TRACK 01;一目惚れ

 八代を、無事に西側へと送り届けた。

 俺達も東側へ密入国を果たし、事務所に戻っていつものような毎日を繰り返し始めていた。



『報酬を…断った!?』

『報酬は、美緒さんの財産だったんです。受け取れるはずありません!』

『…なら仕方ない。』


 戻って来た次の日、橋本も休暇から戻って来た。


 あいつは報酬を断った。事情を知った弘之は、橋本の判断を受け入れた。お陰で今日も、仕事を探しに歩かなきゃならねえ。


『八代さんから連絡があったの。弘之君、報酬を断ったそうね?それじゃいけないって、お父さんの口座に送金したいって言ってるそうよ。どうする?』


 八代は頭が良い女だ。嘘の口座を教えたところで、別の方法を執るだろう。

 しかし、麻衣からの連絡も弘之は断った。

 調子が狂う。いつもならそんな事、橋本が許すはずがない。



 俺や他の仲間も橋本の判断に賛成だ。八代は、必ず東側へ戻って来る。いや…西と東を1つにして、自分の家に戻る事だろう。

 金とは無縁な俺達だ。大金は必要ない。だが、金持ちが金を失うと大変だろうから、八代が持っておくべきだ。


(八代なら、その金で悪さをしない……。)


 俺は弘之と同じで、昔から金に縁がない。

 それで良い。食って行けるだけの金があれば、それ以上のものは望まない。


(とは言っても、今でも食う事すらままならないが……。)




「しかし面倒臭せえ……。早く次の仕事を見つけて今度は金を稼がねえと、毎日のように事務所から追い出されちまう。あいつもあいつで報酬を断ったなら、当分は黙ってろってんだ。」


 営業に向かおうと事務所を出たには出たが、その瞬間からイライラし始めた。よくよく考えると、やっぱり橋本が許せない。

 報酬を断った事に文句はない。八代には美味い飯を食わせてもらったし、豪華なホテルにも泊めてもらった。初めて乗った飛行機じゃ、1年分の酒を飲み尽くした。

 だが報酬を断った橋本が、貧乏は嫌だと俺達を営業に送るのは、どう考えても腑に落ちない。


「くそっ!」


 込み上げて止まない怒りに身を任せ、足下に転がっていた石ころを蹴飛ばした。


(しまった。やり過ぎた。)


「こらっ!君!何て事するんだ!?」

「……ああっ?」

「あっ…いや、危ないじゃないか?気をつけなさい。」

「………。」


 目の前を通り過ぎる警官に注意された。左斜め向こうにある交番の警官だ。

 俺が睨み返すと黙り込み、そのままパトロールに向かった。


(……偽善者面しやがって…。)


 警察は嫌いだ。あいつらは…正義の味方じゃない。それを盾にしているだけだ。腹の中は腐っている。今みたいに、悪人の前ではひれ伏せやがる。


(いやいや…俺は悪人じゃねえ。人相が悪いだけだ。)


 金庫の中身は交番に届ける。だが、だからと言って奴らとつるむ気はない。弘之の指示に従っているまでだ。




「健二君!久し振りだね!?元気だったかい?」

「ああ、おばちゃん。久し振り。おばちゃんも元気だったか?」

「元気だけど、最近は暇でねぇ。」


 今日は、久し振りに古い商店街に足を運んだ。もう1つの駅前ではなく、美味い店が並んでいる方だ。

 ここは居心地も良い。昔を思い出す。


 早速、俺達がよく通う食堂のおばちゃんが声を掛けて来た。店は暇みたいだが、それでも元気な笑顔で挨拶してくれる。


 『ちょうど良い時間だから昼飯でも食ってけ』と誘うがそれを断り、もう少し商店街を歩いてみた。拓司みたいな予知能力、千尋みたいな占いじゃないが、今日はどうしてかこっちの商店街に足が動いた。

 何か…感じるものがあった。



「いらっしゃいませ~!」

「!!」


 早速、感じた何かが分かった。


(えっ…えらいべっぴんじゃねえか!!?)



「おばちゃん!」

「あら、健二君。やっぱりご飯、食べて行くかい?」

「そうじゃねえよ!おばちゃん!あの子は誰だ?あんなべっぴんが、この商店街にいたのか?」

「は~~。またかい?何度も同じ事を聞かれたね。5軒先の、高槻さんの事だろ?」

「?あそこは、婆さんがやってる店じゃなかったか?」

「最近亡くなったんだよ。苦労が多かったからね…。今は孫の若菜ちゃんが、1人で切り盛りしているよ。」

「婆さんの次が、若い孫か?」

「両親に事情があってね…。大学も諦めて、健気に頑張ってるよ。勿体ない。頭も良いし、綺麗な顔してるのにね…。働き始めてから1ヵ月も経たないけど、噂が飛び交ってね。今じゃ、この商店街のマドンナさ!」


 おばちゃんの話によると母親は、娘が若い頃に家を出て行ったらしい。原因は父親だ。ろくに仕事もしないで遊び呆け、多額の借金を抱えたそうだ。そして数年前、家族に借金だけを残して何処かに消えたらしい。

 婆さんは息子の借金を返そうと、相当の苦労をしたらしい。そして孫である今の店主も、金に困る生活を続けていたそうだ。


(金運がないのが共通点か…。)


俺は、運命を感じた。




「止めて下さい!」

「……?」


 弁当屋に行き、ただ声を掛けようとしただけなのにそう言い返された。

 いや、返されたも何も俺はまだ、一言も喋っちゃいねえ。


「おい、おっさん!やらしい目でワカちゃんの事、見てんじゃねえよ!!」

「……ああ?」

「!!いえ…その…。」


 俺が何をしたからって、こんな待遇を受けなきゃならねえ?隣の男が文句を言うもんだから睨み返してやったが…印象が更に悪くなった。

 俺のシンデレラが、蔑んだ目線をこっちに向けている。




(仇名は…ワカちゃんか…。)


 仕方なく店から遠ざかり、商店街をぐるっと回って、いつもの広場で昼寝する事にした。



 ワカちゃん…。仇名の通り若々しい…。おばちゃんは、『大学を諦めた』と言っていた。多分、まだ二十歳にもならない歳だろう。側にいた男も同じく若い。


(…!?恋敵か!?)


 だが、ワカちゃんはフリーなはずだ。店も1人でやってるし、結婚も早過ぎる年頃だ。

 おばちゃんが言ってた。噂が広がり、冷やかし客だけが増えたと。彼氏がいるなら、そんな客が付く訳ない…。

 つまり…


(誰しもが…ワカちゃんを狙ってる。…急がなければ!)



 十は離れる俺達だが…やってやれない事はない。今の内から攻めて、ワカちゃんが年頃になったら結婚すれば良い。タイミングはバッチリだ。5年を恋人で過ごしたら、ワカちゃんも結婚相手が欲しい頃になる!


 …ダンディーな俺なら、まだいける!


(済まない、弘之…。俺はもう…)

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