第177話 答えは――で、いいんだよ。

 弓兵から視線で託された、次はお前の番だと。


おせぇえ……』

『すみません!』


 ――幾度となく、あの人に言われた……。


『まだ、おせぇ……』

『すみません!!』


『何度も言ってるが遅ぇえ……ちっ!』

『……っ、すみません』


 京都で天上に両手を上げて作り出したる海の神に匹敵する水の造形。水が生きてるかのようにうねりを上げて回転している。長文詠唱は終えた、マナへの指示は完了している。


 ――遅くてもいいから見極めろって……


 あとはタイミングの問題だった。いつ放つのかということだった。


『魔法がのはしょうがねぇことだ……』


 それを何度も火神に指摘されてきた。


『魔法が能力の速さについていこうなんて、無理に決まってんだ』

『はい……』


 無理だと言いながらも、


『ただ、それでも着いてこい――』


 妥協するなという理不尽な言葉に魔法使いは頭を悩ませた。別に強要とまではいかない。ある程度、魔法というモノを理解している火神の言葉にそれほどの棘はなかった。




『必ず魔法が必要なは来る』




 どうしても、魔法は能力に比べ発動に時間がかかる。特殊なマナへの演算、及び魔法の構築。何度も魔法を唱えて体に覚えさせる。すぐに演算処理を実行する過程を思い浮かべられるようにと。


 ただ、それでも魔法は能力にスピードで劣る。


 能力のように複雑なものを作るには試行錯誤が必要になる。造形が複雑であればあるほど、付加能力が高ければ高いほど時間がかかる。数学に似ている。一度は解いた問題だとしても、いざ一から問題を解くには手順が必要なのだ。


 マナを導くためには正確に意思を伝えなければいけない。


 自分の中で答えが出ていようとも、


 その場にいるマナ達へ正しい導きを教えなければ発動しない。


 だからこそ、攻撃魔法に特化してしまった魔法使いは必ず戦闘で壁にぶつかる。

 

 戦闘のスピードが速くなれなるほどに僅かな遅れが生じていく。複雑な計算処理をしながら、相手の動きと味方の動きを見定め数式を都度変換する。それゆえに、前線での戦闘には参加できない。


 魔法使いは必然的に後衛に位置するしかなくなる。


 ――いまか……?


『遅ぇえ……』


 それでも、戦闘が複雑になれなるほど、どうしても遅れていく。


 ――ここだ……!


『遅ぇえ』


 目の前で激しく動き回る敵と味方。それも一流の戦士たちが極限のスピードで動き回る。目まぐるしく変わる戦況。その処理がどうしても遅延を生む。攻撃回数は誰よりも少なくなる。


 ――遅れ……?


『遅ぇええ!!』


 接近戦で戦う者達に比べれば、攻撃回数は歴然だった。


 ――アアァ……わかんねぇっ!


が遅ぇええええ!!』


 何よりも後衛に位置するが故に遠くからの射撃に近い能力も求められる。瞬時に変わる接近戦の戦況。その間に魔法を打ち込む。僅かな判断ミスが仲間の連携を乱すことになる。


『冷静に見極めろ、考えて考えて予測しろ』


 酷く怒られることはなかったが、正直にきつかった。どこかでしょうがないと許される部分でもあったことが、火神恭弥という男を前にするダメ出しに変わる。

 

『焦って打つくらいなら、邪魔だ。いらねぇ』


 他の者達への対応との違いは明白だった。


『遅ぇえ』


 それでも、辛かった。酷く罵られることはなかったが、


『遅ぇえ』


 何度もリテイクされていく。


 ――分かるかよ……うんなの……。


 自分の中での正解が分からなくなっていく。前は出来て許されていたものが許されない。自分の中での基準が大きく変えられていることに頭を悩ませるが答えなど見えない。


 思考力だけが、ひたすらに摩耗していく。


『完璧なタイミングで寄越せ』 

『なんなんですか……タイミングって……』


 嫌気が自然と言葉に返していた。火神が求める基準っていうのはなんなのか。何も基準が見えないからこそ、分からなかった。そこは自分が到達していない領域で、自分は見たこともない。


 そんな答えなどあるのかと、


 魔法使いは脳が疲れ切った限界に近い状態で火神に聞いてしまった。


 だが、涼し気な眼をした火神の口から


『俺たち前衛陣の攻撃が続くかなくなった時だ』


 明確な答えが返ってきた。


『必ず優勢劣勢で、敵とこっちの攻撃が入れ替わる時が発生する』


 疲れ切った脳疲労のせいか


『攻撃の途切れる合間の……なぎみてぇなもんが』


 ――攻撃が穏やかになる瞬間……みんなが疲労してきたとき……


 隣でしゃべっている男の言葉がやけに鮮明に脳裏に届く。 


『じゃあ……その時に魔法を合わせればいいのですか?』

『あぁん?』


 基準が見えたと思わず気を抜いてしゃべってしまったことに睨まれて始めて気づく魔法使い。その自分が言葉にしたことが目の前の男を焚きつけてしまった。


『ずいぶん簡単にいうじゃねぇか……』

『アハ……アハ……』


 ――やべぇ……


『なら、できんだな?』 


 ――攻撃が止む瞬間って……わかんねぇ。


 引くには引けぬと悟るが答えを求めるのはより難解だった。そのタイミングを見極めることが難しいのは火神の挑発の通りだった。楽なわけがない。


 ――そろそろか……いや、まだだ……って、今か!?


『遅ぇええ!!』

 

 ――ここで、!


『なんだ……その魔法は』

『ダメっすか……』

『タイミングを合わせただけのそんな即席できかねぇ魔法に用はねぇんだ……』

『ハイ……』

 

 少しずつ掴んできたが知れば知るほどに難解さが増す。タイミングを掴むという事がいかに難しいのか。予測しろと言っていた意味がようやく繋がった。ただ魔法を撃てばいいだけのものではない。


 何のために攻撃の凪を狙うのか。


『もっと、敵のことを考えろ……』

『はい、敵の弱点属性の見極めを強化します!!』

 

 魔法使いは気づけば家に帰ってからも考え続けていた。


『待てよ……弱点属性を調べるには魔物の知識が必要だよな……そうすれば、ある程度予測はつく』


 もとより頭を使うことが特異な者達が多い。何かを解き明かすことが苦痛だけではないと知っている者達。答えがあるという事に対して論理的に積み上げていく。


『火神さん、なんで攻撃の凪に必要なのが魔法なんですか……?』


 自然と火神を分かってきていた。火神の中に答えはある。ただ言葉は少ない。それは多分自分たちがどれだけ理解しているのか分からないからだとなんとなく魔法使いは考えた。


『何が聞きてぇ……?』


 ――聞けば……怒るけど、


『自分で考えてみたんですけど……』


 怒られることに躊躇いがないと言えば嘘になる。ここで何か間違えれば火神は怒るだろうことも予測はついている。それでも、


 ――知りたい……


 知りたいという好奇心が魔法使いの口を自然と動かす。


『将棋とかだと攻撃する側と防御する側が明白になる時間があるじゃないですか。ずっと、片方が王手を続けるタイミング。攻撃の凪っていうのが訪れると守りの時間に入る可能性、相手の攻撃ターンに移るようなものだとして……』


 合ってるかなど分からない。それでも答えを合わせていきたい。火神が静かに耳を傾けている中で、魔法使いは頭を回転させ続けた。


【必ず優勢劣勢で、敵とこっちの攻撃が入れ替わる時が発生する】


『魔法がソレを阻止する役割を担うとするなら……攻撃の凪にならないように、』

  

 ――攻撃が最大の防御となるのなら……求められることは……


 火神から言われたひとつひとつの言葉に意味があるならと。


【タイミングを合わせただけのそんな即席できかねぇ魔法に用はねぇんだ……】


『少なくとも王手になるような魔法の一撃を敵に打ち込むってことですよね……』


【冷静に見極めろ、考えて考えて予測しろ】


『それもこちら側の攻撃が途切れそうな瞬間を狙って……』


【焦って打つくらいなら、邪魔だ。いらねぇ】  


『倒せなくても攻撃が続けられるようにするような弱点を突く強力な攻撃魔法が……』


【必ず魔法が必要なは来る】



『完璧なタイミングで必要なんですよね?』



【完璧なタイミングで寄越せ】


 全ての答えを言い切り火神の前を恐る恐る見やる。


『それでいい……それで合ってる』


 意外にも火神の口から正解だと告げられた。


 だが、その口角はにやりと上がっている。そこで魔法使いは、はっと気づく。


 問題は見えた。そこで浮き彫りになる課題。


『え……ってことは、をタイミング良く撃つってことですか!? おまけに相手の属性を見極めて撃たないと、どうにもならない。時間がかかるし……途中で間違うわけにはいかないから……常に戦闘状況も把握しつつ……タイミングを見続けて、予測を繰り返して確定させ……えっ、え? え!』


 全ての課題は与えられていた。だが、意識して解くのと感覚でやるのとでは断じて違う。正解と不正解の見極めがつくことにより、課題の難易度は格段に増す。


『以前、言ったよな。その時に魔法を合わせればいいのですか、だったか?』


 その姿をにやにやと見下ろす男の、


『答えは――』


 嫌味ったらしい口が動く。


『で、いいんだよ』

『……っ』


 問題の全文を見る前に簡単に交わした答えが自分の胸を抉る。簡単に言いやがってと過去の自分を呪いたくなる。求められるものは分かった。火神が満足げな顔で正解を導き出した魔法使いに語る。


『魔法は能力よりも発動が遅い』

 

 その一点において魔法は能力に劣る。


『しかし、攻撃魔法は――』


 それでも、お前が必要だと火神は魔法使いを指さす。


『相手の弱点を突く、時間をかけた分だけ破壊力が増す。その点において、』


 これが、お前に期待していることだと。





『魔法は能力を凌駕する』

 



「貫き……」  


 ――ここで、イマ、


 タイミングはココだと決める詠唱の最後をうたう。


穿うがてッッ!!」


 ――この、タイミング!!


『期待してるぜ……富岡とみおか


 敵の属性は見極めた。砂漠から来た異界の王に噛ます一撃。王の槍にも劣らない、神の槍を模したマナによる創生。魔法使いが手を動かすと同時にその槍は、敵へと目掛けて矛先を向ける。




激怒する海王の三叉戟フィゥーリー・ゴッドアクア・トライデントスピアァアアアアアアアアア!!」




 その水の槍は放たれる。


 この地球に存在する海の神。その最強の暴君が持つ三又の槍。


【アレ……パクった?】


 神クロノスと神レアーの間に生まれし、ギリシャ神話の海の最高神。ゼウスの兄であり、冥王ハデスの弟にあたる。オリュンポス十二神が柱の一人、ポセイドンの槍の名を持つ水魔法。


 魔法を前に神は本物の槍を持ち、ひげをひと撫でする。


【まぁ……悪い気はしないが】


 その造形を見て別に嫌な気はしなかった。丁寧に長文詠唱にて作り上げられた水の槍は異界の王の槍にも匹敵する程に大きい。そんなものが空中を飛び高速で世界を制したサソリの騎士王を狙う。


 三嶋隆弘は、ソレを見上げて一つ呼吸をつく。


 ――生命の息吹セイメイノイブキ……


「ふぅ……」


 完全に攻撃が止む瞬間は来る。どんなに抗おうとも攻守が後退することはある。それが長丁場の戦いであればあるほど。僅かな休息、動き続けた躰を癒す瞬間。そんなものが、絶対に必要になる。


 次の攻撃に移るための一時の刹那が――。


「田岡……っ」「菊田……っ」


 槍の下で潰されかけた二人が声を掛け合った。


 異界の王の瞳が槍を捉えた時には遅かった。もうすでにソレは眼前迄迫っていた。その異世界にポセイドンという神の名はなかった。自分が焼き尽くした灼熱の世界では存在しなかった。


 神と呼ばれる別格の存在が持つ、荘厳な水の槍など。


 海の神槍しんそうは、海を操る力を有すると言われる。傲慢な人間たちを罰するために嵐を呼び、津波を起こし、洪水などの災害を引き起こすと恐れられた。その恐怖が甲冑で守られた体を襲う。


 津波のような衝撃が体を揺らめかす。衝撃でも味わったことがない種の類。水がない世界で生まれ落ちた生命に与えられる神の不条理の模造。槍の長さの時間だけ体を大量の水が叩きつける。


 そして、海の槍には、恐怖以外のもう一つの希望が託された。


 曰く、海王のトライデントには――


 人間の精神にを与える力を持つと。




「「せぇーーーのぉォオオオオオオーーー!!」」




 僅かなそれぞれの勇気が繋がっていく。完全に局面が変わりかけたタイミング。黒服たちの攻撃が翻るのことを一瞬で裏返す。僧侶と斧使いの卓越した剛腕に力が込められていく。異界の王の槍が二人から遠ざかっていく。


 異界の王の視界が空を見上げていく。


 その水の槍に怯んだが故に体勢が流されていく。繋がれていく勇気という圧力に押されていく。殺そうとしても殺しきれない。盾をついて立ち上がるという王の威厳を捨てても、その威厳は削られていく。


 京都で地鳴りが響く――


 サソリの脚が大地から離れて無様にカサカサと音を立てる。

 

 盾で体を支える間もなかった。田岡たちの後を繋ぐように、


「下がってください、田岡さん、菊田さん!!」


 松本の声が上がり、攻撃の番が入れ替わる。異界の王は見上げていた。


 背中からこの異界の大地に堕ちた。


 静寂を保ち仰向けで天を眺める。槍が大地に横たわる。


争覇槍術ソウハソウジュツ 示現流ジゲンリュウ――!!」


 その身が地に着いたことなどなかった。初めての体勢に王は何も出来なかった。圧倒的な力で手中に収めてきた牙城が揺らぐ。自分の王たる根本にあるものが倒れていく。


 その揺らぎを見逃すわけもなかった。


蛇蝎ダカツ槍衝斬そうしょうざんッッ!!」


 体液を飛び散らせ、ブチっと音が鳴った。


 松本の槍が地から浮いた脚を一本斬り飛ばす。何度なく斬り続けてきたダメージがついに実を結ぶ。痛みに悲鳴を上げた。失ったことがない脚。その一つが斬り飛ばされる痛みが異界の王を襲う。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ――!!」


 寝転がり身もだえるように身をくねらせる。痛みや恐怖が一気に押し寄せてくる。


 消えぬ火が怖かった……消せぬ火が怖い。


 反逆の火はどれだけ吹き消そうとしても力で消えぬ。


 この黒き勇気はなくならない。この連鎖的な反逆は繋がっていく。


 その瞳が遥か遠くを見る。目の前の黒服たちに追い詰められているその躰に、


 まだ休む時間ではないと告げてくる。


 黒服たちの心に火を灯していったであろう漢の消えぬ抗いの象徴が――


 巨大な白き炎となり顕現され、


 異界の王を上空から見下ろしていた。

 


《続く》 

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