TRACK 07;助けを求める声

「で……幸雄はその蝶を捕まえる為に、相棒をほったらかしにして何処かに消えた……と。」

「…………みたいだね。」


 相棒の運転席に座った僕は、それからの幸雄の行き先を読み取った。


(あっ!あれは幻の蝶!ずっと探してた奴だ!しかもつがい!何たる奇跡!!ここは田舎だ。なるほど、だから生息してるんだな!?)


 幸雄が次に向かった場所は、獣道を、更に奥に入った茂みだった。


「幸雄は2匹の蝶を追い掛けて、相棒で獣道に侵入した。だけど背が高い草が邪魔してスピードが出ないから、相棒から降りて蝶を追い駆けて行った。相棒が向いてる方角に向かったよ。彼が最後に蝶を確認したのが、フロントガラス越しだった。」

「だとすると…どうやって行き先を確認する?蝶がずっと、同じ方角に飛んで行った訳でもねえだろ?」

「とにかく……相棒が置いてけぼりにされてるって事は、幸雄はここに帰って来ていない。ずっと蝶を追い駆けてるか……この先で誰かに捕まった…………か?」


 いつもは冷静で素早い判断をする弘之の、言葉が鈍った。


「………嫌な予感がして来た。」

「……言うな、健二。俺はその予感を押し殺した。」

「…………私は……こんな事の為に付いて来たんですか?」

「………………。」


 橋本さんが2人の、言葉に出さない推理の結果を聞いた後に溜め息をついた。

 僕にも健二が言いたかった事、弘之が押し殺した予感が理解出来た。サイコメトリーじゃない。予知夢でもない。あえて言えば幸雄の性格を良く知る僕らの、プロファイリングの結果だ。

 ここは既に、町の中心部や百貨店から離れた田舎道だ。風が、澄んだ空気と土の匂いを運んでいる。




 僕らはとりあえず、相棒が見える範囲で手分けして幸雄の足取りを追う事にした。

 僕の手は、橋本さんが引っ張ってくれた。



(辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。辞めたい。辞めたい。辞めたい………。)

(はっ、橋本さん!??)


 すると僕の手から、強い思念が伝わって来た。指先が痺れるほどの、物凄く強い思念だ。


(橋本さんはいつも、こんな事を考えているのかな……?)


 橋本さんは、超能力を身に着けたくて入社した。僕らと一緒にいれば、いつか自分も能力に目覚めるのでは?と考えている。仕事で、実際にその能力を目の当たりにもする事も出来るし、それに関しては満足しているはずだ。以前の仕事は、ヨガのインストラクターだった。瞑想が、超能力の開発に役立つと考えていたのだ。

 つまり彼女にとって、給料や仕事の内容は二の次なのだ。超能力の事を、いつも最優先に考えている。


(そんな彼女に…超能力を目の当たりに出来る職場に就いた彼女に、仕事を辞めたいと思わせる僕らって一体……。)




(あっ……古井戸だ………。蓋が見当たらない……。危険だから、誰も近づかないように、周りがロープで囲まれてる……。)


 強い思念のせいで頭痛までもが伴い始めた僕の脳に、やっと違う情報が流れ込んで来た。命拾いした。

 橋本さんが、古い井戸を見つけた。今は使われていない井戸で、人が入り込まないようにと、周囲がロープで囲まれている。



(……面倒……臭いな……。)

(えっ!?)


 命拾いした僕だけど、今度は、幸雄の命が危険だ。


(つまり……幸雄さんがここに落ちたって事でしょ?……はぁ………。このまま誰にも教えずに、車へ引き返そうかな……?)

(なっ!何を言ってるんだい?橋本さん!)


 僕は彼女の…暗黒面を見た。

 だからこの能力は怖い。誰かの見たくない、見てはならない部分までを覗けてしまう。


「はっ、はしも…」

「所長~~!ここに、怪しい井戸がありま~~~す!!」


 橋本さんの暗黒面を打ち消そうと声を出した時、彼女は弘之達に声を掛けてくれた。


(助かった!…今読み取った思念は、幸雄は勿論、誰にも言わずに心の中にしまっておこう………。)



「その声は……紫苑ちゃん!?助けて~~~!!」


 弘之達を呼ぶ、橋本さんの大声が井戸の中まで伝わった。

 するとその中から、聞き覚えがあり過ぎる声が聞こえた。僕が、小学生の時から知っている声だ。


(幸雄………。やっぱり君は、ここにいたんだね………。)


 呆れてしまったからか、それとも、無事に彼を見つけて安心したからか、僕は橋本さんの手を放してその場に座り込んだ。


(若しくは……見てはならない橋本さんの暗黒面を知ったからかな?)


 なんて冗談も思いついてみる。



(…………………。)


 僕は過去に、この事で塞ぎ込んでいた。物心が着いた時から親に拒まれ、周囲の人が嫌っている事を強制的に知らされた。学年が上がると同時に、新しい縁が出来る度にそんな人が増えて行き、その度に僕は心を閉ざそうとした。

 でも……その度に幸雄が勇気をくれた。


「幸雄~~!無事だったかい~~!僕らが来たから、もう安心だよ~~~!」

「!??拓司も一緒か~~~!?お前は目が見えないんだから、無理はするなよ~~~!」

「何を言ってるんだい!僕の能力がなかったら、君を見つけ出す事は出来なかったんだぞ~~~!!」


(幸雄……。君が無事で、本当に良かった。)


 これからは僕の事を、少しは信用してくれ。もう少しだけでも頼って欲しい。僕はもう、あの頃の僕じゃない。傷付かないし、少しは強くなったんだ。

 助けてもらうだけじゃなくて、君を助ける事も出来るようになったんだぞ?




「見つかったのか?」

「ええ…。この井戸の中から、幸雄さんの声が聞こえます。」

「…………。全く……人騒がせな奴だ。」


 遅れて来た弘之と健二も、僕と同じように腰を落として安堵の一息をついた。



「井戸を囲むロープを拝借するか?」


 相変わらず気転が利く弘之がそう言って、腰を上げようとした。

 でも、健二がそれを止めた。


「もう少し…このままいてもらおう。少しは、キツい灸を据えてやらんとな……。」


 健二は幸雄と、いつもこう言う悪戯をやり合う仲だ。


「私も…健二さんの意見に賛成です。」


 いつもは優しい橋本さんも、今日に限っては健二の意見に同意する。


(彼女の心に潜む暗黒面は……誰にも言ってはならない。)


「それじゃ……幸雄には、もう少しだけ井戸の中にいてもらうとするか?」


 幸雄はもう無事だ。僕らが側にいる。弘之も今日は、健二の意見を受け入れた。

 僕は、3人の会話を聞いて微笑んだ。



「拓司~~~!そこにいるんだろ~~!?早く助けてくれよ~~!」

「もう少し待って~~!今、弘之と健二がロープを探しに行ってる~~!!」

「早くしてくれ~~!この井戸は深過ぎる~~!壁も滑って掴めないから、俺の能力でも外に出れないんだ~~!拓司~~~!た~~すけてくれ~~~!!」


 待たされ過ぎた幸雄が、僕に助けを求めた。

 僕は嘘をついた後、人差し指を口に当てて、それを3人に確認させた。

 3人は笑い声を殺し、僕の悪戯に付き合ってくれた。



 幸雄が、初めて僕に助けて欲しいと言った。

 悪戯の最中に聞いた声だけれど、僕はその声が嬉しくて堪らなかった。

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