TRACK 08;囮作戦、続行
「また私を、囮にするつもりだったんですか!?」
「安全は保障する。俺達を信じて、友達をおびき出せ。」
「保障なんて何処にもないじゃないですか!!?唯一対抗出来た幸雄さんは完全にダウンしてるし!健二さんも白江君の動きを止められなかったじゃないですか!千尋さんなんて、最初から何も出来なかったじゃないですか!?」
「あの時は不意を突かれて、焦ってたんだ。冷静になれば、きっと上手く行く!」
「!!信じられません!」
(………。)
紫苑ちゃんと弘之が、また大声で言い争っている。
体中が痺れる。今回は、本当に力を使い過ぎた。指先すら動かないし、部屋に響く2人の大声が、疲れ切った筋肉を刺激する。
「橋本。お前さっき、訓練がしたいって言ってたよな?」
叫ぶ事にも疲れ、休戦に入ったところで千尋が声を掛けた。
「幸雄。そんな体でも、テレパシーは使えるんだろ?」
「??」
「うわっ!凄い目まいがします!!…頭が痛い!!」
「ぎゃはははははっ!千尋!止めんなよ!?続けろ、続けろ~!!」
千尋が、紫苑ちゃんを訓練させると言った。どんな訓練かと思えば俺を通して、力を解放した時のイメージを送れと言う。
だけど、紫苑ちゃんは苦しむだけだった。
健二は酒を片手に、大笑いしている。千尋に操られた弘之の猿踊りは、確かに一見の価値がある。
「駄目!もう、頭が割れそうです!」
結局、訓練は失敗に終わった。俺の責任だ。テレパシーで読み取れるのは相手の感情や、頭の中で描いたイメージだ。だけどその範囲は限定される。今、それを知った。
「俺が読み取れるのは、俺が理解出来るものだけだ。人の考えや弘之が見たイメージは分かるけど、分からねえものに対しては、何も読み取れねえ。」
千尋の頭にあったイメージは、漠然としたものだった。強いて言えば奴の脳の中が空っぽになり、意識か魂かが…弘之の脳に入り込んだ…。正しく憑依するような感じだ。きっと意識を送るのではなく、自分が意識の塊になって相手の脳に入り込み、支配した脳を操る。だから1人ずつしか操れないし、力を解放している内は無防備に近い状態になるのだ。
でも、それを実感として確信出来ない。仮説を立てても、コツや理屈が分からない。
紫苑ちゃんが苦しんだのは、曖昧過ぎるイメージを送られたからだ。このままでは、紫苑ちゃんの脳がぶっ潰れてしまう。
「なるほど…。そんな使い方もあるんだね?」
「!?力丸!?」
訓練を中断したと同時に、力丸が部屋にいる事に気付いた。
「いつの間に戻って来た?そして…何処から?」
「窓からだよ。鍵は掛かっていなかった。それでもマナーとして、ノックはしたよ?だけど口喧嘩の真っ最中で、誰もこっちを見てくれなかった。」
力丸は、かなり前から部屋に戻っていた。訓練の始終も見ていた。だけど、弘之すらもそれに気付かなかった。
(凄え…!正しくハンター…アサシンだ!俺もヴァンパイアになりてえ!なかなかじゃねえか?『悪いイメージを持つヴァンパイアが、実は正義のヒーローだった』。ダークヒーローって奴だ。戦隊ヒーローにも憧れるけど…この手のヒーローも悪く…)
「そんな使い方とは?」
(………。弘之は、ヴァンパイアになりたくねえのか?俺の妄想を掻き消すんじゃねえ!)
「幸雄君。君は自身の身体能力を、爆発的に向上させられるね?実際、その力は例の悪魔と互角に渉り合った。」
「………?」
「千尋君の能力は未知のものでも、自分の能力は理解出来てるだろ?だったら、その力の使い方を皆に送るんだ。」
「なるほど。試した事もないが…面白い試みだ。」
「??」
弘之は理解したようだけど、俺と千尋、紫苑ちゃんは首を傾げた。
健二は既に泥酔状態だ。普段なら酔わない奴だけど、部屋に並べられた酒は全て強い。そして何種類もある。ちゃんぽんにして、これまた飲んだ事もない高級な酒を口にした。酔ってしまうのは同然だ。
「つまりそれを応用して個々人の能力を爆発的に解放させる事が出来れば、念力で悪魔の動きを止める事が出来るかも知れないし、操れるかも知れない。…他のメンバーに伝えるんだ。君の能力のコツを…。」
「でも…強くなるのは身体能力だぞ?俺自身、それを応用してテレパシーを強化した事もない。」
「した事がないだけだろ?出来なかった訳じゃない。験してみる価値は、あるんじゃないのかな?」
「………。でも…」
「僕の作戦を伝えよう。先ずは橋本さん、君を囮にさせてもらう。」
「!!!!!!!」
真っ向勝負を考えていた弘之の作戦は変更…いや、強化された。1度負けを味わっているのだ。気を入れ直したからって、勝てる保証はない。
力丸は先ず、俺達の能力を強化してから相手を倒そうと提案した。弘之の、少し上を行っただけだ。根本的な筋は変わっていない。力丸も…紫苑ちゃんを囮に考えていた。
「相手は君の血を欲している。君はまだ……」
囮にする理由を説明しようと、力丸が紫苑ちゃんの顔を覗いた。
「…………。」
紫苑ちゃんは戸惑っていた。囮にされる事が、本当に嫌みたいだ。
「コホンッ…。恐らく君の血は、何か特別なものなんだろう。さっき灰にした男も、『血の匂いが芳しい』と言ってただろ?理由は分からないけど君の血は、彼らにとって特別な匂いと味がするんだ。」
「………。分かりました。私が囮になります。」
力丸の説得を聞いて、紫苑ちゃんの不安そうな顔色はなくなった。覚悟を決めたようだ。
「その代わり、条件があります。」
「………?条件?」
「白江君を、灰にするのは止めて下さい。彼は憑りつかれてるだけなんです!動けなくした後、悪魔祓いをして普通の人に戻して下さい。」
「………。難しい条件だね。悪魔祓いなんて、方法が分からない。」
「…………。」
紫苑ちゃんが交換条件を突き付けたけど、力丸は拒んだ。俺達だって悪魔祓いの方法なんて知らない。
「………。だったらこうしよう。今、3人の男を処理して来た。そこで分かった事なんだけど…彼らはやはり、ヴァンパイアと体質が似ている。」
「???」
「ヴァンパイアは、銀と紫外線に弱い。ちなみにニンニクと十字架は効果なしだ。」
「今の間に、3人も処理したのか?」
「ああ。銀の弾を込めた銃と、紫外線光線を放つ装置で葬った。」
「??そんな武器、いつの間に手配した?」
「お金さえあれば不可能な事じゃない。失踪事件を耳にした時から、とある業者に作らせていた。」
「………。」
力丸は、どうやら金持ちのようだ。
「その業者に、銀の檻を作らせる。そこに彼を追い込み、閉じ込めよう。逃げ出せなくなるはずだ。死にはしないが、悪さも出来なくなる。だが万が一を考えて、檻に入れた彼を更に幽閉する。研究所の地下室へと運び、研究所自体を立ち入り禁止にする。誰かが間違って、檻を空けてしまうと大変だ。誰も足を踏み入れない場所で監禁しなければならない。」
「だったら研究所は相応しくない。あそこはまだ…」
「それは心配ない。昨日の内に研究所は買い取った。周りの土地を含めてだ。あそこ一帯は、既に僕の所有地だ。」
「!?」
「彼を閉じ込めた後、研究所は更地にして銀で作られたシェルターを建てる。悪魔祓いの方法が分かるまで、彼を外に出してはならない。……橋本さん、それで良いかな?」
「…………。」
俺達は言葉を失った。力丸の、化け物に対する知識にではなく、素早い判断にでもなく、その財力にだ。
力丸は、どうやら本当に凄い金持ちみたいだ。
「後1人残っていたけど、太陽の光にやられて灰になったそうだ。」
「?どうやってそれを知った?」
「灰にした3人を拷問に掛けた。手足を切断して身動きを取れなくした後、ゆっくりと会話を交わした。」
「………!?」
(流石ダークヒーロー…。正義の為だが、やってる事は無慈悲だ。)
「その3人は、誰も噛んだ事がなかった。可哀想な話だけど、化け物に変わった事に当惑した数日を過ごしただけだったよ。その内の1人が言っていた。残るは、張本人1人だけだ。連鎖する2次災害は止める事が出来たけど、張本人がまた、誰かの血を吸うかも知れない。…猶予はないよ。」
「………。」
「先ずは、その体を休める事だ。今日はゆっくりするが良いさ。…仲間の1人は、既にそうしているみたいだけど…。」
「それじゃ、僕は行くから。」
「?行くって何処に?もう、白江しか残っていないんだろ?」
「家に帰る。毎日、欠かさずに通わなければならない場所があるんだ。」
「また、窓から出て行くのか?」
「いや、今度は屋上だ。自家用ヘリを停めてある。」
「!!」
作戦を立てた後、力丸はすっかり泥酔して眠った健二の側を通り、扉から部屋の外に出て行った。
……力丸は、本当に本当に、凄い大金持ちだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます