TRACK 04;依頼主?
(この夢は……マズいぞ?)
幸雄の夢を見て以来、久し振りに仲間が現れる予知夢を見た。登場人物は健二だ。綺麗な女性が隣に座ってくれる店にいた。
「起きたか?」
「?ああ、弘之か。」
目を覚ますと、隣には弘之がいた。
「どんな夢を見た?」
「………。」
相変わらず弘之は察しが良い。この前は様子が変だったけれど、どうやら調子を取り戻したようだ。
(それとも…それほど寝顔が酷かったかな?)
夢の中に、滅茶苦茶に荒らされた店の中で大声を張り上げる健二が現れた。とても怖かった。あれほど凶暴的な彼は見た事がない。
だけど有り得ない話だ。彼の暴力性を否定するのではなく、お金が尽きた健二が、そんな店に入るはずがないのだ。
(???色の付いた、普通の夢を見たのかな?)
普通の夢では映像自体がなく、あったとしてもそれは白黒で映る。
だけどこの歳になって、目が見えない僕でも、知らない色はないくらいに多くの色を知った。普通の人が見る夢を見たっておかしくない。
「ところで、昨日はどうだったんだい?楽しい時間を過ごせたのかい?」
「………。最悪だった。」
千尋が昨日、弘之と健二を誘って外に飲みに行った。最近の僕らは財布が暖かいのだ。
「……。本当に!?」
向かった先はレストランか居酒屋だと思っていたけど、オカマさんが接客をしてくれる店だったらしい。
そこで健二が大暴れをした。僕が見た夢は、やっぱり予知夢だったのだ。
(…?あれっ?時制が合わないぞ?)
夢はついさっき見た。そして予知夢は文字通り、未来を教えてくれる。
(能力の幅が…広がった?)
つまり、サイコメトリーに近い現象が起きたのだ。何かに触れなくても、隠された事実を知る事が出来る。予知夢では周囲に漂う気を感知するみたいだけど、この能力が進化したのかも知れない。弘之が事務所に出勤した事で、眠っているままの僕が彼の記憶を、彼に触れる事なく読み取ったのだ。
夢に色があったのが証拠だ。以前は出来なかった、『寝ながらにしてのサイコメトリー』に成功したのかも知れない。
(………。)
だけど正直、この能力の開花は必要ない。寝ながらにしてサイコメトリーをするよりも、起きている内に、知りたい事実を探る為に対象を選んで物や人に触れた方が効率的なのだ。
「ひょっとして健二は、その店に恨みを持ってるの?」
僕は、夢の内容を弘之に伝えた。
「いや、それはないだろう。出禁にもなったし、健二も健二で、もう2度とあの店には行かないと言ってる。健二は…そこまで悪さをしない。目には目を、歯には歯を…程度だ。昨日の大暴れでやる事はやったはずだ。これ以上はないだろう。」
「喧嘩の原因は、一体何なんだい?楽しい席だったのに…。」
「ナンシーと言うオカマがステージに上がり、目に余るパフォーマンスをした。それに健二が腹を立てた。実は2日前も、同じような事で口論になったらしい。」
「………。」
弘之が、昨日の出来事を教えてくれた。
内容は、夢で見た事を否定するものだった。健二は暴れたものの、テーブルを引っくり返してお店の人と激しい口論をした程度だと言う。グラスがいっぱい割れて床がお酒で水浸しになったけど、飲み代は千尋が支払って、弘之が弁償する事で問題は解決したらしい。
そして健二は出入り禁止になった。
(………。)
さっきの夢が予知夢だったとしたら、健二はもう1度大暴れする。だけど、弘之の言葉は信じるに値する。
(どっちだろう?戸惑うな…。)
初めての感覚に、さっき見た夢の断定が出来ない。予知夢でなかったとしたら、偶然が起こったのか、『寝ながらにしてのサイコメトリー』に成功したものの、正確な情報をキャッチ出来なかったのか…。
「おーい!皆~!」
「幸雄だ。」
能力の事を弘之に相談している内に事務所の扉が開き、幸雄が顔を出した。
弘之からは良いアドバイスを受けられなかった。彼は理屈を分かっていても、僕の能力を実感として知らない。
(………。)
一番近い能力を持つ幸雄に相談してみたいけど…弘之ほどの期待が持てない。
「今日は、お客さん連れて来たぞ~!紫苑ちゃん、お茶お願い~!」
「?客だと?」
「幸雄が?珍しいね。」
先に出勤していた僕ら3人は顔を見合わせた。幸雄は、周囲から遠ざけられている存在だ。営業に出たって、逆効果を残して帰って来る。
とにかく橋本さんは冷蔵庫を開け、アイスティーを取り出した。僕らの財布と同じく、最近は冷蔵庫の中身も充実している。
「任せて良いかな?僕は、もう1度眠りに就こうと思う。同じ夢が見られるか分からないけど、さっきの夢が気になるんだ。」
「心配ないと思うが…したければそうしろ。何か分かったら教えてくれ。」
「分かった。そうする。」
橋本さんの後を追おうとする弘之に接客を断り、自分の席はなく、事務所の奥に設けられた仮眠用のベッドに横たわった。
備品も増えた。やっと事務所が、会社らしくなってきたのだ。嬉しい限りだ。
(だけど…長くは続かないだろうな。)
予知夢ではなく予想だ。かなり的中率が高い予想だ。
「やっぱりここにいたのか!?昨日の男は何処にいる!?出せや!」
(…………?)
うとうととした…ところでもない。ベッドに体を横にした瞬間だ。会議室から罵声が聞こえてきた。
「昨日、弁償した事で全て済んだろ?家捜しまでして…しつこいぞ?」
そして珍しく、弘之が怒鳴っている。しかも相手は依頼主さんだ。
「拓司さん!どうしましょう!?」
会議室から戻って来た橋本さんが僕を頼った。
「どうなってるんだい?どうして弘之が、大声を出してるんだい?」
「それが…幸雄さんが連れて来た人は、お客さんじゃなかったんです。」
「えっ?」
『お待たせしました。どうぞこちらへ。』
橋本さんが幸雄と交代して、事務所に来た人を会議室に案内した。
『お前が客を連れて来るなんて、珍しい事もあるんだな?』
お客さんと橋本さんが会議室に入ったところで、追い着いた弘之が幸雄をからかった。
『どう言う意味だよ!?俺だって、案内ぐらいは出来るぞ!?』
『……案内?』
『ここを探してるって言うから連れて来たんだ。まさか俺が、事務所の場所を忘れるとでも思ったのか?』
『………。いや、済まん。案内ご苦労だった。』
橋本さんが壁の向こうの会話を聞いた後、弘之が会議室に入った来た。すると事務所に来た人は、その顔を見るなり怒鳴り始めたそうだ。
橋本さん曰く、相手はヤクザな人らしい。人相が、健二や弘之よりも悪いとの事だ。
「小田川組…若しくは、根岸組の残党かな?」
「分かりません。とにかく、怖くなって逃げて来ました。」
成敗したヤクザに対しては、藤井さんを通して警察が圧力を掛けてくれている。他からも圧力を掛けているから、僕らがお礼参りに遭う事はない。そもそも悪事を正しただけで、大義名分はこちらにある。そして僕らに手を出す事は、面子が潰れるのと同じなのだ。
けれども残党…チンピラになった人達は別だ。個人的な恨みで無茶をする事もあるだろう。
健二はまだ出勤して来ない。そして昼は過ぎたので、千尋も出勤しないはずだ。
(相手が銃を持ってたら、かなり面倒だ。)
「健二にも会わせない!あいつも、もう店には顔を出さない!」
「???」
会議室から、もう1度大声が聞こえた。どうやら相手は、千尋ではなく健二を要求しているみたいだ。
(2人と別れた後…健二は店に戻って大暴れした??)
どうしても、さっき見た夢が気になる。
(…混乱してきた。さっき見た夢は、やっぱり予知夢じゃない。……後は、サイコメトリーでもなかった事を願うばかりだ。)
「五月蝿い!出すまでは帰らないからな!」
「………。」
だけど僕の願いを、会議室から聞こえる罵声は否定していた。
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