TRACK 07;西へ

 車が破壊された。多分、千尋の占いが的中した。相変わらず凄い腕前だ。ある意味、予知能力じゃねえか……。


 千尋は今日も、朝早くから占いを始めた。

 これから数日は、ずっとこいつと一緒にいる。当分の間は占いの結果が、俺達にも響いてくる。


「………最悪だな。」

「??何て出たんだ?」

「………外出は、するべからず……。」

(……………。)


 俺は、命の危険を覚悟した。占いの結果は、橋本には伝えない方が良いだろう。



「待たせたな。朝飯はこれで済まそう。」


 起きた時から弘之がいなかった。

 心配はしていなかったが、やっと遠くの方から姿を見せた。森に生ってる果物を集めに出掛けていたようだ。

 昔が懐かしい。俺と弘之はよく、誰も足を踏み入れない山の中で食い物を探していた。

 だが、決して他人の畑には手を出さなかった。


「鷹には、これをやってくれ。」

「きゃ~~~!!」


 弘之が、活きが良い鼠を数匹、カバンの中から取り出した。

 橋本が騒ぎ立てる。



 鷹が、何かを食べる姿は初めて見た。そして、鼠が食べられる姿も初めてだった。


(今日の俺達は…鼠か?それとも鷹か?)


 もう1度、千尋の占いが気になった。



「食事を済ませたら、早速移動するぞ。」


 橋本が、食べた事もない果物に舌鼓を打っていた。鷹の食事を、珍しそうに見つめながら……。




 食事を取って数時間後、太陽は真上を通り越し、西側に沈み始めた。


(鷹って、必要だったか?)




「…………………。」


 突然、先頭を歩く弘之が足を止め、俺達に声を出さないように伝えた。


「美緒さん、少し頭痛がしますが…」

「???」




「!?誰だ。お前達は?こんなところで何をしている?」

「こんにちは。海外から友達が来たんで、ここら辺を案内してました。」


 進行方向から、地元の猟師のような男が2人現われた。手には猟銃を持っていた。

 ここは国境付近の森だ。誰も足を踏み入れない。猟銃も持っていない俺達の姿は、怪しく見えたはずだ。


 ここには俺と弘之、そして幸雄がいた。残りの奴らは茂みに隠れた。

 会話は幸雄がした。八代とテレパシーで繋がりながら、覚束無い言語を話していた。


 幸雄は、映像や静止画だけを読み取るだけじゃない。相手の頭の中にある事、全てを読み取る。五感を使って、それを読み取って真似が出来る。

 幸雄も俺達も、八代が使う言葉を知らない。だが幸雄は言葉の意味や発音の仕方などの全てを、八代から受け取る事が出来る。

 つまり幸雄は今、2人の男が話した事を八代に伝え、八代から帰って来た返事を男達に返しているのだ。


 八代に会話させる事は出来ない。目の前に現われた2人が、本当の猟師かどうかも分からない。猟銃だって、動物を狙おうとしているのか、違う獲物を狙っているのか…。

 幸雄に2人の頭の中を覗かせたかったが、奴は3人との会話でいっぱいだ。


「この森って、人が入らないから良い感じで自然が残ってるじゃないですか?こいつら自然が好きな、遠い国から来た連中なんで……。」

「……ここを歩く時には、出来るだけ目立つ色の服を着なさい。赤やオレンジ……森の中にはない色が良い。そうでもしないと、動物と勘違いされて狙われるぞ?」

「……気を付けます。」


(……本当に、ただの猟師だったのか?)



 どうにか怪しまれずに会話を終わらせた俺達は、ゆっくりと他の連中が隠れる茂みへと向かった。


 八代は上手い事、話を繋げてくれた。頭が良い女は何でもやってのける。俺達が使う言葉を知ってるだけじゃなくて、状況に合わせた対処法も知っている。

 そして…歳の割には容姿が申し分ない。


(後10歳若ければ……。残念だ。)



「美緒さん。既に敵は、私達が生き残った事を知っているようです。」

「!!」


 茂みで連中と合流するや否や、弘之がそう話した。

 弘之は、朝の内に森の様子を確認していた。


「予想が正しければ、この森には大型の獣はいません。猟銃を持っていた事自体が怪しい。美緒さん。貴方を妨害しようとしている人間に、心当たりはありますか?」

「………………。」


 八代は答えられなかった。心当たりがないのだ。任務には、違う国の俺達が選ばれた。そして八代はこの任務に、極秘を貫いている。


「ここからは、慎重に移動しなければなりません。」

「!!あの人達がここまで来るには、車に乗って来たはずですよね!?その車でも奪えば……。」

「それは出来ない。車を奪う事は、俺達の存在を知らせる事と同じだ。万が一を考えて、俺達は死んだ事にしておいた方が良い。」

「…………。」


 閃いた橋本だったが、直ぐに弘之にたしなめられた。橋本は、歩く事に疲れたのだろう。


「急いで移動しよう。しかし慎重にだ。町にさえ到着すれば、逆に目立たなくなる。」




 結局、夕方頃には町に到着出来た。拓司は俺と千尋で、交代で背負って来た。幸雄に任せると、もう1人背負わなければならない人間が増える。


 宿に入ると、千尋は安堵の溜め息をついた。拓司を背負っていたのが理由じゃない。


(………?千尋が占いで見たものは、あの怪しい2人組みの事か?)


 弘之は宿に落ち着く事もなく、早速、八代と今後のスケジュールを詰め始めた。


(全く……大した奴だ。)


 千尋は、占いの結果に怯えている。何度も危険な目に遭っている。しかし弘之と一緒にいれば、占いの結果すらも見えなくなる。

 俺の性格だったら、あの2人を問答無用で殴り倒していただろう。そっちの方が手っ取り早い。


(そして…誰かが撃たれていたかも…。)


 弘之は冷静な頭を以って、依頼主が望む仕事をやり遂げる。

 考えてみれば、鷹の仕事もそうだ。闇雲に西へ向かい、出会った敵を殴り倒すようじゃ依頼主の希望に沿わない。鷹はずっと、人を避けて俺達を案内していた。


(今回は、思うがままに暴れる事が出来そうにない。)




「良し。それじゃ、明日のスケジュールを伝える。」


 どうやら2人が、明日からの行動を立て終わったようだ。


「明日は隣の地区にあるホテルに向かい、そこで1泊する。ゆっくり過ごして、疲れを取ってくれ。」

「??」


 弘之がまた、唐突なスケジュールを言い渡した。

 確かに、2日連続の遠足は疲れるものだったが……だからと言って1日休暇を取っても良いのか……?西側の重役との約束もあるって言うのに……。


 俺は弘之の顔を伺った。

 弘之は、橋本の方を見ていた。

 八代も橋本の顔を……何故か申し訳なさそうに見ていた。

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