TRACK 05;父親

(この人か…。)


 夕方、弘之に連れられて商店街に向かった。


 幸雄の帰りが遅い。遠出をした事は知っているけど、いつもは戻っている時間に姿が見えない。

 帰りを待とうとしたけど、健二が僕を急かした。

 商店街までなら歩く事に苦労はしない。弘之に案内されて、とあるお弁当屋に足を運んでいた。


「他に…手掛かりになる物はありませんか?」


 健二はここにいない。本当の依頼主を安心させる為だ。

 彼がいない事情は知っている。


(また、物凄く嫌らしい顔で迫ったんだね?)


 僕らは仕事を引き受ける事にした。依頼は、『父親を探して欲しい』だ。


 依頼主の名前は高槻若菜。僕らがお世話になるお弁当屋の孫娘さんだ。

 昔から金遣いが荒かった父親に苦しめられたけど、それで母親は蒸発し、お祖母さんは死ぬ時まで苦労掛けさせられたけど、それでも父親を探し出したいと言う。


「借金があるなら、必ず返させます。でも、お祖母ちゃんから聞いていたものとは違う借用書を叩きつけられたんです。書類には印鑑ではなく、母印が押されてました。父のものだと確認する事も出来ません。」


 依頼主の若菜さんは、父親を探し出して指紋の照会をさせたいらしい。合っていなければ借用書は無効だし、合っていれば、父親をヤクザに引き渡すつもりとの事。これ以上、苦労を掛けさせるのはまっぴらご免だと言う。

 でも…


 …ここで、依頼主が隠している事が2つ。握手を交わした僕だけが知っている秘密だ。

 1つ目は、若菜さんは借金に関係なく、父親に会いたがっている。苦労ばかりさせられたけどお祖母さんが亡くなった今、唯一残る血筋だ。幼い頃に可愛がってもらった記憶も鮮明に残っている。

 父親を責めるような話し振りだけど、心の底では会いたがっている。依頼を理由にして、父親に会いたがっているんだ。


 もう1つは…自ずと分かる。

 借金が本物だったら、彼女は自分の力で返すつもりだ。


 補足も2つ。

 彼女は、ヤクザの怖さを知らない。口で言って通用する相手ようなじゃない。借用書が偽物なら、この問題はむしろ厄介になる。


 もう1つの補足は…健二の事だ。

 若菜さんには、本当に彼を会わせられない。彼女の心の奥深くに、印象が悪い健二の人相が浮かび上がった。サイコメトリーを通して見た僕ですら、彼とは長い付き合いである僕ですら、吐き気がするくらいのおぞましい顔だった。

 若菜さんは、心の底から健二を嫌っている。


 健二が女性に持てない理由の1つが、この人相だ。今回、実感として分かった。




「それでは、こちらの資料は預からせてもらいます。」


 弘之がそう言って、受け取った資料をカバンに閉まった。後でサイコメトリーしなければならない。

 ただ僕は、既に父親の顔を確認している。若菜さんと握手した時、数年前の彼の顔が浮かんだ。


(若菜さんは、本当に父親に会いたがっている。…どうするんだい?弘之?)


 思うに、悲しい事ながら借金も返さず、家を飛び出した父親の性格が変わったとは思えない。若菜さんが会ったところで、これまでの寂しさは消えるかも知れないけど、これまで以上に父親を恨んでしまうかも知れない。

 店が繁盛した事を父親が知ったら、もっと大きな借金を作る可能性も否定出来ない。


会わせるのが良いのか悪いのか…判断が難しいところだ。


 でも僕はもう、客観的な決断が出来ない。

 サイコメトリーで感情を読み取った時、情報者の感情に流される傾向がある。思いが強ければ強い程、その傾向も強くなる。

 『父親は反省している』と考える僕がいるのだ。若菜さんの、主観的な判断に縛られた。

 だから2人を会わせるかの最終的な判断は、弘之に委ねるしかない。




 事務所に戻ると幸雄がいた。

 僕は何気に彼の体に触れ、今日の出来事を読み取った。


(あれっ!?)


 思わぬ展開だ。

 彼は限定フィギュアを探していたのではなく、ヒーローショーの追っ掛けをしていた。


「幸雄!君は今日、ヒーローショーを見に行ったよね?」

「!お前また、勝手に心を読み取ったな!?サボったの、ばれるじゃねえか!?」


(…言わなくても、皆知ってるよ。)


「そんな事はどうでも良い!弘之!若菜さんから預かった、お父さんの写真を幸雄に見せて!」

「そんな事とは、どう言う事だ!俺にとっては大切な事なんだぞ!?」

「幸雄、写真の人を見て欲しい。君はヒーローショーが終わった後、この人に会ったね?」

「ん?あっ!スーツアクターの高槻さん!この人、凄いんだよ!ピンクの蹴りを、誰よりも上手く受けるんだ!」

「居場所は分かるのかい?」

「勿論だ。明日もヒーローショーに出る。ピンクのサインが貰えるかも知れないんだ!」

「……弘之。」


 資料の読み取り作業に追われると思ったけど、幸雄のおかげで手間が省けた。


「幸雄。明日は、俺達もショーを見に行く。連れて行け。」

「!!マジか!?お前ら…やっと分かったんだな?エスパイラルの素晴らしさを!」

「………。

「うりゃ!たぁー!危ない!くそっ!エスパイラルウェ~~~ブ!!」

「…………。」


 幸雄の興奮が冷めない。


 落ち着くのを待った後、引き受けた依頼の内容を伝えた。


「…何!?あの人、そんな悪い人だったのか!?手下1号どころの悪さじゃねえな?高槻の婆ちゃん、苦労してたんだな…。で、今は孫娘が苦労してる…と?」

「明日、父親と直接会って真実を確認したい。口を割らなければ、お前が頭の中を読め。」

「分かった。でも…」

「でも…どうした?」

「その話、本当なのか?高槻さん、借金抱えてそうな顔はしてたけど、家族を不幸にする人には見えなかった。」

「……。」


 幸雄は、若菜さんのお父さんに良い印象を受けていた。

 彼は単純だ。だから、動物的な勘で人を見抜く。



「何か…裏があるのか?」


 弘之も、幸雄の言葉を信じたようだ。

 いや、彼の場合は若菜さんに会った時から、感じるものがあったかも知れない。


 弘之が持つ能力は、透視なんかではない。『本当の姿を、ありのままに見る』能力だ。幸雄のように直感的だけど(でも、頭の中は幸雄よりも遥かに複雑だ)、物体だって心の中だって、誰かの性格だって見抜いてみせる。



「鍵を握るのは…父親か…?」


 弘之が呟いた。


「良し!明日、幸雄と俺、そして健二でヒーローショーを見に行く。」

「拓司!終わったら、ヒーローショーのイメージを伝えてやる。ピンクがカッコ良いんだ!」

「もう、当分はイメージを送るのは止めてくれ。頭痛がまだ治まらないんだ。」

「!!」


 僕は幸雄の誘いを断り、念の為に、預かった資料に触れてみる事にした。


 弘之が言うように、若菜さんのお父さんが全てを知っている。彼が家に残した品物を、手当たり次第読み取る必要がありそうだ。

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