第199話 正真正銘、最期の雷鳴拳≪ライメイケン≫

「地震が起きたと思ったら……どうなってんだ……これ」


 自衛隊員たちは空を見上げる。大地の激しい揺れ、上空に一線を描いたビーム砲、激しい衝撃音の連続。そんな状況を受けて空を見ればわかる。何か想像もできないことが起こり始めているのだと。


「雲が……回転してる……っっ」


 上空に浮かぶ雲が激しくとぐろを巻いていく。雲の色が黒く変わり雷鳴が鳴り響き始める。自然とは違う、超常的な何かが起こっている。気流の変化などと呼べたものではない。


「なんなんだ……あの雲は」


 雷の仕組みとは何か――。


 氷の衝突が起こす電子による放電現象。気圧の流れにより上に上がる氷と重力により下に落ちる氷が起こす衝突と摩擦による帯電。雲の上方にプラス電荷、下方にマイナス電荷が帯電していく。雷雲の成長とともに電気の力も強くなり、プラス電荷とマイナス電荷が引き合う。


「――雷鳴サンダー


 攪拌かくはんを無理矢理に引き起こし、落雷現象を発動させることは可能か。もし空気を操ることが出来るならば、もし雲を動かすほどに大きな力が使えるのであれば、どうなのだろうか。


 現実にソレは傍観者たちの眼に映る、


 ――魔法なのか……能力なのか……


 涼宮強が創り出した巨大な積乱雲スーパーセル


 第三の螺旋により自然現象を引き起こすことが可能だからこそ、疑いはなかった。誰もがそんなことを出来ると思っている。ただの人間が生身で落雷を発生させているなどとは誰もが想像などしていない。



 強によって生み出された電気の力に空気が耐えきれなくなった時、

 

「――流星群シャワーァアアアアアアアアア!!」


 電が発生する。それも一つだけではない。


 雷鳴が光ると同時に轟音が追いかけるように響く。いくつもの雷鳴が大地へと降り注ぐ。絨毯爆撃のように狙いを定めず無差別に落ちていく雷。黒服たちの腹にズシンと響く轟音が戦場を埋め尽くす。


 ――涼宮殿の……


 能力も魔法もソレを模したものでしかない。


 ――無能力とは……


 ソレが怖いものだと知っている。ソレの威力に人間の力が届かないと思っている。ソレを人工的に力だけで創り上げるなどと誰もが想像などしない。神の怒りと例えられ畏怖を覚えるものだ。


 ――イッタイィィィィイイイイイッッ!??


 これは神の怒りではなく、涼宮強という人間の怒りだ、


 雷というモノを無理矢理創り上げるほどに、


 早く腕を振るっているだけに過ぎないという真実に届かない。


「ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッダダダ、ダラァアアアアアアア!!」


 機関銃のような怒りの奇声を上げ続け、雲の中で暴れる獣。


【まさに厄災そのものね……はぁー】


 ゼウスの妻である神ヘラがため息を交じりに言葉を零した。全知全能であり雷神である夫。その若々しくも荒くれていた旦那の姿に全てが重なって見える。周りを否応いやおうなく巻き込んでいく存在。

 

 自衛隊員たちの想像など及びもしない。


「天変地異の……オンパレード……かよっっ」


 風が吹きあれ、大地が揺れ、雷鳴が鳴り続ける。世紀末か何かの光景の間違いではなかろうかと目を窺いたくなる。奈落の門よりいでし異界の王と黒服の戦いだと錯覚している。


 当の黒服たち本人たちがどうなっているかなど知らずに。


 ――もう……分からねぇ……っっ。


 ダイスを持っている黒服の顔が落雷で一瞬だけ照らされる。目の前で大地が弾け飛ぶ光景と、上空を見上げれば巨大な異界の王がとんでもない速度で落ちてきている。


 ――なんで……オレが……


 衝突の衝撃に備えるように、動くことしかできなくなっていた。


 ――走って逃げてんだよッッ!!

 

 本気になってしまった涼宮強を止められる者はその場に誰もいなかった。だからこそ、逃げるしかなかった。神の怒りに匹敵するたった一人の少年の裁きから。

 

「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイ」 

 

 ――ナンデ、コンナメニ……っっ。


 無数の口から悲劇の悲鳴が上がった。落雷が落ちていく自分の体に直撃する。的がデカいが故に無数に落ちてくる落雷の直撃は避けられない。体に焼けこげる痛みが走る。


「ゲェエエエエエエエエエエエエエ」

 

 ――ドウシテ……コウナッタノ……。


 叩きつけられ真っ逆さまに墜落していく、上に雷撃が撃ち込まれていく。収まることを知らない恐怖。初めて来た世界で味わう不吉な獣との戦闘。王である身に走る多大なる苦痛。


「ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 ――タスケテェエエエエエエエエエエエエエエ!!

 

 その祈りに似た悲鳴は落雷と衝撃にかき消される。体が上空数千メートルからの落下による地面との衝突で起こる内部へのダメージ。その身を雷に焼かれながらも口は消化液をぶちまける。


 それでも獣の殺意は止まらない。


 地面に衝突した音が聞こえようとも落雷を数秒のあいだ起こし続け、


「ダラララララララ―――ッ、!!」


 機関銃の音を止め、トドメのへと獣は移行する。激しく動かしていた右腕を引き絞り、廻して回転させていく。雲をかき回して棒状に伸ばして、綿あめのように腕に巻き付ける。


 異界の王の一つの大きな眼球に積乱雲が形を変えていく姿が焼き付く。


 ――コロサレル……ヤツニ……


「ドォッッ――――」


 風が渦を巻き雲の形を変えた、天空で創られし雷を纏う黒い大剣。


 全ての怒りと殺意を乗せて、放たれる自然現象をチャージした獣の牙。


 暴風と積乱が魅せる殺意のカタチ。そんなものを見せられて、


 正気を保つことなどできない。


 ソレが、自分の身を滅ぼす一撃となるのだと分かっているから。


 

 

「ゴォォォォォォーン!!」


 ――コロサレルゥウウウウウウ!!



 異界の王の瞳は最後に見る。自分の真上から落ちてくる雷を纏った竜巻。


 ソレが天空から獣の咆哮と共に自分の眼球に突き刺さるその瞬間が最期だった。


 がこの世界で見た最後の景色となった。



≪続く≫ 

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