二十二日目

 意識が浮上しかけているのを私は感じた。また日が昇り、朝になったのだろう。けれど私はウトウトしながら掛け布団を握り締め、まどろみの世界に浸り続ける。

 昨日は幸せだった。久し振りに彼に優しく抱いてもらえた。たくさん丁寧に愛撫されたり全身を優しく舐められて、私は彼の愛を感じられて嬉しかった。今も温かくて彼に抱き締められている時の感触が思い出せる程、私は充足していた。

 私は内側に目をつぶったまま寝返りを打ってみる。いつかのように彼がいることを期待して。

 けれど、額は何ともぶつからず、腕を伸ばしてみても空を掴むのみだった。閉じていた目を開いてみれば、当然ながら彼の姿はなかった。

 少し寂しく思いながらも、私はより内側に身体をずらす。そしてシーツに思い切り頬ずりする。もう冷たかったけれど、彼のぬくもりを感じられ包まれている気分になった。

 私はその位置で横になったまま、しばらくの間、惰眠を貪ることにする。今日もまた、朝食ができたら彼が起こしに来てくれるだろう。足枷もいつも通り左足にあるし、私にできることは何もない。

 私は再びまどろみの世界に身を委ねた。けれど彼はいつまで経っても起こしにはこなかった。

 











 二度寝し、再び意識が浮上してきた私は目を開けた。十分眠ったため気怠さもなく、意識はクリアで良好だった。

 私はベッドの中で寝転がりながら、辺りを見回す。右側の窓からは、カーテン越しに太陽の光が今日も透過している。左側にある、ダイニングへと続くドアは閉まったまま。部屋の中はクーラーの音と、窓越しに大通りの喧騒がほんのわずかに聞こえるのみで、彼の姿はどこにもなかった。

 まだ朝食を作っている最中なのかな?

 私は横になったまま考える。寝室にはいないから、彼は先に起きているはずなのだ。

 けれど、おかしい。彼はいつも、私が目覚める前に作り終えて起こしにくる。それに、日に日に少なくなっていく食材で作れる料理は限られてくるし、彼はそこまで時間をかけはしないだろう。

 胸騒ぎがする。私はじっとしていられなくなって、身体を起こした。

 私はドアの方を見た。彼はこの向こう側にいるはず。

 どうしよう?

 掛け布団を被ったまま、ベッドから床へ足を降ろしつつ、私は思う。左足に付けられた鎖がじゃらりと無機質な音をたてた。

 勝手に動いたりしたら、彼は怒るかもしれない。彼を不安定な状態にはさせたくない。

 けれど、落ち着かない。彼がいつまでたってもここに姿を現さないことが気がかりだ。彼の身に何かあったのではないかと不安になる。

 私は素っ裸な身体に掛け布団を纏い、立ち上がった。鎖の長さ的に、ドアを開けるぐらいの余裕はありそうだ。彼には心配になったと正直に話せばいい。

 私はゆっくりとドアノブを捻り、扉を開けた。そして予想だにしなかった光景を目の当たりにした。

「――――ッ」

 思わず叫びたくなった。でも驚きのあまりに掠れて声にならなかった。

 私の目に飛び込んできたのは赤。真っ赤な血。アイボリー色の絨毯を染め、さらに床にも飛び散っている血。そしてテーブルの前で床に俯せに倒れている彼の姿。

 出血の源は彼の左手首。そこが特に真っ赤に染まっていた。近くにカッターナイフ――きっとリストカットをする時にも使用していたであろう刃物が落ちていた。

 ぐったりと床に倒れたまま動かない彼の身体。絨毯と床に溢れる大量の血液。異様な鉄の臭い。

 私は彼に近づこうとする。けれど、足枷のせいで彼の傍にいけなかった。ピンと伸びきった鎖が私の左足を引っ張り、寝室から一歩足りとも歩くことができない。彼に触れることすらできない。無理矢理足を引っ張ったってびくともしない。

 このままだと彼が死んでしまう。生きているかどうかもわからないけれど、こんなに血を流してしまえば確実に死んでしまう。彼に死んで欲しくない。助けないといけない。

 だけど私は彼に近づくことさえ叶わない。電話で救急車を呼ぼうにも携帯はとっくの昔に取り上げられたし、受話器までだって、とてもじゃないが手は届かない。

 私は後ろを振り返る。ベッド越しにある窓は大通りに面している。今はたぶん人通りの少ない時間帯だろうけど、車はひっきりなしに往来しているし、誰も歩いていないなんてことはありえない。

 私は無我夢中でベッドを飛び越え窓へと駆け寄った。片側のカーテンを半ば引っ張るように開け、窓の鍵を下ろして解除し思い切り開く。

「助けて! 誰か救急車を呼んで! お願い、彼を助けて!!」

 私は必死に、力の限り叫び続けた。











 

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