TRACK 01; 祈る男
1週間とはいかなかったものの、力丸に甘え、回復を待って町に帰って来た。
俺と幸雄は早々に回復したが、橋本の疲労はかなりのものだった。医者を呼んで看病までしたにも関わらず、目を覚ましてから3日は動けなかった。
『所長!訓練に付き合って下さい!』
『……。それは良いが、もう2度と…』
元気になった橋本が怖かった。まともに目を合わせる事が出来ない。いや、あいつは目を合わせなくても人を操る。力は千尋より強力…だった。
『……。やっぱり駄目です。猿踊りをさせられません。』
『!!橋本!好い加減にしろよ!?』
しかし幸いにも、橋本は力を解放出来なくなった。本人は残念がっているが、俺達の平和の為には2度とあの力を使ってはならない。
(やはり悪魔を操れたのは…相手が知り合いで、馬鹿だったからか?)
謎は残るが、とにかく橋本は能力者になれなかった。
「さぁ、今日も始めるか?」
俺も同様だ。幸雄が教えてくれた、爆発的に力を解放する方法を使えなくなった。だから最近は、町外れにある神社裏の林で訓練を続けている。
「……。どうした、幸雄?イメージを送れ。」
「うん、それが……。」
「……。また例の障害か?」
「…みてえだ。」
しかし上手く行かない。理由は俺や幸雄ではなく、何処からか飛んで来る強い念波のせいだ。
「やっぱりだ。あいつ、また祈ってやがる。凄え邪魔になる。」
理由の正体を拝もうと、俺達は林を抜けた。
神社の境内…賽銭箱の前に1人の男が立っていた。
「あいつも…能力者なのか?」
「いや、そうじゃねえ。念じる力が半端ねえんだ。」
幸雄曰く、強い思念を持つ人間の側を通ると、覗いた訳でもないのに心の中が読める事があるらしい。つまり干渉されるのだ。相手の思念が頭に入り込んで来る。
ここはまだ境内から離れた場所だ。流石に心の内は伝わって来ないようだが、雑音のようなものが頭の中を巡るらしい。
「近づけば近づくほど五月蝿くなる。」
「林の中でも充分邪魔になんだろ?他に訓練出来そうな場所もねえし…時間を変えるか?」
「お前、朝起き出来んのか?」
「お前だって一緒だろ?」
訓練は、退勤後の夕方に行っている。俺達は朝が苦手だし、夜は幸雄が拒む。
「何を願ってんだ?」
「覗いた訳じゃねえから、それは分からねえ。とにかく、ノイズみたいな雑音が頭の中を邪魔するんだ。…駄目だ。頭痛もしてきた。」
「………。」
(いつもの逆か…。しかし…力もねえのに幸雄を苦しめるなんて…。よっぽど叶えたい事があるんだな…。)
「合格祈願か?そろそろ、学生共が卒業する頃だろ?神頼みするくらいなら、家に帰って勉強でもすりゃ良いのに…。」
「いや、そうじゃねえ。」
「?何だ、覗いたのか?」
「綺麗な姉ちゃんの顔が見えた。…片想いしてるみてえだぞ?あぁ、頭痛ぇ…。」
「……。尚更の事下らねえ。神社に来る暇があんなら、アタックすりゃ良いんだ。」
「それでストーカー扱いされるのが嫌なんだろ。お前とは違うんだ。」
「………。五月蝿え。」
「痛てっ!何すんだよ!?」
幸雄の頭を叩き、賽銭箱に向かった。
「よお、兄ちゃん。何、拝んでんだ?彼女が欲しいって願ってんのか?」
「!!?ちっ、違います。お祈りの邪魔をしないで下さい。」
掛けた言葉に男が大きく反応する。
「………。」
幸雄が頭の中を覗いたんだ。それでなくても、態度だけで嘘だと分かる。
(しかし…この男も…)
哀れな顔をしている。弘之に負けないくらい人相が悪い。そして異様に横幅がある。まるで力士だ。神頼みでもしたい気持ちが分かる。
『それは、お前も一緒だろ?』
(これまで、女が出来た例がねえんだな。)
『それもお前と一緒だ。』
(惚れた女がいるんなら、アピールしまくれば良い。男は当たって砕けろだ。)
『お前みてえなストーカーとは違うんだ。それに、砕けてばかりの男のアドバイスなんて当てにならねえ。』
(………。)
「幸雄、俺の事はどうでも良い。勝手に人の頭を覗くな。」
「!!?どうして分かった。お前まさか、テレパシーに目覚めたのか?」
「………。」
幸雄は相変わらずの間抜けだ。こいつを相手に訓練する事が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「思った事を口にするな!全部聞こえてんだ!」
「えっ!?俺、喋ってたのか?」
「………。とにかく黙ってろ。」
気を取り直し、男との会話に戻る。
「祈ってる暇があんなら、アタックが先だろ?どんな女なんだ?」
「ちっ、違いますって!」
『健二、横取りしようとしたって無駄だぞ?お前の顔だって、相当な悪人面…』
「幸雄!口閉じてろってんだ!」
「!?お前まさか…」
「テレパシーを使った訳じゃねえ!耳を使ったんだ!」
(話が……先に進まねえ。)
「同じ大学に通う女性が、卒業を機にアメリカへ留学するんです。だから僕は、彼女の無事と幸せを祈っているんです。」
「だから惚れてんだろ?」
「!そんなんじゃありません!僕はただ…!」
「分かった、分かった。そう大きな声を出すな。」
祈りを待つ事30分。幸雄の頭痛が治まった後、男を捕まえて事情を聞き出した。
口から聞いた情報は…男の名前は金本弘樹。少し離れた大学に通い、今年で卒業を迎える。同じ大学に通うミスコン優勝者が留学する事になったからと言って、毎日のように祈りを捧げているとの事。
(それにしても…哀れな奴だ。名前も人相も、弘之に似てやがる。)
『だからお前の人相だって…』
「幸雄!黙ってろって言っただろ!?」
その間抜けな幸雄が抜き出した情報は…男の言葉に嘘はなかったと言う事…。そして送ってもらったイメージは…ミスコンが、とてつもない美人と言う事だ。
(………。この男にアタックする気がねえんなら…。)
『お前じゃ無理だって…。』
「幸雄!」
「何だよ!!?」
「邪魔して悪かったな?それにしても、毎日来てるみてえだが…。」
「家が近所なんです。」
「……。いつまで続けるつもりだ?このお祈りは…?」
「2年ほど続けるつもりでいます。」
「はっ!?2年!!?」
幸雄と口論になった後、律儀にもそれが終わるのを待っていた男と挨拶を交わした。
最後にいつまで祈りを捧げるつもりだと尋ねたところ、驚いた事にこの先もずっと続けるらしい。
(…訓練の場所を変えんとな…。いや、それよりも…)
「幸雄…。明日、金本が通う大学に行くぞ?」
「はっ!?どうして!?」
1人の男を、ここまで必死にさせる女…。1度は直接、顔を拝んでみたいものだ。
そして何よりも…
(他人の春より、俺の春が優先だ。)
金本は、長谷川って女にアタックするつもりはない。だったら俺が何をしようが、文句を言われる筋合いもない。
金本と別れた後、俺は大学に足を運んでみる事を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます