TRACK 07;くしゃくしゃの指輪

 昇が失踪してから数日後…。再び黒幕から脅迫状が届いた。昇を預かっているそうだ。昨日麻衣が事務所に訪れ、家に戻った時に見つけた。

 しかし脅迫状は2日前の深夜に、直接家のポストに投函されたと思われる。つまり麻衣が、最初に事務所に来た日の晩だ。


(1日、2日のタイムラグは何だ…?)


 そしてその2日前から、昇が家に帰って来ないと言う。

 仮に昇が3日前に捕まったのなら、脅迫状が送られたタイミングは理解出来る。だが4日前に捕まったのなら、犯人が1日脅迫状を投函するのを遅らせた、若しくは遅れた?


「昇君は、多分逃げていたんだと思うの……。脅迫文はこれまでに、会社と家に1回ずつ送られて、郵便局の消印がなかった。悪戯なんかじゃない。あの人は、危険な事が近づいていると考えたはずよ。」

「…………。」


 俺は、麻衣の言葉を疑った。昇は逃げるような男じゃない。今は自分1人じゃないんだ。嫁も居て、子供までいる。なのに、麻衣達を放って逃げるとは考えられない。


「彼は言ってた。僕が麻衣を守るって。でも、もし守りきれなくなったら、お父さんの下に逃げて欲しいって。君を守るのが僕の仕事だけど、無理な意地を張って危険な目に合わせたくないって。」

「…………。」


 昇は、自分が家にいれば、家族が誘拐されると思ったのか……?


(??待てよ?話がおかしい。)


 今更ながら、この事件の不自然な点に気付いた。


「麻衣、不自然じゃないか?特許の権利を奪いたいなら、お前達が誘拐されるのが普通じゃないか?どうしてあいつが誘拐されたんだ??」

「…………。」


 俺は、この誘拐劇の不可解な点を尋ねた。すると麻衣は黙って脅迫状を広げ、話し出した。

 そこには、先ほど疑問に思ったタイムラグの答えがあった。


 脅迫状は、麻衣に対するものだった。


「あの人は、特許の権利者を私にしたの。」

「??」

「それだけじゃないわ。会社や家、資産になる物の全てを、私の名義にしている。自分に万が一の事があった時を考えて、残せる物は全部残すって……。」

「…………。」


 ……なるほど。だから昇が誘拐された。そして、捕まる前に何処かに身を隠そうとした。

 若しくは、捕まる直前に逃げ出し、麻衣が気付いて親の下に逃げられるように、1日時間を稼いだって訳か……?



 昇は、貧乏な家に生まれた。正確に言うと、生まれて直ぐに貧乏になった。親父が悪い連中に騙され、多額の借金を背負う事になったんだ。

 それに比べて、麻衣は生まれながらの令嬢だった。そんな2人がよく結婚出来たものだと思ったが、昇自身も気に留めていたようだ。だから少ないながらも、与えられる物は全て与えようと考えたんだろう。


「結婚の時も大変だった。私の親どころか、昇君の親からも反対されてね…。そんな格差のある結婚なんて、絶対に上手く行きっこないって…猛反対されたわ。」

「…………。」

「その時昇君が、4人の前で誓ったの。」


『これは、麻衣との婚約指輪です!今はくしゃくしゃの折り紙で作った指輪ですけど、いつか!きっとこれと同じくらい大きい、本物の指輪を捧げます!僕は頑張ります!一生を掛けて、麻衣を幸せにします!だから……結婚を許して下さい!僕らを祝福して下さい!』


 麻衣はそう言って、化粧箱の中からある物を取り出した。

 それは折り紙で折られた、くしゃくしゃになった指輪だった。


「彼からプロポーズを受けた時に貰ったの。プロポーズは、幼い時から約束されていた。彼は、まだ何の準備も出来ていないと思ってた。でも待ちきれなかった私が、無理矢理プロポーズさせたのよ。プロポーズの場所は…金森君も知ってる場所よ。あの公園のベンチ……。」

「…………。」


 くしゃくしゃになったその指輪は宝石箱の中で、どの指輪よりも大切に保管されていた。


「でも、彼は気付いていない。私が望んでいるのは本物の指輪でもないし、紙で出来た指輪でもない……。あの人と一緒にいられる事が、どんなに貧しくても笑って過ごせる事が、私が一番望んでいる事なのに………。」

「……………。」


 麻衣はどうやら、昇が特許を取得した事からが気に食わないようだ。


 昇は、何も持っていない。自分でも、麻衣と不釣合いだと思っていたんだ。

 だからあいつは、無理をしてでも金を掴みたかった。借金の事もあるだろうが……きっと、麻衣が周りから変な目で見られないように、家を少しでも裕福にしたかったんだろう……。


「麻衣、それは無理な話だ。あいつは意地でも、お前に苦労をさせまいと努力するだろうさ。それがあいつの性格だ。お前も、それは知ってるだろ?」

「………。でも、お金がなくても幸せになる方法はいくらでもあるわ。」

「それは金を持ってる奴の言い草だ。持っていないあいつにしたら、自分を苦しめる、いや、お前達を苦しめる理由としか思えないんだ。」

「……………。」



 昇……。お前は、やっぱり何も変わっちゃいない。

 今でも、お前はヒーローだ。お前は自分の事を弱いと言って、ヒーローなんかになれないと思ってるかも知れないが、それでもお前は立派なヒーローだ。嫁と子供の為に毎日頑張って……踏ん張って……。


 俺達は、戦隊の一員だろ?1人じゃ何も出来ない時があるからこそ、戦隊はチームを組んでいるんじゃないのか?

 少し登場が遅れたけど、久し振りに3人が集まった。もう、怖いものなんてないはずだ。


 昇…。もう少しだけ待っててくれ。今や戦隊は7人だ。俺には、頼りになる仲間が5人も出来た。

 …1人、本物の戦隊になりたくて、リーダーの座を狙ってる変な奴もいるけど……。



『ビー、ビー、ビー。』


 突然、俺の携帯が鳴った。健二からだ。


「おう、2号か。どうした?」

「あ?何言ってんだお前?」

「………。もう少し気を利かせろよ。どうした?」

「後ろに控える怖いお兄さん達の、目星が付いた……。」


 健二は千尋と一緒に、拓司が読み抜いた情報を元に、とあるヤクザの事務所に足を運んでいた。何度か俺達に依頼した事がある組で、いつも盗品ばかり入った金庫を開錠させている。

 ヤクザとしての筋すら通せない、危険で馬鹿な連中だ。


「早まるな。相手は、飛び道具を持ってるかも知れない。お前の力も通じないだろうし、千尋も、1人しか相手に出来ないから厄介だ。今日は事務所に戻れ。明日もう1度、作戦を考える。」

「…………了~解……。」


 麻衣には聞こえないようにそう伝え、電話を切った。

 健二は不満がった。あいつの熱血振りは、コントロールに困る。正義感だけが先走りして、後を考えない。

 特に、相手がヤクザとなると人が変わる程だ。

 今回は大企業も一緒だ。事件がばれた時に、隠蔽ぐらい簡単にやってのける相手だろう。昇を奪回して終わりじゃ、同じ事の繰り返しになるかも知れない。


(…気に食わないが、正攻法で行くか……?)


 俺はもう1度携帯電話を取り出し、とある人物に電話を掛けた。


「もしもし。藤井ですが…?」

「親父、俺だ。弘之だ。」

「…なんだ。誰かと思えば弘之か?どうした?久し振りの電話じゃねえか?」

「………親父。あんたの力を貸して欲しい。」

「……事件か?」


 気が進まないが、親父の力を借りなければ大企業なんて相手に出来ない。

 俺達の力は、世間に公表出来ない。したとしても信じてもらえず、裁判などでの有力な証拠や証言にはならない。

 しかし…親父が持つ力は絶対だ。


「麻衣。少し時間が掛かるかも知れないが、必ず事件は解決する。昇は取り戻す。そして、2度と危険な目には合わせない。」

「………よろしくお願いします。」

「その為に、1つお願いがあるんだ。」

「?」

「車を貸してくれ。出来れば2日ぐらい。」

「…良いけど、うちの車はオンボロよ?」

「比べてみるか?うちらの相棒もオンボロだ。でも、まだ走れるって言い張るから走らせてる。」

「………。」


 明日……事務所で作戦会議だ。


 根岸組……。今日のところは助かったな?

 しかし、借金ってのは増えるのが道理だ。俺達は、そう言った意味では悪徳だ。

 明後日になったら、もっと痛い目に遭うと思ってろ!

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