第163話 恐さの格がちげぇんだわ

「稼ゲェエエエエエエエエエエエエ!!」


 それだけでブラックユーモラスには十分だった。火神恭弥という司令塔からの暴力的な号令は反撃の狼煙。火神恭弥の怒りの炎にあてられ心にあった絶望の闇は消える。


 明確な意思を一つに黒い軍団が武器を握り走り始める。


 ――デケェな……


 破壊された街の先に見える敵は巨大だった。


 それでも、その脚は加速を上げていく。


 勝利も敗北も死なない限り訪れない。その命は天秤を平等に傾ける。どちらがより脅威となるのかを指し示す審判が揺らぐ。その体の大きさは遥かに違う。敵は300メートル近い槍を振り回すほどの巨体。


 こちらは人間の体しか持ち合わせていない。


 ――だから、どうした。


 象と蟻ほどの違いがある。それでも、逃走を選ぶこともなく向かっていく。蟻の群れの数も微少だ。それでも、蟻は笑っていた。敵が巨大であることなど何の関係があると。


 ――俺たちの方が


 蟻が象に勝てることなどあるか。


 そんなことはない、


 ――つえぇえええ!!


 ソレが


 普通の蟻であるならばだが――――。


 異界の王は蟻たちの進行に首を回す。上から見下ろす景色に黒き気高い制服を纏った矮小な存在が自分に押し寄せてくる、それも彼方此方からだ。最初の一撃で吹き飛ばされた矮小な生物たちが起き上がり進撃を始め向かってくる。


しゅよ……」 

 

 黒き男が両手でメイスを天に掲げる。


「我らが闘志を殲滅へと導く御業と化したまえ」


 男の祈りは荒々しく怒りを滲ませる。それでも神に祈るように神聖な空気を纏い、周辺のマナを呼応させていく。周囲へと広がり範囲を拡大していく、マナの領域。


「これ、我らと主の導きになる裁きの爆発ッッ!!」


 聖人などではなく、戦士の雄叫びが詠唱を奏でる。


 

マックスボルケェエエーーノォオオオオオ怒りの噴火!!」



 メイスを大地に突き立てた男の叫びと祈りがマナに命令となって届く。大地は赤く照らされる。円状に広がっていく魔法の拡大。瓦解した京都の街一帯を覆う怒りによる補助魔法。


 その光は敵含め黒服の仲間たちを赤く保護膜のように囲む。 


 その戦場は僧侶が作り出す、赤き決闘場。


 三嶋はその力を最大限に受け取る。


「アリガテェエエエエエエエ!!」


 息吹での回復よりも一層激しく活力が漲ってくる。それは広範囲回復魔法の効果を持つ。さらに武器を握る手が強く音を上げる。内側から力が湧いてくる。補助魔法の広範囲も併せ持つ、最強の証である黒服纏う僧侶の決闘場は仲間に優位性を持たせる。

 

 大地を砕き敵へと向かう脚はさらに荒々しさを増す。


 火神により、意思はひとつにまとまっている。


『これは実戦と一緒だ』


 幾度なくトレーニングで植えつけられた絶望。


『死ぬ気でかかってこい、テメェら』


 草薙亡き後のトレーニングは波紋を呼んだ。容赦などなく叩きつけられる力の違い。負傷を前提とした実践訓練。一方的な暴力により闘志が折られる。


『もうおしまいか、テメェら』


 その度に問いは倒れている自分たちを試してくる。


『オラ、どうした立てよ』


 弱いままでいる自分を責めるように嘲笑する。弱いお前らが悪いと。


『悔しかったら立ってみろよ』


 諦めれば嘲笑だけが残ると捨てるように吐かれる言葉。諦めることなど弱い者のすることだと強者が嗤う。それでも勝てないと諦めることもあった。


『お前、俺は始める前になんつった?』


 だが、ソレを火神恭弥という強者は仲間に許さなかった。


『死ぬ気で来いっつったよなぁあ!』

 

 その瞳は怒りに満ち溢れた。不甲斐ないお前を責めてると言わんばかりに。手には怒りを表す彼の強い炎が創造されている。立ち上がることが出来なければどうなるか知れと。


『お前はコレが実戦で魔物と対峙して負けそうになったら、』


 トレーニングはトレーニングでしかない。実践でもないことは分かっている。それでも、その大事な部分を見落とすことを火神恭弥は許さなかった。そこが抜けてしまってはダメなのだと分かっていた。


『勘弁してください! やめてください! 今日はもう無理です! って、』


 草薙総司の死んだ事実が彼をさらに熱くさせた。長きにわたり共に戦場を駆け抜けた偉大な英雄である友の死が火神に怒りを齎した。弱さが嫌いだ。弱さを受け入れる奴が嫌いだ。


『言葉が通じるかわからねぇ魔物に言って』


 仲間が死ぬのが嫌いだ。


 甘ったれて戦場でやり切ったようにして死んでいく奴が大嫌いだ。

 



思ってんの……か?』

 


 火神恭弥はソレを許さなかった。


 火神恭弥は仲間から嫌われようがどうでもよかった。結果が全てだと冷静に考えたからだ。死ぬ奴が悪い。死なせた仲間を責めることはなかった。ただ弱いままでいる奴を許さなかった。


 ――火神さん……アンタのお蔭だ


 三嶋隆弘は走りながらも理解した。一番理解から遠いと思っていた。


『田岡さん、オレはもう限界っす!』


 どれほど憎んだことか。


 一か月ほどの出会いでここまで人を嫌ったことなどなかった。


『アイツが来てから大阪支部は滅茶苦茶ですよ!』


 自分が愛した大阪支部の風景は塗り替えられた。過酷なトレーニングによる恐怖政治のような状態が続いていた。その時は何も気づけなかった。


『あのグラサンヤンキーは、草薙さんの足元にも及ばねぇっすよッ!』


 火神恭弥がいくら強かろうとリーダーとしての資質は皆無だと認識していた。


『三嶋、実力的には火神さんのほうが上だよ……』


 田岡のその言葉など受け入れられるわけもなかった。


『うんなの認めねぇっすよ、俺は!』


 何一つ認めることなど出来ないと思えた。力が強いだけ行為は暴力だと決めつけた。草薙総司とは格が違うのだと。火神恭弥から得るものなど何もないと否定していた。


 ――こうやって、オレがいま限界でも走れているのは、アンタのお蔭だ。


 何度も殴りかかろうと思った。


 それでも三嶋の中で草薙家から出た時には印象がガラリと変わった。


『奪われたくなきゃ強くなれ』


 その言葉が三嶋隆弘の胸に強く残り続けていた。


『俺も火神班に入れて欲しいんですけど』


 強くなろうと。支部で誰よりもトレーニングを重ねた。


『三嶋……テメェ、俺の話を聞いてなかったのか、あん?』

『聞いてましたよ』


 恐怖の対象だった男に睨みつけられても瞳を逸らさなかった。


『けど、俺は』


 草薙総司の死と火神恭弥との出会いが一人の青年の意識を変えた。


『強くなりたいから、貴方と行きたいんです』


 幾度となく火神とのトレーニングで受けた炎は心に熱を残し続けた。火神恭弥は圧倒的な強者だ。その男の判断は氷のように冷静で無駄がない。今回の三嶋を外した理由も理に適っているのだろうと予想は出来ていた。


 だが、逆らうと決めて言葉に出した。


『身の程知らずで死にたいなら勝手にしろ……』


『俺は死んでも骨のひとつも拾わねぇぞ……それでも、なぁ』


 その反応を見るなり火神恭弥が呆れた表情を自分に向けて、背を向けた。



『強くなりたきゃ、』


 

 火神は背中で語る。


 願いを叶えたいなら、どうするべきか問うように。



『死に物狂いで着いてコォイッ、三嶋ァアア!』

 


 その言葉に三嶋は目を閉じた。この男は冷徹であり冷静な判断は氷のようだ。それでも、その内側にある火は燃え続けている。その表面の氷を自分の火で溶かせば、さらに大きくなれる。


『ハァイッ!』


 腹から出た気合いの入った返事に嘘はなかった。






 ――火神さんが時間を稼げといった……。


 最初に出た命令は『好きに暴れろ』だった。曖昧だが明確だった。自分たちの力を出し切れと言わんばかりんだった。ソレはある意味、信頼に近いのだろう。


 ソレが今回は違う。


 ――あの人が俺らに……


 明確な指示を出した意図がある。


 走っている三嶋の前にいる巨大な敵は強い。異界の王としての風格が溢れる。


 ――頼った……それだけで十分だ。


 これを倒すのは一筋縄ではいかないことは分かっている。おそらく自分ではどうすることも出来ないと分かっている。それでも、火神恭弥という男ならどうかと考える。


 ――大したことねぇ……コイツ程度。


 三嶋の中で火神恭弥が負ける気などしなかった。


 ――恐さの格がちげぇんだわ……あの人とは。


 実践と称したトレーニングで相手にした火神の恐さはこんなものではない。辛辣な言葉を浴びせ、実力の違いを見せつける。なにより怠惰な者達への殺気の籠った鋭い眼光が違う。


「死ぬ気で……ッッ」


 三嶋に恐怖などなかった。火神恭弥がいるということで安心できた。その背中は見えずとも声は聞こえた。やると言ったからにはヤル人間だ。この計画に失敗などない。


 三嶋隆弘は自分が主役でなくてもいいと思えた。


 走っている最中に鞘を投げ捨てた。



「イクゼェエエエエエエエエ!!」



 火神恭弥という男が


 主役であるならば――。



《続く》


 

 

 

 


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