TRACK 09;作戦開始

「本当に、大丈夫なんですよね!?」

「安心せい。この地域は管轄外じゃ。誰もワシの顔を知らんじゃろ。」

「そう言う意味じゃなくて、私の安全です!今更ながら……かなり不安です!」

「奴らの力を知っとるんじゃろ?信じられんほどに、強い能力を秘めておる。」

「…………。」


 作戦会議が終わった次の日、私は藤井さんと千尋さんとの3人で、依頼主から借りた車に乗って根岸組の事務所に向かった。千尋さんは後ろの座席に、運転席には私、助手席には藤井さんが乗っていた。

 私と藤井さんの設定は…親子だ。最初は夫婦か不倫相手と言う設定だったけど、私が猛反対した。


「………って言うか、これって正攻法ですか?」


 作戦会議の内容は……デタラメだった。どう考えても正攻法じゃない。刑事の藤井さんがいるかいないか…それだけが違う点だ。



「それじゃ、俺はこの辺で……。」


 千尋さんが後部座席をベッドのようにして寝転がり、外からは完全に見えない体勢を取った。事務所が近付いたのだ。

 私は、堅唾を飲んだ。


 ちなみに今日の占い結果は、水に気をつけろだった。水難の相が出ているらしい。

 ちなみのちなみで言えば2日前に千尋さんは、健二さんが嫌らしい目で見ていた女性に捕まって、警察に呼ばれて騒動にまでなった。その時は女難の相が出ていたらしい。

 千尋さんの占いも凄いけど……健二さん、一体どんな目付きで女性を見ていたのかな……?


「緊張するな。それじゃ、相手に怪しまれるじゃろ?」

「……この作戦自体が、怪しまれるものじゃないですか!?」


(やっぱりどう考えても、正攻法なんかじゃない!)


「ぎゃはははははははっ!それもそうじゃ!!」


(笑っている……。気味が悪い、甲高い声だ。……こんな無茶な作戦を前に……。)


 藤井さんも……他の人と一緒だ。


「……行きますよ?」


 私は1度深呼吸をして、車を走らせ始めた。



「済みません!父が、急に用を足したいと言って……。近所に家らしき物はここにしかなくて………。」


 私は組の事務所に車を止めて、人を呼んだ。


(こんな作戦で、本当に通じるの!?初めて現場来たけど……いつもこんな無茶をしてるのかな??)


「誰だ!?てめえは?」

「お願いします。父が、どうしても用を足したいと……。」

「入り口の看板が見えなかったのか!?」

「根岸組事務所って書いてありましたけど……建設会社か何かですか?お願いします。」

「!!帰れ!」

「でも父が!漏らしたら大変です!もの凄く臭いんです!」

「…………。」


 藤井さんが笑っている。声は殺しているけど、体を震わせて笑っている。


(演技ってばれるじゃないの!!甲高く笑うのだけは止めて下さいよ!……本当に、一体どんな神経してるの!?それよりも千尋さん……早く!!)


「どうした?」

「あっ、若頭。この女が、父親にトイレをさせたいと……。」


(若頭??偉い人が来た!)


「あ?おい女!お前、舐めてるのか?どうして俺達がこんなジジイの…………。おい、お前ら!この方達を、トイレに案内しろ。困ってる人には、情けを掛けるってのが仁義じゃねえのか?」


(………助かった……。もう少しで私が漏らすところだった。)


「えっ?若頭、マジですか?」

「…………早く案内してやれ………。」

「………?へい、分かりました。」


 瞳孔が開ききった若頭を後に、私と藤井さんはトイレに案内された。


「おっ!?何だ女?お前、まるでトイレの場所を知ってるようだな?」

「えっ!?あっ、いや…こっちの方にある気がしただけで……。」

「……?まぁ、正解だけど。」


 危ない!いくら何でも、案内役の前を歩くのは間違っていた。藤井さんを急がせる演技だったけど、ちょっとやり過ぎた。


 事務所の見取り図は、昨日の晩に所長達がここを訪れて調べた。真ん中の方までは流石に透視出来なかったようだけど、トイレの場所と……そして、昇さんがいる場所は突き止めていた。

 昇さんは、トイレに作られた隠し扉の向こうにいる。


「早く済ませろよ?」


 トイレは異様に大きかった。組の人間が多いのかも知れないけれど、多分、隠された部屋と隣同士だからだ。


「済みません。私も用を足したいので……。扉を閉めてもらえますか?」

「ああ!?……面倒くせえな。早く済ませろよ!」

「………済みません。」


 怪しんでか、案内役はトイレの入り口の扉を閉めなかった。

 だから私は即興で嘘をついて扉を閉めさせた。


「気が利くのう?現場に向いておるな。」


 藤井さんが、小声で褒めてくれた。

 少し嬉しいけど、こっちだって命懸け!そのくらいの機転を利かせなきゃ…命が危ない!


(………この扉ね?)


 所長は、『清掃道具入れ』と書かれた扉の奥に、もう1つ扉があると言ってた。

 その通りに、扉の奥に扉があった。清掃道具はここにない……。トイレに入って直ぐの壁に立て掛けられている。


(チンピラヤクザだから?田舎ヤクザだから?お間抜けにも程がある……。)


「ここは、ワシに任せろ。」


 そう言って藤井さんが大きなオナラをして、奥の扉に手を掛けた。


「おい!ジジイ!便器からはみ出すんじゃねえぞ!?」


 入り口の向こうから声が聞こえる。そして……臭い。

 本当にトイレをしているように見せる演技かも知れないけれど…それでヤクザが入って来たらどうするの!?

 それに……臭い!!


『カチャ…。』


 扉の鍵が解かれた。


「若気の至り…。昔取った杵柄じゃ。」

「!!?」


 藤井さんは、持参のキーピックで鍵を開錠した。


(……!?泥棒だったの!?刑事さんが!?本当にこの人達……無茶苦茶!!)


「早く中に入って、昇って男を救出せい。ワシは、入り口で時間を稼ぐ。」

「分かりました!」


 藤井さんは私を部屋の中へ促し、トイレを後にした。


「はみ出さなかっただろうな!?娘はまだか!?」


 トイレの外で声が聞こえる。私は急いで部屋の中へ入って行った。



「……ぎびば!?」

「しっーーー!静かに!」


 隣の部屋は、物置部屋みたいだった。そして部屋の真ん中には、手足を括られて口も塞がれた男の人が寝転がっていた。


「昇さんですね?所長の指示で、助けに来ました。」

「所長……!?」

「1号さんです。そして私は、6号に任命されました。」

「???……!弘之君かい!?」

「しっ!お静かに!今、縄を解きますから。」


 私は昨日、戦隊6号に任命された。最初は何の意味か分からなかった。千尋さんは4号、拓司さんが5号だ。千尋さんは、少し嫌そうな顔をしていた。

 ちなみに幸雄さんは、何故か1.1号と言う、中途半端な数字を貰っていた。本人は凄く喜んでいた。


「でも、どうやってここに?」

「奥さんが貴方の失踪を怪しんで、私達の事務所に依頼して来たんです。」

「ええっ!?麻衣が!?………………そうか………。」


 昇さんが急に元気をなくした。


「あれだけ逃げて欲しいって言ったのに…また迷惑を掛けてしまった。夫失格だな……。僕は……。」

「………。」


 昇さんと麻衣さんの事は、私も聞いている。


「先輩!3号なんでしょ!?戦隊は、全員が集まってやっと本領発揮です!これからが本番です!宜しくご指導お願いします!」

「!!」


 私は昇さんの縄を解くと起立して、敬礼を捧げた。

 昇さんは驚いたように敬礼を返してくれて、そして目の色を変えた。


 私の場合、昇さんを安心させる為の演技だったんだけど……この人の目は本気だった。

 この人も、所長達と同じ穴のムジナだ………。


「行くよ!?6号!」

「待って!」


 まだ作戦も教えていないのに、昇さんは何処かに走って向おうとした。

 やっぱり同じ穴のムジナだ。しかもこれは………幸雄さん系だ!


(……どんどん不安になって来た。)


 私は早まる昇さんを抑えて隠し部屋の入り口まで行き、大きく深呼吸をすると、一気に叫んだ。


「きゃ~~~!!こんな所に人が!!!」



(これ……絶対に正攻法じゃない!お願い!もう戻れない。皆さん、後は宜しくお願いします!!)

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