TRACK 08;囮作戦
「無事、西側に到着しました。」
隣町のホテルに到着すると、美緒さんがインターネット電話で、数日前まで働いていた会社に連絡を入れた。ここと東はまだ国交がない状態だから、国際電話は使えない。
電話を取ったのは、美緒さんの上司でもあった幹部の人らしい。美緒さんはその人に、今回の任務の事を相談していた。
「今日はホテルで休みを取って、明日にでも目的の場所に向かうつもりです。……はい、ありがとうございます。気を付けます。」
連絡を終えた美緒さんは、部屋へと戻って行った。
そして私は、ホテルに併設されているスパに足を運ぶ事にした。美緒さんと所長の気遣いだ。ずっと歩き続けて、野宿もさせられた私の体は疲れていた。
お金は美緒さんが出してくれるそうだ。別の国に口座を構えるクレジットカードを持っていた。西側でも使えるカードだ。
「は~~~!幸せ……。」
スパでマッサージとスキンケアも受けた私は上機嫌だった。
でも、往復10時間の優雅なフライト、一流ホテルでの贅沢…。そこに車が爆破された事と2日近く歩かされた事、野宿をさせられた事を引くと……まだ足りない。現場での苦労が余る計算だ。
私は夕食も贅沢に頂ける事で、連れて来られた事を帳消しにしてあげる事にした。
事務所は貧乏だ。でも美緒さんには余裕がある。私は夕食で大好きなお肉を、食べるだけ食べてやった。
現場での苦労は、なかった事にしてあげなければ……。
「沢山食べてね?」
「はいっ!ありがとう御座います!」
美緒さんの言葉に、私は遠慮をしなかった。
「橋本、済まなかった。辛い思いをさせたな?だが、後少しだ。最後の最後まで、現場での緊張感は忘れるな。…しかし今日は羽根を伸ばせ。食事も存分に楽しんでくれ。」
所長も私に気を使ってくれている。この人も、たまには私をか弱い女性として見てくれるようだ。
でも、今はまだ任務中である事を忘れてはいない。健二さんを始め、お酒を飲んでる人は誰もいなかった。
拓司さんは料理1つ1つの匂いを嗅いで、首をかしげていた。口に合わないんだろうか?
女で思い出したけど、所長は美緒さんの前で、既に鼻栓をしていない。所長は私よりも早く、美緒さんから受けるアレルギーに慣れたみたいだ。
私は、美緒さんが使っている化粧品が気になった。
食事が終わり、私達はそれぞれの部屋に戻った。私には1人部屋が与えられた。スイートルームとまでは行かなくとも、豪華な部屋だった。
現場での苦労を計算していた私に、おつりが戻って来た。
シャワーも温かくて、水圧も充分!ベッドもふかふかで、先日の野宿が嘘のようだ。
これまでの苦労と体の汚れを綺麗に落とし切った私は、疲れも溜まっていたせいか、寝心地良いベッドでぐっすりと眠ってしまった。
翌日の朝………じゃない。まだ深夜だ。
私は、誰かに起されて目を覚ました。
「ひぃぃぃ!!」
目の前には、銃を構えた男が2人いた。
「動くな!じっとしていれば、危害は加えない。」
「…………………。」
2人が何を話しているのか分からないけど、私は両手を上げて無抵抗を主張した。アメリカでも経験した事がなかった。
銃は猟銃だった。
(昨日の昼、森で会った男達だ……。)
「お前が、八代美緒だな?……部屋が暗いせいか?聞いてたよりも若く見えるな…?」
「……………。」
相変わらず理解出来ない言葉の中に、美緒さんの名前が聞こえた。
2人の男は、私を美緒さんだと勘違いしていた。美緒さんの行動は、やっぱり誰かに嗅ぎつかれているんだ。
「西側の政府と接触するのは諦めろ。統一は、俺達が望んでいるものではない。」
男達は続けて喋るけど、私にはさっぱり分からない。
(どうしよう……。美緒さんのふりをしたいのは山々だけど……会話が出来ない事がばれたら何にもならない……。)
言葉の意味が分からないから、首を縦に振るわけにもいかない。横に振るわけにもいかない。
猟銃は、まだ私のおでこを狙っていた。
「申し訳ないが、少しの間静かにしてもらう。」
「!!!!」
返事がない事に苛立った男の1人が猟銃を床に置いて、変わりに布と縄を持ち出した。布は私の口に括られ、縄は、私の手足の自由を奪った。
助けも呼べなくなった私は、部屋の外へと運ばれた。ルームキーパーが使う、ベッドシーツやタオルを交換するカートに似立てた荷台の中に放り込まれ、何処かに運ばれた。
エレベーターで降りる音が聞こえた。外に出て、大きな扉が開く音も聞こえた。そして扉が閉まる音が聞こえた後、体に振動を感じた。
エンジン音が聞こえ、私は何処かに運ばれ始めた。どうやら私は、貨物トラックの荷台に載せられたようだ。
(嘘でしょ!?私…誘拐されちゃったの!?昇さんじゃあるまいし!!)
私は遂に、大きな声を出し始めた。男達には理解出来ない言葉で、所長達の名前を叫んだ。
(助けて~~!!私、八代美緒じゃありません!橋本紫苑って言う、か弱い女の子です!!)
そう叫びたかったけど、口を塞いでいた布が許してくれなかった。ゴモゴモとした声を出すだけだ。その声だって、誰かに届く訳じゃない。
外でも反応がない。2人はどうやら、運転席にいる。だからと言って抜け出せる状態でもない。カートの扉を何度も蹴ったけど硬く閉ざされていて、外に出る事も出来ない。
(所長~~!!私、誘拐されちゃいました!早く助けに来て下さい~!!)
例え今の叫びが声になったとしても、所長達は助けに来てくれない。
(井上君……。助けて……!)
不安で仕方なかった。暫くも前に海外に行っちゃった、所長達よりも遥か遠い場所にいる、あの人の事が頭に浮かんだ。
数時間の移動の末、私を載せた車が停まった。手足は痺れて、動かす事も出来なくなっていた。
トラックの扉が開く音がして、更に何処かに連れて行かれた。
そして、私を閉じ込めているカートの扉が開いた。
「……誰だ、お前は?」
「………………。」
ここは、何処かの倉庫の中だった。映画のワンシーンで見るような、ギャングが撃ち合いをしていそうな場所だ。
後ろには、さっきの男達が2人、そして目の前には、美緒さんと同じ歳くらいの男が立っていた。
「お前ら!人を間違えたな!?この女は、八代美緒じゃない!」
「!!?」
私の顔を確認して、男達が焦り始めた。どうやら人違いだった事を、今更理解してくれたみたいだ。
(最初の2人は、私を美緒さんだと勘違いした。でも目の前の男は、私が美緒さんじゃないと分かった。…この男は、美緒さんと面識がある男だ…。)
「仕方ない。始末しろ……。今更この女を戻したところで、騒動が酷くなるだけだ。」
「……殺すんですか!?」
「早くしろ!」
男達は、未だに言い争っていた。隙を見て逃げ出したかったけど、手足はまだ縛られたままだ。
(!!!!!!)
何を話してるかは相変わらず分からないけど、何をしようとしてるのかは分かった。
男の1人が、私に銃口を向けた。
(やばい……。本当にやばい……。)
両手を上げたくても、後ろで縛られている。命乞いをしたいけど、口は塞がれていた。言葉も通じない。
私は、短過ぎた自分の人生を、走馬灯を見るかのように頭の中で再生し始めた。
(最期に口にしたものが、お肉で良かった……。)
「そこまで!」
(!!?)
死を覚悟した私の背中で、聞き覚えがある声が聞こえた。
その声を聞いた私の目からは、涙が流れた。安心の涙だった。
銃口は向けられているけど…あの人達なら大丈夫。きっと、私を救ってくれる。
正義の味方……ヒーローの登場だ。
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