TRACK 05;ストーカー。再び

 中井を助けなければならない!ゴールド社は、黒い金に手を出している。まだ弱小な会社だ。だから金に目が眩んだ。エスパーズの人気に、危険な橋を渡る覚悟を決めたのだ。

 浅川はその証拠を掴み、会社を揺さぶるつもりでる。


(しかし証拠を掴むには、まだ時間が必要なはずだ。罪を問われるその前に、俺が助けてやらなければ!)


 エスパーズは今日、ポスター撮影に向かったと言う。俺も撮影場に向かい、中井を説得する事にした。




 撮影場は、思った以上に近い場所にあった。俺達の町と変わらないくらい廃れた、隣町にあるスタジオだ。

 エスパーズは人気者だが芸能人ではない。現場に取り巻きや追っ掛けは見当たらない。中井との接触は容易いだろう。



「先ずは質問だ!お前には…男の幼馴染みがいるのか!?」

「………。はっ?」


 撮影が終わるのを待ち、姿を現した中井の腕を掴んで尋ねた。

 中井の反応は素っ気ない。昨日、運命的な出会いをしたにも関わらず、俺の顔を見て『誰だ?』と言う表情を浮かべている。


「質問に答えろ!男の幼馴染みはいるのか?」

「田舎から上京して来たんだ。昔の連れ達とは、疎遠になったよ。」

「…良し!」


 中井は、つくづく悲しい女だ。良い男を魅了する顔つきと、それに似合う豊満なボディの持ち主なのに、この界隈に来た事を上京したと言った。純粋無垢なのだ。まだ、善悪の判断が着かないのだ。

 だからこれ以上、間違った事はさせられない。


(俺の全てを賭け、中井を助けるんだ!)


「今直ぐエスパーズから抜けろ!さもないと、痛い目に遭うぞ!?」

「はっ!?」

「手品師のお前達が、超能力者だと偽ってる。だが世間はいつか嘘に気付く!そうなればお前はもう、手品師としても食えなくなる!」

「………。」


(偽りで自分の姿を誤魔化すな!手品師として充分やって行ける。目指すは…ラスベガスだ!俺が…命を捨ててでもお前を高みに上げてやる!)


「超能力は設定だろ?今のご時勢、誰が本物って思うのよ?」

「……?」


 焦る俺を前に、中井の態度は冷静だった。嘘をついている事に罪悪感を持っていない。


(いや、純粋無垢なだけなんだ。悲しい女なんだ。)


しかし、少しばかり口が悪い。


「何言ってんだ!?お前達の人気は、超能力者だと自称してるからだろ!?化けの皮が剥れたら、何もかもを失うぞ!?分からねえのか?」

「分かんない。……道開けてくれる?」

「………。」


 純粋無垢は、時として無知だ。

 懸命になる俺を無視し、中井はメンバーの元に帰って行った。




「おっさん、しつこいんだよ!通報すんぞ!?」


 それでも説得を続けた。次の日も、そのまた次の日も中井を追った。

 その次の日は無理だった。エスパーズが遠出をしたのだ。テレビ局に向かったらしい。だが、その次の日は中井がいる場所に向かい、説得を繰り返した。


「好い加減にしろ!気持ち悪いんだよ!」


 それでも中井は気付かない。犯した罪の重さに…。俺の…愛の深さに…。俺達は、赤い糸で結ばれていると言う事に…。


 生きて行く為に嘘をつく人間は大勢いる。だが、それで人を黙りしたり金を搾り取ったりは許せない。

 中井は純粋無垢ではなかった。ただ・・・


(…つくづく悲しい女なんだ。そこまでしねえと生きて行けねえんだ。だから俺が…。)


「自分を偽って人を騙して、それで稼いだ金で生きて行くのか!?正々堂々と、手品師として食ってくだけの腕はあんだろ?」

「…………。」

「今なら引き返せる!馬鹿なグッズを売って世間の信頼失う前に、手品師としてやり直せよ!?」

「………。」



 昨日の晩、浅川から聞いた。会社と繋がる黒い影を突き止めたそうだ。金が動いた証拠を見つければ、世間に公表するつもりでる。

 バックには弘之達がいる。いくら何でも、あいつらを裏切る事は出来ない。

 中井にも教えられない。ゴールド社の社長にまで伝わってしまう。


「目を覚ませ!世間から叩かれる前に、エスパーズから足を洗え!」

「……。おっさん、マジで馬鹿なの?」

「…?」

「あんなグッズで超能力が身に着くなんて、誰も思ってないんだよ!ただのお遊びなんだよ!誰も嘘なんてついてない!最初っからおもちゃだって…誰もが知ってんだよ!」

「………。」

「そもそも、超能力が存在する訳ないじゃん?そこから分かってないんなら、本物の馬鹿だね!?」

「………。超能力は存在する。そして小さいガキ共は、それを本気で信じてる。」

「はっ!本物の馬鹿だったね?お願いだから私に付き纏うの、止めてくれない?」

「……。どうして気付かないんだ…?」

「……。何に?」

「………。」


(どうしようもねえ女だ…。何にも気付かねえ。)


 どうしてこんな女に惚れたのか…。俺にも分からない。顔立ちと、豊満なボディに我を失っていた。


「……。もう良い。」


 焦り過ぎていた。最近、周りにアベックが増えたせいで気がどうかしていた。

 相変わらずふてぶてしい態度を執る中井の前から、俺は去る事にした。




「おっ!?久し振りだな?今回は誰に惚れたんだ?」


 次の日、俺は事務所に顔を出した。とは言っても、もう退勤間近の頃だった。


「うわっ!健二さん、お酒臭い!」


 頭が痛い。安物の酒は、なかなか体から出て行かない。


「仕事は、上手く行ってんのか?」


 俺をからかう幸雄と、迷惑がる橋本を無視して弘之に近況を尋ねた。


「工場はまだ稼動してない。藤井の親父に確認したが、被害届も出てない様子だ。」

「?何故だ?」

「予約を入れて待ってる客を失いたくないのと…黒い影が大き過ぎるからだろう。表沙汰にすれば、マスコミが臭いを嗅ぎつける。販売延期じゃなく、準備が整い次第、工場をフル稼働させるつもりなんだ。」

「ところで…影の正体は突き止めたのか?」

「………。今日、依頼主が最後の確認を取るそうだ。美味い飯が食える場所で、黒い影との会合があるらしい。依頼主はその現場を、カメラに収めるつもりでいる。一応、千尋を付けた。」

「千尋を?…何処の組だったんだ?」

「………。小田川組だ。」

「!?何!?」

「安心しろ。だから千尋を付けた。占い結果は上々だそうだ。それに、現場に行くと言っても………。健二?何処行くんだ!?」

「済まねえ!やっぱり俺は、中井を見捨てられねえ!」


 不味い事になった。浅川が黒い影の尻尾を掴んだが、その正体に驚いた。

 俺は弘之の言葉も半ば、急いで事務所を飛び出した。


(待ってろ、中井!俺が救ってやる!その豊満なボディは…俺だけのもんだ!)


 向かう先は浅川がいる場所ではない。エスパーズの事務所だ。



 小田川組…。少し離れた町に事務所を置く、巨大組織の傘下にある組の名前だ。

 今になって考えれば、当然の結果なのかも知れない。親元の組は古くから、テレビ業界との深い付き合いが噂されている。急に人気を得た芸能人の影には、いつもあいつらの名前が見え隠れする。…黒い噂付きでだ。

 小田川組も不味い。恐らく親元と同じ性格だろう。金だけならまだマシだが、あいつらは、繋がりを持ったプロダクションに所属する女連中も求める。


(あの豊満ボディは、誰にも触れさせねえ!)




「はぁ、はぁ…。中井!」

「!?また来たのかよ!事務所に無断で立ち入るなんて…ストーカー確定だな!?」


 相棒は千尋が持ち出した。俺は走り続けて、どうにか事務所に到着した。もう、立っている事も苦しい。


「それどころじゃねえ!今直ぐエスパーズを辞めろ!事務所からも身を引け!」

「好い加減にしろっての!エスパーズはマジシャン集団…。誰もが知ってる事なんだよ!」


 幸いな事に、中井は1人で事務所にいた。警備もいなければ、受付もいない小さな事務所だった。


「そうじゃねえ!このまま続けてみろ!お前は、ヤクザの貢物にされちまう!」

「??何言ってんの?」

「ゴールド社はヤクザと関係を持ってんだ!小田川組の名前は、お前でも知ってるだろ!?」

「???何だ、それ?」

「………。」


 中井は田舎出の女だ。世間に流れる噂に疎い。


「悪名高いヤクザの傘下にある組だ。芸能事務所と付き合い、そこに所属する女を喰いもんにする!」

「??何の話?」

「まだ分かんねえのか!?ここの社長が、小田川組と手を組んだんだ!考えても見ろ!グッズの生産資金は何処から手に入れた!?一流手品のタネは、どうやって購入した!?こんな小さな事務所に、そんな金がある訳ねえだろ!?」

「………?」


 中井は…田舎出の女だ。噂も知らなければ、動く金の大きさも知らない。

 そして、世間に溢れる腹黒い輩達を知らない。


 こんな女が利用されるんだ。


(…中井も、グッズを手にしたがる子供と同じなんだ。純粋に夢を見て…大人達に騙され利用される…。)


「ヤクザの資金提供があったからだろ!?事務所が儲けた金は、ヤクザへの報酬として流れる。そこまでならまだクリーンだ。しかし、それだけじゃ終わらねえんだよ!」

「…なるほど。そこまで知られたのか…。未だ小さい事務所なのに……。売れっ子を抱えると、マスコミも臭いを嗅ぎたがるようだな?」

「!?」


(誰だ!?)


 と叫び、後ろを振り向きたかったが…不意を突かれた。


「おっさん!大丈夫かよ!!社長!何て事するんだ!?」

「中井…。お前も知ってしまったようだな?まぁ、いずれ教えるつもりだったが…。これからお前達にはエスパーズとして…女としても活躍してもらう。」


 ピクリとも動かない俺の耳に、腹立たしい言葉が入って来た。


 中井が叫び声を上げ、腹黒い男がドスが効いた声で更に大声を上げているが…

 やがてそれも耳から遠退き、俺は意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る