第192話 少年A

 時は少し遡る――涼宮強がビーム砲で吹っ飛ばされたあとのところまで。


「ゲェエエ、ゲェエエ、ゲェエエ!!」


 異界の王が嗤っていた。


 爆発するモンスターのボスがまさかのビームを放ったことにより、戦場に動揺が走っていた。放射線状に雪原だった大地は焼け焦げる。爆発の熱量が一線に収束されたその威力は全員を黙らせるには十分だった。


「どうなっている……なんだ、あれは」


 不死川は度重なる予想外の出来事に頭を掻きむしる。


 王だけが持つ特権にしてもあまりに危険極まりない。栃木を吹き飛ばすほどの爆発火力がその瞳を通して撃ちだされる。山が一つ消えた光景に寒気を覚える。遥か上空に撃ちだされた破滅の波動は自衛隊の待機場所の上も通過していった。


「なに……ごと……」


 長距離砲を有する敵の攻撃なのか、黒服たちの一撃によるものなのか判別もつかない。それでも分かることは、この戦いは天地を変えるほどに驚異的なたたかいであるということ。


 ――涼宮殿は……どう……なって……。


 豪鬼に走る戦慄、全ての元凶である涼宮強の消失が招くこれからの事態に想像が追い付かない。敵の力の強大さ、これからの戦闘の行方など明らかにパワーバランスの崩壊を招いている。


 何より、これから世界に何が起きてしまうのかの――不安。


「よくも……」


 他のモノから見れば一介の高校生なのかもしれない。それでも、戦場に与えた影響は計り知れなかった。僅か一時の間であろうともその少年は戦士の心を動かしていた。


 その姿を思い出し、


「―――少年をッッ!」


 杉崎莉緒が体を翻し異界の王へと睨みをぶつける。


 失ったものはもう取り戻せない。それでも、この怒りは失われることなどないと。僅か一時でも心を通わせたその一瞬が彼女を昂らせる。その視線を受けて巨大な一つ目が禍々しく嬉しそうに歪む。

 

「ゲェエエ……ぇえ」


 かかってこい、小娘と挑発するように。


「調子くれてんじゃねぇ……よ」


 元より切れやすい性格もあるが、なによりも杉崎莉緒を面倒見がいい姉御肌である。さらに能力である変化の効果もあり好戦的になっていたところにかまされた挑発。


『精霊たちは、魔物が爆発しても大丈夫なのか?』

『優しいね、少年。精霊さんのことも気にかけてあげるなんて♪』


「クソ虫がァアアアアアアアアアア!!」


「杉崎殿ッッ!?」


 たった一人で異界の王へと駆け出した女を止めることなどできなかった。戦場は混沌を極めていた。豪鬼が急ぎ刀を握るが距離が遠すぎる。何より雑念が本来の力の発揮の邪魔をする。


 ――ヤツとは相性が悪い……杉崎殿では……っ。


「ダァラアアアアアアアア!!」


 飛び跳ねて拳を突き刺しにいく杉崎に嫌な予感しかない。同じように飛び込んでいったのに返り討ちにあった者がいる。豪鬼には、その者が杉崎莉緒をはるかに凌ぐトリプルSランクであることを知っているが故に結末は見えていた。


 ――打撃では……無理でござる!


 その拳では異界の王を倒すのは無理なのだと。


「クソッ!!」

「ゲェエエ……」


 不気味な口がケタケタと嗤い杉崎を挑発する。杉崎の腕が埋まっていく、


「舐めてんじゃねーぞ」


 だが、その目玉と向き合うように杉崎莉緒は怯まずに怒りをぶつける。


 光の粒が杉崎の体を覆っていく。杉崎の体に刻まれていた紋様が動き出し形を変えていく、針金のように逆立った髪はしおれる。


 それが杉崎莉緒の戦い方だった。


 いくつもの戦闘姿スタイルを持つ、女戦士アマゾネス




「―――――こおれ」



 杉崎の変化に合わせて拳が突き刺さった位置からパキパキと音を立てて異界の王の体が凍り付いていく。彼女の体も徐々に氷を纏うように静かな煌めきで覆われる。全ての気味の悪い口が凍り付いて固まっていく。


 精霊の御業をその躰に宿し、相手を圧倒的冷気で包み込む。

 

「――――――ゲェエエエ」


 だが、嗤った。


 凍り付こうともその愚行を嘲笑うように、凍りかけた口が音を出した。


 その程度の熱量で何が出来ると――。


「――――アッ」


 杉崎莉緒の顔が痛みに歪む。凍りかけた端から溶解していく。その体内に宿された熱量を自在に操るかの如く魔王は嗤う。この程度で勝った気になる小娘に嗤いが止まらない。


 オマエ如きの氷など、そんなもの、いくらでも、溶かせるわと。


 杉崎の周りで蒸気が立ち込める。氷の精霊の力が昇華させられていく。


 ――手が……っ。


「杉崎殿!?」


 僅かな怯みを見逃さない絶望は彼女を背後から掴みかかる。腕が取られ熱に惑わされた視界、白い煙の中で黒い腕が彼女を大きく包み込み持ち上げる。自分につく邪魔な虫をほふるために。


 目障りだ消えなさいと言わんように、球体から出た黒き腕は、


 杉崎莉緒を高く持ち上げながら、彼女に見せつける。


 おまえが行き着く絶望はここにあると――大きな口を開けて。


 

 だが―――







「ブチ殺スゥウウウウウウウウウウウウ!!」


 

「ガゲェっっ―――!?」


 一人の獣が殺意を込めて極大の飛び蹴りをくらわした、

 

「……少年!?」


 行き先を告げるのはお前でないと。



《続く》

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