TRACK 02;ストーカー

「所長!大変です!」

「?どうした、橋本?」

「けっ、健二さんが今朝早く、辞表を提出しました!」

「…健二が?」

「どうしましょう!?止めるのも聞かずに出て行っちゃいました!」


 一大事が起こった!健二さんが辞表を提出した。寝耳に水な知らせだ。

 ここ数日、事務所に顔を出さないからおかしいと思っていたんだけど…。何かあったんだ。


(??)


 それにしても所長の反応が悪い。って言うか…遅い。まだ寝ぼけているのかしら?



 今日は事務所に、私1人だった。

 千尋さんは出勤しない。占いで、外出厳禁と出たらしい。幸雄さんは誰よりも酷い遅刻をするはずだし、唯一真面目な拓司さんは、今日も家で寝込んでいる。幸雄さんに無理をさせられた。


 やっと出勤した所長を捕まえて、この一大事を報告したのに…。


(まだ寝ぼけてるなら…ビンタ一発…いっとく?)


「…おはよう。」

「あっ!拓司さん!お体、大丈夫ですか?」


 そのタイミングで拓司さんが出勤した。顔色は悪くないけど、頭痛が酷い様子だ。


「大丈夫か?拓司?」

「うん…大丈夫だと思う。酷い目に遭ったけど、どうにか治まり始めた。」

「…その幸雄は?」

「多分、今日もおもちゃ屋を走り回ると思う。映画の公開記念に発売されたフィギュアが、まだ手に入らないらしいんだ。」


(幸雄さん…最近、そんな理由で遅刻してたんだ…?)



 拓司さんは、時として幸雄さんに捕まる。拓司さんに見せたい映画がある時、幸雄さんがテレパシーを使って、頭の中で上映するそうだ。2時間近く念波を送り続けられるんだ。溜まったものじゃない。

 断れば良いものを、拓司さんはそれをしない。2人には、他のメンバーよりも深い絆がある。


「それより…どうしたの?慌ててるみたいだけど…。」

「そうなんです!拓司さん、大変なんです!健二さんが珍しく朝一で出勤したと思ったら、辞表だけを置いて出て行っちゃったんです!」

「??久し振りだね。」

「?久し振り?」

「橋本。健二の奴、嫌らしい目つきしてなかったか?」

「嫌らしい目つきって…毎日そうですけど…?」


 そう言えば、辞表を出した健二さんの表情は、いつもより嫌らしかったかも知れない。少なくとも、思い詰めた顔じゃなかった。


「また…誰かに惚れたな?」


 所長がそう言うと、拓司さんが大笑いし始めた。




「えっ!?そんな理由で辞めちゃうんですか!?」


 そして私は、辞表を提出した理由を聞いた。


「過去に5、6回はあったよ。最近はなかったけど、どうやら気に入った女性を見つけたようだね?」

「笑ってる場合じゃないですよ!?健二さん辞めたら、事務所大変じゃないですか?」

「……橋本。拓司の話、聞いてなかったのか?過去に5、6回あった出来事だ。考えてみろ?あいつの恋が実ると思うか?」

「……。あっ!」


 健二さんは、一目惚れした女性が現れると辞表を提出するらしい。『あいつの為に、俺の全てを捨てる!』…。それが決まり文句との事。

 でも、大体は数日…長くても1週間で舞い戻って来るそうだ。理由は、説明を受けなくても分かる。


「興味深いな?今度は、どんな女に惚れたんだ?」

「最近の予知夢に健二は出て来なかった。ちょっと、予想もつかないね。」

「…まぁ、良い。あいつが帰って来たら、サイコメトリーで確認してくれ。」

「了解。」


(……。)


 事務所の人達が動じない。慣れ過ぎている。




「…済みません。」

「?」


 2人の態度を見て、そんなものかと理解した私は仕事に戻ろうとした。

 すると、事務所の扉が開いた。


「あの…ここって、探偵事務所ですよね…?」

「!?はい!どうぞお入り下さい!」


 お客さんが来たようだ。それも、ヤクザやギャングじゃない普通の人。

 …でも、喜べる状況じゃないみたい。相談に来た人の顔が、物凄く沈んでいる。




「どうされましたか?」

「……。」


 会議室に移動して、私と、鼻に詰め物をした所長とで事情を尋ねる。

 拓司さんは、自分の席で休んでいる。やっぱり頭が痛いそうだ。


 所長が事情を尋ねても、なかなか返事が返って来ない。相当深刻な悩みのようだ。


「私は…高槻若菜と言います。古い方の商店街で、お弁当屋を営んでいます。実は昨日、借金の取り立て屋が店に現れたんです。」

「取り立て屋…?」

「実は数日前から、ストーカー被害にも遭ってます。お昼の忙しい時間に限って、お店の前でこっちをずっと見てる人がいるんです。」

「……。」

「声も掛けて来ないし、お店も忙しいから『気持ち悪いな』と思ってやり過ごしてたんですが、日に日に嫌らしい顔が酷くなって行くので…。とりあえず、被害届は出したんですけど…。ひょっとしたらそのストーカーは、取り立て屋の1人なのかも知れません…。」

「何処かから、お金を借りていたんですか?」

「私ではなく、父が色んなところから借りていました。先日亡くなったお婆ちゃんは全て返済したと言ってたんですけど…残った借金があったかも知れません。」

「………。」


 話を聞いて、所長が難しい顔をした。


「借金が正当なものなら…私達がお手伝い出来る事がありません。そもそも、そう言ったご相談は消費者センターか弁護士にすべきかと…。」

「分かっています。今日足を運んだのは、借金の返済を相談したいのではなく、父を…探して欲しいんです。」

「……と言うと?」

「父は数年前に、私とお婆ちゃんを残して何処かに消えました。でもお婆ちゃんは、借金は全て返したと言ってました。だから…」


 依頼者の話はこうだ。

 取り立て屋に迫られた借金が、本当にお父さんが残したものなのかをはっきりさせたい。借用書が偽物なら取り立て屋を追い返すし、本物なら、お父さんに責任を負わせるつもりでいる。その為に、先ずは弁護士よりもこっちに足を運んだ。


「事情は分かりました。確かに、人探しは探偵の仕事です。お任せ下さい。出来ましたら、お父様に関する資料をお見せ頂きたい。」

「ありがとう御座います。資料になるかどうか分かりませんが…父の部屋の物は、そのまま残してます。ただその中に、逃げた先の情報が掴めるものがあるかどうか…。」

「残した何かがあるなら、それで充分です。」


(…拓司さんの出番だ。)


「明日、我々の方からお店に出向きます。」

「東商店街の、ちーちゃん弁当です。そこが私のお店です。」

「!?…ひょっとして、高槻の婆さんの…?」

「ご存知ですか?私、そこの孫なんです。」

「………。婆さん、亡くなったんですか?」

「………。ずっと働きっぱなしだったので、病気もする事なく寿命を迎えました。」

「………。知りませんでした。惜しい人を亡くした…。ご冥福を、今更ですがお祈りします。」


 ちーちゃん弁当なら、私も利用する店だ。近所にある食堂と一緒に、美味しい物を食べさせてくれる。


「……大往生だったと思います。笑いながら天国に行きました。『どうにかドラ息子が残した借金を返せた』…って、後悔はなかったみたいです。」

「……。」

「私は、お婆ちゃんの言葉を信じます。私に残した遺言です。『もうワカちゃんは、苦労しなくても良いんだよ』…って言ってくれたんです。だから…本当に借金があったなら、それは父に払わせたいんです。」


 依頼主は、借金の肩代わりをするのが嫌な訳じゃないみたい。借金で苦しむ姿を、天国のお婆ちゃんに見せたくないだけなんだ。


(それにしても…最低な父親ね…。)


「明日、必ずお店に向かいます。出来たら、線香の1つでも上げさせて下さい。」

「ありがとう御座います。」


 所長が依頼を引き受けた。

 でも、相変わらず報酬の話をしない。


(…仕方ない。美緒さんの件で迷惑を掛けた。今回ばかりは口を閉じていよう。…今回だけよ?)



『ピピピピピッ!』


「携帯が…。ちょっと失礼します。誰からだろう?もしもし…。…えっ!?」


 依頼主が、電話を取って慌て始めた。


「済みません!警察から連絡があって、ストーカーと思われる人を捕まえたらしいです!顔を見に行かなければならないので、この辺で失礼します!明日、宜しくお願いします!」


 結果が気になる。果たして、取り立て屋と繋がっているんだろうか?




『プルルルルッ!プルルルルッ!』


 依頼主が去った後、事務所の電話も鳴った。


「はい、金森探偵事務所です。…えっ!?健二さんが…捕まった!?」


 相手は刑事の藤井さんだった。

 今日2回目の、寝耳に水だ。…いや、2回目はそうじゃない。あの人ならあり得る。


「所長…。」

「??どうした?」

「…健二さんが、ストーカー疑惑で捕まったそうです。」


(…って…えっ!?まさか!?)

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