TRACK 04;悪役

「そこだ!エスパイラルピンク!」

『ワー!ワー!ワー!』

「危ない!後ろだ、ピンク!」

『ワー!ワー!ワー!』

「今だ!必殺『エスパイラルウェーブ』をお見舞いしろ!!」

「ちょっと!おっちゃん五月蝿いよ!声を小さくしてよ!?」

「何だと!?クソガキ!俺はおっちゃんじゃねえ!」



 ここは、とある町の百貨店の屋上。最近上映された『超能力戦隊エスパイラル~救え!地球の危機~』に合わせてヒーローショーが催されている。


「俺の声が届いたから、ピンクは危機から脱出出来たんだ!」


 せっかくのショーなのに、隣のガキが五月蝿い。夏休みに合わせて上映されたから、ショーに足を運ぶ小学生が多過ぎる。


「違うよ!台本で、ピンクは振り向く事になってるんだよ!興奮しないでじっとしてよ!」

「……。」


 こいつは、何も分かっちゃいない。



『今日も地球は救われた!ありがとう!エスパイラル!』

「!?あっ!おいっ!クソガキ!お前のせいで、必殺技を拝めなかったじゃねえかよ!?」

「僕だって見逃したよ!おっちゃんが五月蝿かったからだ!」

「!何だと~!!それに俺は、おっちゃんじゃねえ~~!」


 クソガキのせいで、エスパイラルウェーブを見逃した…。念力で、全ての敵を遠くに飛ばす技だ。


 畜生!まぁ、仕方ない。ショーはこれまで、6回も拝めたんだ。今日は諦めるか…。



(それよりも…サインだ、サイン!ピンクのサインを、今日こそは貰うぞ!!)


 俺は急いで舞台裏まで走り、アクターが出て来るのを待った。

 しかし…今日もピンクの姿が見えない。

 出演者はいつも変身を解いて、素の姿でここから出て来る。だけどその集団に、女の子の姿が見えないのだ。


(クソッ!今日も秘密の裏口から逃げたか!?人気あるからな~~。)


 俺は諦め、帰る事にした。

 明日が最後の公演だ。今度こそピンクのサインを貰って、握手もしてもらうんだ!



 …分かっている。言いたい事は分かっている。これは、単なるヒーローショーだ。まさかテレビの向こうにいる、本物のピンクが来る訳がない。俺だって知ってるさ。

 でも、せめてこの舞台に立つ、代役のピンクでも良いからサインが欲しいじゃねえか!?せめて、どんな顔してるのかぐらい知りてえじゃねえか!?

 それなのにヒーローショーは、最初から戦闘服を着て始まる。ピンクの素顔を、1度も拝んだ事がない。だから出待ちしているのに…出て来る人間は男ばかり…。


(ピンク!ガードが固すぎるぞ!?)




『ドンッ!』

「痛てえな!この野郎!俺は今日、虫の居所が悪いんだ!」

「すっ、済みません!申し訳御座いません!」


 百貨店の玄関を開けて直ぐに、前を歩く男と衝突した。


「あれっ!?あんたは、ヒーローショーに出てる…」


 男が誰なのか、直ぐに分かった。この数日の間、ずっと舞台裏で出待ちしていた俺だ。




「へ~。それじゃ…おっちゃんは悪役なんだ?」


 俺達は向かいにあったベンチに座り、少し会話をする事にした。おっちゃんに優しくする必要がある。コネを作って、ピンクに会わせてもらうんだ。


「何の着ぐるみ着てんだ?」

「いつも、同じ物を着ています。手下1号です。」

「!!あの…手下1号!?」

「?分かるんですか?『手下1号』で、分かるんですか?」


(こいつは驚いた…。いつもピンクの背後に忍び寄り、後ろ回し蹴りで倒される悪役じゃねえか…?)


「俺!ファンっすよ!あんたの蹴られる姿、本当に見事だ!」


 このおっちゃんは、本当に演技が上手い。ピンクの蹴りがカッコ良く決まるのも、やられ役であるおっちゃんの演技が凄いからだ!


「いつも!ピンクを引き立ててくれて、本当にありがとうございます!」

「…ピンクのファンですか?」

「大ファンです!」

「…そのお歳で…?エスパイラルのファ…」

「大好きなんです!特にピンクは可愛い!おっちゃん!1回だけで良いから、ピンクに会わせてくれよ!?」

「…中に入ってる人は…男のひ…」

「うわっ!俺、何か興奮して来た!」

「いや、中に入っている人は、私と同じくらいの中…」

「いつも舞台裏で待ってんだけど…ピンク、秘密の裏口から帰ってるでしょ!?1度も顔を見た事がない!」

「あっ!思い出した!いつも舞台裏で色紙持って待ってる…」

「そう!俺です!ピンクに会いたいのに、全然会った事ないっす!」

「…………。」

「明日が最後の公演でしょ!?是非、会わせて下さいよ!」

「………そう…ですね。ピンクの人に聞いてみます。」

「やった~!!ありがとうございます!!」

「…………。」


 いや~。これは、思ってもなかった展開!ピンクに会えるかも知れない!


(テレパシーは卑怯だと思って使わなかったけど…この謙虚さが認められたんだ!神様!ありがとうございます!)



「おっちゃん!俺、明日も見に来るから!ピンクの事、頼んだよ!?」

「あ…はい。それじゃ…明日。」

「??」


 おっちゃんに元気がない。やっぱり、会わせる自信がないのか?

 それとも、俺を騙そうしているのか!?


(このままでは不味い!)


「おっちゃん!おっちゃんの名前は?」


 俺は念の為に、おっちゃんの名前を聞く事にした。

 最悪の場合、おっちゃんの名前を使って舞台裏に進入し、無理からでもピンクの顔を拝んでやる!


「あっ、私ですか?私の名前は、高槻と申します。」

「覚えておくよ!おっちゃんのサインも、明日くれよな!?それじゃ!!」


 おっちゃんのサインが欲しいのも本当だ。悪役の中でも、徹底した悪役を演じている。演技も上手い。


 俺はおっちゃんに大きく手を振って、相棒が待つ駐車場に向かった。

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