TRACK 03;アンブラッセ
「外で飲むのは久し振りだな?」
前回の仕事で、纏まった報酬を頂いた。橋本が、勝手に話を進めていた。
過ぎるくらいの金額だったが、依頼主が望まない金であり、たまには仲間を潤してやらなければならないと言う理由で受け取った。お陰でここ数週間の、橋本の機嫌が良い。
「???占いは大丈夫なのか?」
それにしても、千尋が誘うとは珍しい。しかも外で飲もうと言う。金がないのが基本的な理由だが、俺達が酒を楽しむ場所と言えば事務所だ。
ただ、席には参加するが、酒を飲むのは俺と健二と千尋ぐらいだ。拓司は酒に弱く、幸雄は手を出さない。何を飲んでも苦く感じるらしい。
橋本は嗜む程度と聞いているが、一緒に飲んだ事がない。
「女難の相が出てるくらいだ。だから橋本は誘わなかった。まぁ、おっさん連中が相手じゃ、向こうから願い下げだろうけど。」
「………。」
千尋は今日、事務所に出勤しなかった。俺達は駅前の商店街に集合し、そこから徒歩で店に向かっていた。
(…………。)
集合した時から感じている、変な空気を否定出来ない。健二が、例の調子でニタニタと笑っているのだ。女難の相が出ている千尋が誘ったのだ。向かう店は、スナックやラウンジではないはず。そもそも俺達は、そんな店に出向いた事がない。それなのに健二の笑いが止まらない。
(そして何故か…千尋も笑ってる。)
「着いたぞ。ここだ。」
「あっ!?ここか!?」
店の前に到着すると、俺と健二は同時に声を上げた。店は駅からさほど遠くない場所に出来た新しい店で、どう見てもキャバクラかラウンジにしか見えないのだ。
『アンブラッセ』と言う店だ。
「どうしてここなんだ!?良い店に連れてけって言っただろ!?」
「良い店だと聞いたから来た。昨日の事もある。」
「………?」
店の様子に驚くだけの俺の前で、2人は会話を続けた。
昨日、健二が古い商店街にあるバーで人を打ったらしい。その相手がオカマだった。
軽く手を上げただけと言う健二に対して相手の怒りは収まらず、そこで千尋が交渉に割って入った。つまり今日は、罪滅ぼしの為にここに来たのだ。相手はそれで許してくれるそうだ。
女難の相が出ている千尋が足を運んだ理由も理解した。目の前の店はゲイバーだ。女がいるはずもない。
(分かった…。千尋が笑ってたのは、験そうって事だな?)
それにしても…腹を立てた事に、直ぐに手を出す健二の性格は昔と何も変わっていない。そしてそれに巻き込まれる、俺の運の悪さも変わっていない。
実験も気になる。俺は仕方なく、千尋に手を引っ張られる健二の背中を押し、店の中へと進んだ。
「!すっ、済みません!ここは…暴力団の方はお断りなんです…。」
「……。一般人だ。昨日、店の人間に名刺を渡された。」
「………。あら~!素敵な3人組!いらっしゃいませ~!」
店に入った途端、入り口で客待ちをしている女性…いや、オカマ連中に声を掛けられた。
存在を怪しまれたが、千尋が懐から出した名刺で誤解は解かれた。
店は豪華な造りをしていた。映画で見た事がある、キャバレーみたいな店だ。柔らかいソファーが幾つものテーブルを囲み、華やかな色の照明がクルクルと周って、それだけが店内を薄暗く、時には明るく照らしていた。
「?くしゃみが出ない。」
「おっ!?マジか?」
しかし…オカマの化粧は濃い。香水の臭いも甚だしい。男臭を隠す為だろう。
だが、その臭いに刺激された俺の鼻が、反応はするもののくしゃみを出さない。
「やっぱりお前は、化粧アレルギーじゃなかった。女アレルギーだったんだな?」
「………。」
実験結果を確認した千尋が笑いながらそう話すが…どうも納得が行かない。女性アレルギーが正解なら、俺のお袋や麻衣にも反応するはずだし、化粧を変える度に言い争いが起こる橋本との事も説明がつかない。
「ナンシーはいるか?」
「チーママ?ちょっと待っててね。」
「!?あいつを呼ぶってのか!?」
「席には座らせない。相手もお断りだろうさ。…挨拶をするだけだ。」
首を傾げながら、とりあえず席に着いた。すると千尋が案内してくれた女性…いや、オカマに尋ねた。
健二が嫌がっている。どうやらチーママのナンシーが、昨日の被害者のようだ。
「あら~!約束守ってくれたのね?嬉しいわ。」
「…………。」
「あら…。あなたも来たの?まぁ、飲んでくだけなら文句はないけど…。昨日みたいな事はご遠慮よ?」
「………。五月蝿え…。」
「まぁまぁ…。今日もご機嫌斜めって訳ね?あらっ!このお方とは、昨日はお会いしませんでしたね?」
化粧を落とすと、俺達よりも人相が悪そうな女性…いや、オカマが現れ、千尋と挨拶を交わした。
健二は、昨日の事が残っているようだ。
「私、この店でチーママやらせてもらっている、ナンシーって言います。今後とも宜しくお願いしますわ。」
「………。」
俺も返事が出来なかった。ただただ戸惑った。
「とりあえず、安いウィスキーボトルと水割りのセットを頼む。」
「畏まりました~!キャロルちゃ~~ん!」
千尋は、こんな感じの店に慣れているのか?黙り込む俺達を横目に、さっさとオーダーを進めた。
「いらっしゃいませ!ここの席、宜しいでしょうか?」
ナンシーが去ったのを確認すると健二は隣に座る千尋を睨み出し、まだ戸惑うだけの俺は、そんな健二を眺めていた。
千尋は笑いながら健二の顔を見返していたが、後ろから掛けられた声に距離を空けた。
そこに誰かが座り込んだ。キャロルと言う名の…美人だが……やはりオカマなのだろう。
「!?おっ!あんた、キャロルってのか!?」
「まだ入ったばかりの新人ですが、宜しくお願いします。」
ここにいる店員は…間違いなく全てオカマのはずだ。だが…隣に座ったキャロルの姿を見て、健二が例の顔になった。
(…………。)
千尋は、3つの事を験した。
1つ目は、俺のアレルギーの原因だ。そして2つ目は、千尋自身の占いだ。女難の相は、本当の女性だけが対象なのか、女装をした男までもが対象になるのか…。
3つ目は…健二の女好きは、果たして性別を超越するのかどうかだ。
「良しっ!今日は飲むぞ!キャロルちゃん!濃い目で水割り頼む!」
千尋の試験は答えがまだ出ない。俺の結果には納得出来ないが…健二の検証結果は既に出た。
(…全く、恐ろしい奴だ。)
とにかく、健二の機嫌は良くなった。店には馴染めないが、千尋と一緒に酒が飲める事も喜ばしい。ナンシーとも、和解が成立した事だろう。
俺はキャロルが注いでくれた濃い目の水割りを受け取り、今日の席を楽しむ事にした。
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