TRACK 07;エスパイラル(ピンク)参上!

「弘之から連絡があった。こちらに向かってるそうだ。」

「若菜ちゃんのお父さんは…?」

「相棒の中にいる。借金塗れだったのは本当だが、あの借用書には覚えがないそうだ。」

「…良かった~。」

「………。」


 俺は橋本と、高槻の婆さんの店が見える場所に潜んでいる。弘之に指示された。今日は鬼門がない。…何よりだ。

 ただ、後方注意と出た。だからここに来るまでの間、後ろに橋本を歩かせた。



 昨日、商店街が鎮まった頃に取り立て屋が現れ、店を無茶苦茶にして帰った。食堂のおばちゃんが見ていたそうだ。今日も同じ事をしに来るかも知れない。

 それでも俺達は依頼主を友達の家から引っ張り出し、2階で待機させる事にした。父親との再会の場は、ここしかないはずだ。


(しかし…例の事は健二に言えない…。)


 俺は相手の正体を知る為と、遠慮をしなくて良い相手なら、暴れるつもりで待機している。



 借用書は偽物だった。悪い奴らは、何処にでもいるもんだ。町の誰かが被害に遭った事は頂けないが、せめて、この町から悪者が出なかっただけマシだ。



 しかし…弘之の話を信じて良いのか?拓司の意見は植えられた可能性もあるから、あいつだけが頼りなのに…。


 依頼主の父親は、多額の借金を抱えていた。1度だけでなく、常習を繰り返し家族に苦労を掛けた。

 今は改心して真面目になったと言うが…心を入れ替えたと言って…過去は清算されるのか…?背負った罪は消えるのか…?


(俺は…未だにあの時の罪を消せない。消したくても…消えない。)


 どれだけ反省しても、どれだけ心を入れ替えても、もっと奥に潜む本性までは消せないんだ…。


(俺は…俺の中に潜む死神を否定出来ない。)




「!!あいつらじゃないですか!?ビックリするほどヤクザです!!」


 橋本がゴミ箱に身を潜めた後、店の方に指を差してそう呟いた。

 店の前に、5、6人の男達が現れた。スウェット姿で、木刀を肩に担いでいる。


(確かに…ビックリさせるほどの田舎ヤクザだ…。)


 健二も言っていた。この町は、昭和の時代で時間が止まっている。根岸組もそうだったが…性質が悪いよりも、頭が悪い。




「おい!今日は、2階の電気が付いてるぞ!?」

「おらっ!高槻!居るのは分かっとるんじゃ!出てこんかい!!親父の借金、お前が返せや!」


(ヤクザなのか?それとも…ヤクザに憧れるチンピラなのか?)


 今のヤクザが、こんな醜態をさらすはずがない。…本当に、昭和の時代で時が止まっている。



「千尋さん!早く操って下さい!店が滅茶苦茶にされちゃいます!若菜ちゃんが可哀想です!」

「誰を操るか、今、見定めているんだ。もうちょっと待て。」


 俺の能力は、1人ずつにしか通用しない。しかも、目と目を合わせなければ相手を操れない。集団で掛かって来られた時には厄介だ。

 腕っ節には自信はあるが…。銃が隠れていたら対処も難しい。


『ガシャ!パリン!』

「!千尋さん!早く!」


 性質も悪いし、気も荒いな…。もう店に手を出し始めた。隣では橋本も五月蝿い。


(仕方ない。ヒーローを気取る資格はないが…。)


「そこまでだ!これ以上、店には手を出すな!」

「!?何だ!?てめえは!?」

「通りすがりのモンだ。正義の味方じゃない。」

「だったら黙ってろ!」

「……正義の味方じゃなかったら、人を助けちゃ駄目なのか?全く…そんな世知辛い世の中なのかよ!」


 とりあえず、一番近くにいる男を殴り倒した。

 後ろでは、橋本が黄色い声援を挙げている。


「馬鹿か!?身も守れないんなら、黙ってろ!」


 俺は振り向き、橋本に怒鳴った。相手が多勢なんだ。1人抜け出してあいつの下に向かったら、いくら何でも助けてやれない。



『ゴンッ!』


(!!?……しまった…。後方注意だったのに…。)


 橋本が身を潜ませたのを確認した瞬間、俺の視野が暗くなった。


(後方の橋本に注意すべきだったのか?それとも、背を向けてしまったヤクザに注意すべきだったのか…?)


 俺は膝から落ち、その場に倒れた。




「千尋さん!しっかりして下さい!」

「………。」


 だからと言って、長い間気を失った訳でもない。目を覚ますと橋本が側にいた。

 両の頬に、激しい痛みを感じる。木刀で後頭部を殴られたよりも痛い…。


 意識を取り戻した俺は急いで起き上がり、振りかぶられた橋本の平手を抑えた。


「もう…充分だ。」

「あっ!目を覚ましましたか!?大変です!悪い連中が、家の中に入って行きました!」

「おらっ!こっち来いや!」

「そして出て来ました!」

「止めて下さい!離して下さい!」


 間一髪…。依頼主はまだ無事だ。

 ただ、男達に囲まれて家から出て来た。


「金が払えねえなら、体で弁償しろ!良い店紹介してやるよ!」


 …なるほどな。今の時代にも、こんな手段で金稼ぐ奴がいるのか…?それとも頭が悪い奴らだ。テレビの見過ぎか…?


 しかし…

 

 くそっ!足下が覚束無い。まだ後頭部にダメージが残っている。

 両頬の痛みも、かなり酷い。


(救ってやれるか…?)


「そこまでだ!」

「てめえら!何やってんだ!」

「若菜!!」


(ギリギリ…間に合った。)


 背中から聞こえる声に、俺は遠慮なく膝をついて休ませてもらう事にした。


(弘之、幸雄…。後は頼んだ。)


 どうやら、父親も現れたらしい。


(辛い目に遭ってる娘を見て…もっと反省しろ。そうでもしないと、お前の本性は正せない。)


「お父さん!」

「何?親父だと!?…蒸発したんじゃないのか…?」

「若菜ちゃん!もう安心しな!君のお父さんは無実だ!借金なんか作っちゃいない!後は、俺達に任せて!」


 幸雄が、やけに威勢が良い。



 だが、それも直ぐに止まった。


「木刀だけにしろよ…。銃はナシだろ…。」


 連中の懐から銃が取り出された。

 そして全員が、幸雄の顔に向けて構えた。


「力を解放しろ!」

「…嫌だ!明日は違う場所で、初日公演が待ってるんだ!」

「…!そんな事言ってる場合か!?」

「健二は何処だよ!?」


 弘之の叱咤にも、幸雄は動かない。


(そんなに…ヒーローショーが大切か…?)


 健二は、依頼主の前に出て来られない。あいつはストーカーと勘違い…いや、確かにストーカーだ。



「待て!!」


(?健二の声?)


 それでも、困っている人を放っておけないか…?あいつらしい。


「健二!銃を取り上げろ!……健二!?」

「私は…健二ではない!超能力戦隊、エスパイルだ!」

「………。」

「健二!それは俺の衣装だろ!?」


 健二が…ヒーローショーの衣装を着ている。

 だが…


(その色…ピンクだぞ?)

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