TRACK 06;突入開始

「……遅いね?」


 朝、事務所で拓司さんと一緒に浅川君が来るのを待っていた。昨日、彼は会合の現場を押さえると言って、千尋さんと一緒に町に繰り出した。

 事務所の車は、駐車場に止まっている。


「お疲れさん。」


 暫くして、千尋さんが出勤した。


「昨日は、首尾よく行ったのかい?」

「意外とデカい組だった。店の入り口にいた舎弟共だけを見ても、その規模が分かる。」


 千尋さんは会合が開かれた料亭の、向かいのビルで浅川君と現場を押さえたと言う。料亭の入り口にも会合の席にもヤクザがいたと言うけど、無事に帰宅したらしい。


「浅川からの連絡が、まだ来ないのか?」


 本当は浅川君を送るべきだったんだけど、方向が良くないと言って、鉄道の駅で降ろしたそうだ。

 勿論、安全を確認しての事だ。だから千尋さんも連絡が来ない事を不思議がった。彼に電話を掛けても取らない。




「お疲れさん。千尋、今日は出られるのか?」

「家と事務所の方向に鬼門はない。大丈夫だ。」

「そうか…。」


 幸雄さんが出勤して、遂には所長までもが出勤した。


 健二さんはここ1週間、事務所に顔を出していない。エスパーズの1人に惚れたのだ。ただのストーカーに戻った。

 熱が冷めたと思ったのに、昨日、また発作を起こした。


「ところで、昨日はどうだった?」

「首尾良く終わった。写真が楽しみだ。後ろに控える小田川組は、かなりの大人数だ。勢力を強くしたようだな。」

「小田川組も危険な組になったか…。ドラッグや武器には手を出さず、金貸しを中心に稼ぐ組だが…それが一番儲けるんだろう。羽振りが良い会合だったんだろうな?」

「いや、そうでもなかった。店は一流だったが、会合は一次会で終わった。本当なら二次会までを追うつもりだったが…ゴールド社の社長は、会合を終えると事務所に向かったそうだ。仕方なく帰宅したさ。」

「……何?会合が、早く終わった?何時頃の話だ?」

「そうだな…。9時には店を後にした。」

「……不味いな。」


 千尋さんが昨日の経過を報告すると、所長の顔が曇った。


「健二は昨日、エスパーズの事務所に向かったはずだ。会合が長引くと思って放って置いたんだが…。」


 つまり健二さんは昨日、事務所に戻ったゴールド社の社長とばったり出会ってしまい、捕まってしまった可能性が高い。


「健二の事だ。惚れた女の前で冷静を保てなかったんだろう。奴らの尻尾を掴んだ事を、洗いざらい話してしまったかも知れない。そして…」

「浅川君もですか!?」

「彼はまだ、事務所が臭いを嗅ぎつけたとは思っていないはずだ。警戒する事なく、今日も事務所に出勤したんだろう。今頃2人は、ヤクザに囲まれているだろう。」

「!!大変!」

「千尋、行けるか?」

「……無理だ。方向が悪い。」

「幸雄!行くぞ!」

「………。」


 健二さんだけじゃなくて、浅川君も捕まってしまった可能性が高い。

 所長は急いでゴールド社に乗り込もうとしたけど…千尋さんは鬼門がある事を理由に断り、幸雄さんは渋った。


「ダークサマナーの正体が知りたいんだろ!?隠していたが、喫茶店のマスターは奴じゃない!俺は既に、あいつの正体を知ってる!」

「!!?何だって!?じゃ、誰なんだよ!?喫茶店のマスターじゃねえのかよ!?これまで疑ってきたのは何だったんだ!?畜生!!」

「正体が知りたければ、俺と一緒に来い。」

「……。卑怯だぞ!」

「私も一緒に行きます!千尋さん、残った掃除お願いします!」


 所長の言葉に、幸雄さんが重い腰を上げた。私はその勢いに乗り、現場に向かう事を志願した。浅川君が心配だ。


「エスパーズの事務所なら、相棒を飛ばして2時間で到着する!急ぐぞ!」

「はい!」




「………。やっと着いた。」


 ゴールド社に到着した頃には、既に夜の8時を過ぎていた。出発したのは午後3時だ。

 途中で、事務所の車がガス欠になった。近くにガソリンスタンドもなくて、必要もない時間を浪費した。


(早く浅川君を助けて…報酬貰わなきゃ…。)


 事務所の車は、いつもお腹がペコペコだ。



「お相手さんは、既に臨戦態勢みたいだぞ。」

「つまり…健二も依頼主も…ここにいるって訳だ。」

「………。」


 勢い余って現場に来たは来たけど、2人の話を聞いて急に怖気づいた。

 ゴールド社が入居している建物の、ゴールド社以外の電気は既に消えていた。そして駐車場には、いっぱいの高級車が並んでいる。建物には似合わない車ばかりだ。


(エスパーズだけじゃなくて…ヤクザも一緒に待ってるんだ。)




「健二と浅川を何処にやった!てめえら!許さねえぞ!」


 興奮止まない幸雄さんが、遂に事務所の扉を開けた。ずっと渋っていたけど、既にやる気満々だ。車を運転している間に、健二さんが捕まっている事を理解したのだ。


(全く以って…子供だ。)


 そして…所長の予感は的中した。幸雄さんの背中に隠れていた私の目に、体格が良くてガラが悪い人達が、所狭しとウジャウジャしている姿が映った。


「お前達が…2人の仲間か…?」


 細身の、狐目の男がそう言った。多分、ゴールド社の社長だ。やっぱり、浅川君もここに捕まっているみたいだ。


「どうやら…お互い説明は必要ないようだな?」

「工場を止め、印刷フィルムを奪ったのもお前達か?」

「ああ、そこが足りなかったな?…俺達の仕業だ。」


 所長も少し興奮気味だ。いつものような冷静さがない。

 当然だ。幼馴染みである健二さんを誘拐されたのだ。


「グッズを売る事も許せない。資金集めの相手が、ヤクザってのも気に食わない。何よりも…仲間に手を出した事が一番許せない!」


 そして、幸雄さんよりもやる気満々だ。

 ワカちゃんの時みたいに降伏しない。透視を使って、飛び道具がない事を確認したのだ。


「行くぞ!幸雄!」

「おう!」


 2人は勢い良く走り出し、一番近くにいるヤクザを殴った。

 同時に、背中に隠れていた私は姿を見られた。


「橋本!隙を見て依頼主を探し出せ!」


 焦って、その場に腰を落として両手で顔を隠した私に、所長がそう指示した。

 私は急いで、身の保身と深川君との友情を天秤に掛けた。


「了解しました!」


(現場は嫌いだ。争い事も嫌いだ。でも…友達が危険に曝される事は、もっと嫌いだ!)


 重くなった腰を上げ、2人のサポートを受けながら事務所奥に見える扉を目指した。




「待ちなさい!ここは通さないわ!」


 所長の背中に守られながら、どうにか扉に辿り着いた。

 すると、開こうとした扉が勝手に開いた。そして、女の人が4人現れた。見覚えがある顔だ。


「あんた達!ヤクザの味方する気!?」

「へっくしょん!」

「仲間が酷い目に遭って、会社はヤクザと手を組んだのよ!?子供達の夢も奪おうとして…それでも仕事を続けるつもり!?」

「へ~くしょん!ぐわっ!」

「!!?所長!」


 不味い。背中で所長のくしゃみが止まらない。ヤクザに一発喰らってしまった。


「俺に任せろ!」


 そこに幸雄さんが現れた。所長を奥に追いやって、私の背中を守ってくれた。


(…相変わらず、仲間思いな人達だ。私が仕事を辞められない、もう1つの理由だ。)


「退きなさい!」


 私も、そのメンバーの1人だ。仲間の為に体を張るんだ!



『ガチャ!』


 4人に体当たりをして、どうにか奥の部屋に飛び込んだ。

 すると幸雄さんも雪崩込んで来て、扉に鍵を掛けた。


「所長は!?」

「1人で充分だ。女連中を、あいつに近付けないのが先だ!」

「…!?」


 さっきの部屋には20人近く、それも、体格が良過ぎる人ばかりがいるけど…幸雄さんは所長と長い付き合いだ。所長の強さを疑うよりも、幸雄さんの言葉を信じる事にした。


「俺は、例え女が相手でも許さねえぞ!?掛かって来い!紫苑ちゃん、早く隣の部屋へ!」


 ここには、エスパーズの4人以外誰もいない。健二さんと浅川君は、違う部屋に閉じ込められているみたいだ。


 女性に手を出す事は気が引けるけど…悪い人は許せない。幸雄さんも同じ気持ちだ。事務所一のフェミニストだけど、テレビの向こうで戦隊ヒーローに倒される、女性のヒールを沢山見ている。


(それでも…お手柔らかに頼みますよ?)


 私は幸雄さんの指示に従い、隣の部屋を目指した。

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