TRACK 07; 一期一会

 帰り道で、弘之達に事情を説明した。


『そう言う事だったのか…。何も、初めての出会いじゃなかったんだな?』

『だからさっきの、奈緒美ちゃんの言葉はキツ過ぎる。こんな結果、望んじゃいなかった。』

『そして…お前が打った芝居は彼も知らなかった。』

『お前達にもあいつにも、説明してる暇がなかったんだ。』

『…幸雄、金本君の居場所は分かるか?謝りに行くぞ。』

『当たり前だ!お前はやり過ぎた!…あいつの居場所なら大体想像がつく。直接会って、ちゃんと謝れ!』

『…違う。謝るのはお前の方だ。』

『あっ!?どうして俺が!?』

『……。とにかく、金本君がいる場所に向かえ。話はそれからだ。』


 経緯を説明して、やり過ぎた弘之に反省してもらおうとしたのに、弘之は俺を見て謝れと言う。




「やっぱり来たか…。」

「…塩谷さん。…!?さっきのチンピラ!!」

「あっ!誤解すんな!こいつらは俺の仲間だ。」

「えっ!???」


 例の神社で待っていると、予想通り、今日の参拝を終わらせていない金本が現れた。

 驚く金本に弘之達を紹介して、事情も説明した。弘之のせいで、金本は散々な目に遭った。


「そう言う事だったんですね…。」

「済まねえ。本当なら、もっと良い出会いになるはずだったのに…。」

「……。塩谷さん。」

「?何だ?」

「………。余計な事はしないで下さい。」

「…はっ!?」

「僕は、あんな出会い望んでいなかった。泣いてる長谷川さんを見て、尚更の事そう思いました。」


 だけど、金本までもが俺を責める。


「何でだよ!?明日は卒業式だろ?次の日には、奈緒美ちゃんはアメリカに行っちゃうんだぞ!?」

「???どうしてそれを?塩田さん、やっぱり予知能力が…」

「ねえ!そしてそんな事はどうでも良い!あの子がアメリカに行ったら、もう会えねえんだぞ!?」

「…………。だから僕は、ここでお祈りをしてるんです。」

「???何だ…。あの子が心配で祈ってたんじゃなかったのか。もう1度会いたいって願ってたんだな?」


 やっぱり金本は、奈緒美ちゃんと上手く行く事を願っていた。


「いいえ。長谷川さんが幸せになりますようにって…そう祈っています。前にも言いましたよね?」


 そう思った。だけど金本は違うと言う。


「どうしてだ!?俺には分かんねえ!好きなんだろ!?奈緒美ちゃんの事が気になるんだろ!?だったらもっと…」

「もう良い!幸雄、そのくらいにしておけ。」

「弘之は黙ってろ!俺は納得がいかねえ!」

「お前が納得出来なくても、金本君は納得している。だったら、お前は口を出す立場じゃないだろ?」

「………。何だよ!弘之も拓司も訳分かんねえ事ばっかり言いやがって!」


 結局、何も理解出来ないまま俺は悪者にされた。



「金本君…。さっきは済まなかった。許して欲しい。この通りだ。」


 しかし、俺を抑えた弘之が金本に頭を下げる。


(何だ…。結局謝ってんじゃねえか…。)


「幸雄の事を、許して欲しい。」

「はっ!?」

「こいつはこいつで、君の事を心配しているんだ。それだけは理解して欲しい。」

「………。」


(何だ?やっぱり俺が悪者か?金本も庇ってくれねえ。)



「……。おかげで1つ、分かった事があります。」

「??」

「長谷川さんの事です。あなた達に襲われて、彼女は泣き出してしまいました。」

「………。済まない。君がフェアじゃない出会いを求めてると勘違いして、腹を立てた。だからせめて、本気を知りたかったんだ。殴り掛かって…申し訳ない。彼女を怖がらせてしまった。」

「………。泣いてた理由は、それだけではありません。」

「?と言うと?」

「あの人は、ミスコンになった時から注目される事を嫌ってたようです。卒業して留学して…やっと解放されると思ったのに……。あなた達に襲われた事と、これまでのプレッシャーが重なったんでしょうね。溜まっていた不満が爆発したみたいです。長谷川さんは…普通の女性でいたかったんです。」

「原因は俺達にある。済まない。」

「…ただ、泣くだけ泣いてすっきりしたみたいです。良かったんじゃないでしょうか?明日の卒業式は、晴れ晴れとした気持ちで出席されると思いますよ?」

「………。そうか…。」


 金本が、俺だけが知っている奈緒美ちゃんの苦悩に気付いた。あの子はこの4年間、周りからの視線や期待に苦しんでいた。


(………。)


 でもまさか、俺が立てた芝居があの子を苦しめるとは思いもしなかった。やっぱり俺は、拓司達が言うように何も分かっていないのかも知れない。

 だけど、そんな俺だからこそ…どうしても2人を知り合いにしたかった。奈緒美ちゃんが、金本の事を何も知らないなんてやっぱり我慢出来ない。



「…複雑な気持ちです。長谷川さんは、僕の事を覚えていなかった。」


(………。だから俺は、チャンスを与えてやりたかった。)


「人と人とが平等なのなら、その出会いも平等なはず。僕はそう考えています。だけど、僕が長谷川さんと出会った時の衝撃と、あの人が僕と出会った時の衝撃には、こうも違いがあったんですね?」

「……。君とあの子の出会いは、フェアじゃなかった。」

「………。それに気付けませんでした。今日だけじゃなく、出会った時からフェアじゃなかった。」


(???)


「彼女を応援するファンとして、大勢と無理からの握手をしなければならない場で手を握り、機械的な挨拶を交わした…。それだけで平等な出会いが出来たと思っていました。僕の言葉が、彼女の記憶に残っていると思ってました。」

「………。」

「あの人を、ミスコンとして見た覚えはありません。普通の女性として見ていました。…僕が馬鹿だったんです。普通の女性として見ていたのなら、会場に足を運ぶべきじゃなかった。」


(……弘之は、それに腹を立てたのか…。)


「馬鹿な自分に気付き、さっきまでは悔しい気持ちでいっぱいでした。だけど…今はすっきりしています。長谷川さんにとって僕らのような存在は、悩みの種だったんです。覚えてもらってなくて嬉しい限りです。」

「それでも…今日の事で彼女の記憶には残ったんじゃないかな?俺達に襲われたトラウマも一緒だが…。」


 だから弘之は本気を出して、芝居を、自然な出会いに変えようとしてくれた。


「…恥かしい限りです。長谷川さんには、今日の事は忘れて欲しい。」

「………。本当に、それで良いのかよ?」


 多分、俺が間違っていた。馬鹿だからまだよく分からないけど…間違っていた。

 もう出る幕はないけど…それでも馬鹿な俺のまま、最後に確認したかった。


「これで良かったんです。長谷川さんとは最初から…人としての縁がなかったんです。」

「………。」

「それじゃ…失礼します。」

「?何処に行くんだ?」

「塩谷さんのせいで、まだお祈りが終わってません。」

「?まだあの子の為に祈るってのか?」


 だけど金本から返ってきた言葉が、馬鹿な俺をもっと混乱させた。


「僕が決めた事です。長谷川さんが知ろうが知るまいが、僕が続けると決めた事です。…心の底から、あの人の幸せを願いたいんです。」

「どうしてだ!?あの子がお前の事を知らなかったのは、今日で分かったろ?さっきも自分で言ったじゃねえか!?縁がなかったんだろ!?アメリカにも行っちゃうし、もう、会う事もねえんだぞ!?神様があの子を幸せにしてくれたって、お前には報告すらねえんぞ!?」


(やっぱり、俺は馬鹿なのか?金本の事がさっぱり分からねえ。)


「本当にあの人が幸せになれるなら、それで本望です。そこに僕の存在は必要ありません。」

「……。分かんねえよ。お前が言ってる事、全然分かんねえ!」

「幸雄!」

「何だよ!?」

「…もう止せ。」

「………。」




 それから金本は、賽銭箱の前でお祈りを始めた。酷い頭痛がする中、俺は皆とそれを見届け、金本と別れた。


「それじゃ…俺達もお参りするか?」

「?何を願うんだ?」

「長谷川さんの幸せと、金本君の幸せをだ。」

「??2人をくっ付けるって事か?」


 別れた後、弘之がそう提案した。


「まだ分からないのか?とりあえずお参りに行くぞ。」


 だけど千尋が俺の言葉を否定する。


「………。」


 やっぱり、俺にはまだ分からない。だけど弘之や千尋には分かっているみたいだ。納得がいかないけど、2人を追って賽銭箱に向かった。




「………。」

「?どうした、弘之?」

「賽銭がない。誰か、小銭を持ってるか?」

「………。」

「………。」

「……持ってる訳ないか?まぁ、それでも神様は聞いてくれるだろうさ。さぁ、祈ろう。」


 俺達は横に並び、金本よりも短いお祈りを神様に捧げた。

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