第185話 誰かがじゃない

 ――来る……。


 眼前に巨大な槍が迫る。自分の手にある槍とは比べようもない。もはや、何か世界遺産の塔と言われた方がマシな大きさだ。そんなものが異界の王である騎士の力で振るわれる。


 ――遠慮がねぇな……


 松本はこの状況を鼻で笑いたくなる。たった一人の人間に向けられる脅威として、破格の対応すぎると。真っ向からなどぶつかろうものなら肉体が消し飛ぶだろう。そんな未来が槍の先に見える。


 ――こっちは……単なる中年親父だぞ……


 三嶋との若さの違いに打ちのめされ、いま目の前で槍が打ち下ろされ、どういった状況なのかと失笑したくなる。その大役を買って出たのはバカな自分だと笑いたくなる。


 ――これ以上、叩かないでくれよ……


 槍が迫る、僅か刹那の間に何もかもがどうでもよくなる。


 ――メンタルは強い方じゃねぇんだ……勘弁してくれよ……。


 なんで自分が出てしまったのか、なんで自分はただ一人この王と対峙しているのか。おまけに今まで相手していたものとは別物だ。王と魔物たちから認められ、敗北を学び勝ちに来る、王としての自覚を持った進化の化物。


 ――こういった場合はどうするんだけっか……どうすればいいんだっけか?


 力の違いを悟りながら諦めながらも何か引き出せるものはないかと自分の記憶を漁った。ただ自然にそんなことを考えてしまうのが、火神に褒められたことだとも松本は意識などしていない。


 ――そうだよな……こういうのは……こうだな。


 ただ、冷静に状況を見ていた。槍が来ている状況を、自分が槍を構えている状況を、イメージして、その先をもっと鮮明にイメージして、体を静かになぞらせる。


 ――あとは、流れに身をまかせて……。


 その描くべき軌跡を、未来に向けて。


「残念だったな……まだ届かねぇよ」


 王の槍が地面に突き刺さった。僅か横で槍を持っている男は飄々と語った。


 ――受け流すに限る……こういうヤツは。


 異界の王の槍を退け、捌き、黒服の男は下から王の姿を見上げる。


パワーだけじゃ……ねぇんだよ」


 奇しくも同じ武器を持ち相対したが故に松本は饒舌に語る。デカさだけでどうにかなると思ってるなら間違いだと。お前の槍と俺の槍には大きな違いがあると。異界の王の眼が見開く。


「お前には技がねぇ……」


 ――なんで……受け流せなかったんだ……あの時……


『クソだ……テメェは。忘れるな』


 小さくとも絶望を跳ねのける黒い生物。力の差は歴然だったにも拘わらず、攻撃が流された。その動きは自分とはまったく別物なのだと認識する。何より漢の持つ空気が変わる瞬間を目の当たりしている。


 ――そうか……そういうことか。


 同じ武器を持つからこそ分かる、技量の差。相手を認めた今だからこそ分かる境地。けして、弱い存在などと思うことをやめた今だからこそ分かる。対峙している相手が何かを掴みかける瞬間。


【そうだ……それでいい】


 神ヘルメスでさえ、その兆候を感じ取る。


 この漢は何かを掴みかけていると。


【極限の状態でこそ、追い込まれた今だからこそ】


 ずっと掴めてこなかった、何かが足りないのだと分かってはいても。ずっと心につっかえていた、何があったのでもないのだけれど。ただ、火神から言われた一つの言葉が胸にずっと残っていた。


【進化しなければ、置いて行かれる……】


 ――だから、効いたのか……あの人の言葉が。



「お前の攻撃にはココロがねぇ……」



 ヘルメスから甘い吐息が漏れる。甘美な光景だと頬を赤らめる。変化を求められる瞬間は必ず訪れる。その時に踏み出せるかどうか、試される。何の変哲もない一歩だとしても、その始まりが何かを感じさせる。


「そんなもんじゃ届かねぇよ、には!」 


 ――だから、効いたんだよ。あの人の言葉がッ!


 ソレはヘルメスだけはなかった。異界の王とてその巨大な躰に震えを覚える。たった一人の漢に畏怖した。慢心や油断を捨てても、なおこの生物は未知であると。


「ォオオオオオオオオ!!」


 恐怖におされ、咄嗟に二撃目の槍を打ち込む。


「そんな付け焼刃……ッッ!!」


 松本はその一撃へと向かって一歩前に出る。

 

 槍と槍がぶつかり擦れ合い火花が散りながら、松本のすぐ傍を脅威が流されていく。だが、その恐怖を槍使いは跳ねのける。力で勝ろうとも磨き上げて武が差を分ける。

 

 ――あの時、見透かされたことが怖かったんじゃない……っ。


 力を受け流す為に技を用いる、恐怖に勝つために心を鍛える。

 

 ――火神さんの心が痛かったんだ……。


 二度目の撃ち合い、ココで臆したら負ける。大地が弾ける音がした。


「上手くいくと思うなよ……」


 松本の声が王の耳に届く、臆しているのはお前だと。あの時に臆したの自分だと。火神に言われた言葉にずっと怯えていた。胸の内に残っていた。


 ――じゃないだろ……


『お前が楽をした分、危険を負ってんだ』


 なぜ、あの時に自分は何も言い返せなかったのか。なぜ、あの言葉が胸に響いたのか。火神の言葉に心が宿っていたのだと。その差が自分と火神を隔てていたのだと、槍使いは悟る。


 ――なんて……遠い存在じゃない、


 自分と火神の器の違いを――だからこそ、心に響いた。



 ――俺の……



「小僧ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



 ――仲間がだ……ッ!!


【恐怖へと踏み出したその一歩が世界を変える……】


 あの時の自分に向けるように、異界の王へと見せつけるように槍使いは吠える。仲間の為にその槍は命を懸けて振るう価値があるのだと。異界の王はたった一人の人間の気迫に押され、攻撃を繰り返す。


【凡人となるか勇者となるか、たった一歩の差だ】


「ウラァアアアアアアアアアアアア!!」


「オォオオオオオオオオオオオオオオ!!」


【極限の時にたった一歩を踏み出せるか――】  

 

 咆哮と重なり幾度と槍が弾け合い空気が舞うように上空へと吹き上がる。力の差を埋めるのは技であり心。足りないモノをすべて搔き集めて、進化した王へと人間は食らいつく。


 その槍に乗るのは仲間への想いと贖罪ショクザイ


 そして、過去の自分を叱責する心。


 仲間を冷静に見れる、松本の眼が火神の言葉を的確にとらえたが故に響ていた。


 自分との差を認めずにはいられなかった。


とでも思ってんのかよ……』


 サングラスの奥のその瞳が何を見ていたのか。


 ――アンタはずっと……っっ。


 ずっと、仲間として見られていたのだと。


「――――ッッ!!」


 幾重にも撃ち合い技に綻びが生まれる。撃ち合うごとに切れる筋線維。いくら技をもってしても全てをなかったことになど出来るわけもない。力の差を埋めるための補助にはなるが、勝敗を決めるほどの差は出ない。


 血管が破裂し、皮膚を突き破り赤い鮮血が舞う。


【その心の強さを問われるのが化だ】 


 ――1分でもいい、1秒でもいい……

 

 それでも、漢は槍を手放さない。異界の王への一撃へと俊敏に反応し、槍を回す。


 ――引き止めろ……異界の王コイツを。


 異界の王と互角に撃ち合う姿は誰がどう見ても、英雄だった。


 ――時間を稼げ……っっ。


 この戦場で誰よりも輝いている姿は一番の功績。松本が誰よりも危ない場所で、誰よりも負担を背負い、苛烈に戦う姿は仲間の瞳に映っている。心で凄いとしか言いようがなかった。


「お待たせしました……松本さん」


 戦場の空気が変わり始める。奈落の異界の住人たちの進化、魔物たちの王への敬意、王としての覚醒。その状況を覆せとただ一人の漢が両手を構える。


「――主導権は譲らない」

 

 明らかに空気が変わった。一時は劣勢になりそうだった。その均衡を保つように、大阪支部の面々が動いた。そのわずかな時間が繋がっていく。


 黒服が漢の魔力によりたなびく。



「――――全属性魔法攻撃フルマテリアルバースト!!」




 七つの光で異界の王に走る衝撃。だが、王とて引くことはない。ここで倒れるわけにはいかないと強固な意志を魅せる。体は揺れようとも槍は松本を捉えている。


「オォォ――――ッ!」


 だが、その槍は僅かに縛られる。


「まだ……力が残って……」


 槍に巻き付くように能力が発動している。もう、その腕は限界を超えている。それでも、繋げと気力を振り絞る。漢の意地が僅かに相手の動きを束縛する。


「ますよ……」


 幾度となく振り回された後遺症で腕は痙攣する。


 それでも、その武器を手から離すことはなく巻き付けられていた。

 

「鎖、一丁……お待ちってな」


 長き戦闘は続いている。それでも、誰一人も欠けることはない。


 その意思は繋がっている――。


 長刀を持った一人の青年が殺意を宿した眼光と相手の血に染まった絶望の色で威嚇する。魔物たちの行軍が僅かに緩んでいた。そのたった一人の人間に進行が止められている。


「どうした……来いよ……」


【絶望でこそ光り輝くモノがある】


 絶望となるべく召喚された者達が恐怖を覚える、その漢たちに。


 倒せそうな機会がなかった訳ではない。数回は相手の命へ牙が届く瞬間はあった。それでも、生き残る。その度に必ず繋がっている。


 あと少しをせきとめる何かがある。


 絶望に砕けそうな瞬間に支える者がこの漢たちにある。


 同じ黒色を纏い、同じ意思を持つ、しかし、同じ者などではない。

 

 仲間がいる。



「テメェら……褒めてやる」



 仲間の声に黒服たちの表情に安堵の影が映る。


 その声は本来は恐怖の対象であったのに、戦場で聞くと妙に心地よい。


「良く持ちこたえた……」


 誰もが待っていた瞬間が訪れる。


 ――待ってましたよ……。


 この時を待っていたと黒服の誰もが期待を寄せる。その漢は白き光と共に存在を大きくする。山の上に浮かぶ白き太陽の如き炎が黒服の漢を照らす。眼球へと待ちわびた瞬間の訪れをその眼に焼き付ける。




「――――時間ジカンだ」


 ――火神さん。


 誰もが、ただ一人の漢を待っていた。


《つづく》

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