TRACK 06;カメレオン・レディ
あれほど高価な品物を盗んだと言うのに、新聞にもテレビにも事件の話が出ていない。
(………。)
先日、盗みに入って分かった。最初に盗んだ腕輪があった場所には、『貸し出し中』と言うポップが置かれていた。でも警察が見張っていて、警備の数も増えていた。
(面白い…。挑戦状を叩きつけられたって訳ね?)
だけど私は捕まらない。誰も…この姿を見る事なんて出来ないのだから。どれだけ人を増やしたって、誰も私を止める事なんて出来やない。
それでも先日は危なかった。あれだけの警備網を難なく突破した私は、つい有頂天になっていた。あの子のように高らかに笑い、人の気配を気にしなかった。
『!!てめえこそ!何処見て歩いてんだ!』
危うく正体がばれるところだった。私の能力は、強い衝撃を受けると解けてしまう。大声も挙げてしまった。
気付かれる前に急いで姿を消し、盗んだ首飾りも見えなくした。私の手に触れた物は見えなくなる。影だってそうだ。
(それにしてもあの中年親父…。あんな歳してボンソワールのフィギュアを持ってるなんて…。)
………ボンソワールは、私の憧れだった。
『てめえ!今日こそは八つ裂きにしてやる!』
『お願い!もう止めて!』
『あっ!逃げんな、このアバズレ!』
『アバズレじゃないもん!』
中学生の頃は、毎日のように苛められていた。…逃げ場が欲しかった。
『もう、こんな毎日は嫌!あんな…昭和の人達に苛められるなんて!』
ボンソワール…。あの子は魔法で姿を消し去る。…羨ましかった。
でも、ある日を境に私は変わった。
(スパゲティの美味しいお店があるって聞いたんだけど、何処だろう…?)
その日は学校の設立記念日で、遠い街での食事を考えていた。週末や休日は、なるべく地元から離れるようにしていた。
『…!?痛い!!』
だけど目的は叶わなかった。突然襲った頭痛のせいで、病院に担ぎ込まれたのだ。
『ご迷惑を、お掛けしました。』
結局、原因も解明出来ないまま病院を後にした。
『賢そうな顔してんのに、こんな時間に帰って来たのかい?少しは遊びを覚えたんだね?』
『あなた達こそ、まだここにいるの?好い加減、家に帰りなさいよ!?』
『人に説教出来る立場か!?今日と言う今日は、絶対に許さねえからな!!?』
『!!きゃ~~~!!』
『あっ!待ちやがれ!』
酷い頭痛で倒れた日だと言うのに、嫌いな日課は続いた。
(もう嫌!ボンソワールみたいに、見えなくなりたい!!)
物陰に隠れて、そう強く願った。
『何処に隠れやがった!?』
『………。』
物陰に隠れたのは、足がもう動かなかったからだ。頭痛の後遺症もあった。だから…隠れたと言ってもそこは、直ぐに見つかる場所だった。ゴミ箱を盾にして、体半分は見え見えだ。
ゴミ箱は空だった。中に入りたかったけど、そんな余裕も力もなかった。暗闇だけが頼りだった。
『うわっ!?』
『大丈夫か!?』
そのゴミ箱が手から離れた。苛めっ子が足に引っ掛けたのだ。
(見つかった!もう、おしまいだ。)
私は頭を抱えて体を丸めた。
『?何かにぶつかった気がしたぞ?』
『…??』
『あっ?こんなところに、ゴミ箱なんてあったか?』
だけど苛めっ子は、私の姿に気付かなかった。それどころか、ゴミ箱に引っ掛かった事にも気付いていない。
『畜生!今日は諦めるぞ!』
『………???』
あの時は、何が起こったのか分からなかった。
『待て~~!』
そして、同じような日は何日も続いた。
『はぁ、はぁ…。また逃げられた。あいつ…いつの間に足が速くなったんだ?』
だけど物陰に隠れた私を、苛めっ子が探し出せない。
そこで気付いた。実験もした。
『ねえ、お母さん。あそこにある林檎…何個かな?』
『??3つじゃないの?』
『本当にそう見える?』
『???』
私は…力に目覚めたのだ。ボンソワールと同じ力を手に入れた。お母さんは、私が触れた林檎に気付かなかった。籠に入った林檎は5つだ。その内の2つを、『見えなくなれ』と念じて触った。私には見えても他人には見えない。
それからも実験は続き、自分の体や触れた物どころか、影すらも消せる事を知った。正しくボンソワールが持つ能力だ。だけど足音は消せない。これも彼女と同じだ。だから彼女に習って、ふかふか素材の布を靴の裏に仕込んだ。これで忍び足なら音は出ない。
『痛っ!何すんだよ!?』
『?何もしてないよ。』
『嘘つけ!今、あたいの頭を叩いただろ!?』
『してないってば!』
それから私は強くなった。…と言うよりも大胆になり、人をからかうようになった。これまでの借りも返さなければならない。
(何をしてもばれないんだ。)
高校生になって、苛めっ子達とは違う学校に通う事になった。当然だ。彼女達と私の学力は断然に違う。それでも家は近所だし、彼女達はいつも遅い時間まで、駅前の広場で集会を開いている。だけど、以前のような日課はなくなった。駅のトイレで姿を消し、ゆっくりと帰宅が出来るのだ。私に、平穏な日々が訪れた。
でも、強くなった訳ではない。強い人とは…あの時、私を助けてくれた人を言うのだ…。
(どうして名刺失くしちゃったんだろう…。)
だけどその内…スリルを味わうようになった。何をしてもばれないのだ。
(黒田…美術館…。)
ボンソワールと同じだ。彼女は、お金が欲しくて盗みを働くのではない。純粋に盗みとスリルを楽しんでいる。だから私も高価な物を盗む事にした。彼女と同じ事がしたかった。相手は近所にある、良く知る美術館だ。変な縁も感じて、最高のスリルを味わえる。
(でも…私は小学生じゃないし…)
高校に進学した…大人の女性だ。体も、出るところが出て来た。
(だったら…ボンソワールを超える女性にならなきゃ…。)
私の名前はカメレオン・レディ。ボンソワールよりも一枚上手で、少しだけ色気がある怪盗…ファントムシーフ、カメレオン・レディなのだ。
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