ。」
「……分かりました。」
細かい事情は聞けなかったけど、それでも橋本さんは理解してくれた。
「この件は、警察の為に動いてる訳じゃない。古い友人…麻衣の為に動いてる。健二も協力してくれるはずだ。」
僕らは昔を思い出して黙り込み、橋本さんは、聞いてはならない事を聞いたせいか静かになった。だけども弘之が気丈にも口調を変え、携帯電話を取り出した。
「健二か?事務所に出て来い。聞きたい事がある。」
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