第158話 受け継がれていく希望の灯

「――――守るから」

 

 京都が惨状と化した絶望の時に守ると声を上げた。その声はまだ幼く震えていた。それでも何かを必死に貫こうとしている。先を尖らせた棒を持つ小さい手は震える。


 それでも、少年は愛する者の前に立ち絶望に立ち向かう勇気を見せる。


「翔太……大丈夫だから」

「魔物が来ても、お母さんは僕が守るから!!」


 困惑する母の前に立ち少年は玄関の前で構えていた。困りながらもその小さな背中に母は愛が溢れる。いまは弱くとも強くあろうとする意志を見せてくれた、たった一人の残された家族。


 コレを母が愛さずにはいられようか。


「お父さんの代わりに僕が守るからッ!!」

「翔太……」


 頼もしさは父に及ばない。体格などはもっての他だった。


 ――お父さんそっくりね……。


 それでも一度決めたことをやり通す頑固さは父親譲りに違いない。


『お前を守るやつはもういなくなったんだ……泣いてる場合じゃねぇだろう……』


 少年はたきつけたのは他でもない、あの男だ。


『今度はお前が守る番だ』


 誇りである父の偉大さをよく知る黒服の男。


 その最強を纏うグラサンの男が少年にいった、


『強くなれ……もう二度とこんな悲しい思いをしたくなきゃ、』


 強くなれと。


『もし、俺に文句のひとつでもいいてぇなら黒服コレ着て来い』


 いつか父の偉大な背中に恥じぬようにこの黒服を着て来いと約束をされたのだ。


『そしたら時間を作ってやる』


 それを少年は貫き守る覚悟を持っていた。その手に持った歪な刃先が尖った棒は父の武器を似せた模造品。頭にかぶるのは頼りない大鍋の兜。そして、黒い布を首に巻き付け靡かせる。


 ――僕は草薙総司の息子だ……偉大な英雄の息子だ!!


 偉大な父の姿は胸に焼き付けてある。憧れであり愛していた父の姿を忘れるはずもない。少年にとっての目指すべき場所は一つしかなかった。父の名に恥じぬように、亡き父の跡を継げるようにと。





 ――ココは……なんだ……


 時を同じくして黒服の男が目覚めた。倒れた体に視界がぼやけて状況が掴めていない様だった。僅かばかり記憶の混濁がある。何が起きてそうなったのかを忘れている。


 ――何が……起きた……っ。


 立ち上がる力がまだ入らない。


 ――い、てぇぇ……。


 地面についた顔を引きはがすことが出来ない。体がダメージで軋む。どこかに打ち付けたのか額から血が滲み流れていた。その痛みで記憶が徐々に繋がっていく。


 この痛みが起きている原因はなんだったのか。


 ――そうか……たしか。


 三嶋隆弘は思い起こす。どうして、自分がこうなっているのかを。


 ――アイツが現れて……。


 アビスコーリングのすぐ後だった。異界の王の姿を目撃した。巨大なサソリと巨人のハーフのような騎士。ケンタウロスの紛い物のような姿。奴がゲートを潜り終えた瞬間に攻撃は始まった、ソレも最大火力に近い一撃。


 ――太陽みてぇに光っていた……奴の槍が。


 敵が来ると同時に攻撃を仕掛けていた自分たち。その反対に魔物は世界に降臨すると共に最大の一撃を用意して現界した。最大火力による初手での敵戦力の掃討。


 ――とんでもねぇ……一撃だった。それでも、あの人が……


 直撃していれば死んでいたと三嶋は振り返る。三嶋には瞬間的にしか見えていない記憶。それでも誰かが敵に向かっていった。ただ一人だけその攻撃に対応していたものがいた。


 ――火神さんが……氷壁を張ってくれたから……


 自分が生き残れている理由を思い出す。


 ――この状態か……っっ。


 300メートル近い建造物を超える槍が太陽のように輝き構えられた姿。上半身に分厚い鉄板のような甲冑を纏ったサソリの足を持つ巨人の振り下ろされる一撃。そこに黒服のグラサンが空中の氷の足場を飛び、駆け付け、防壁を展開した。


 ソレも相手の槍に負けるとも劣らずの巨大な氷の壁。


 それでも太陽の如き燃え盛る槍は氷の壁を砕き、大爆発を起こす。

 

 その衝撃で吹き飛んだダメージが三嶋を地に這いつくばらせている。倒れている三嶋の耳に勝どきのような不気味な雄叫びが届いている。それがあの魔物の生存を三嶋に知らしめる。

 

 ――たしか……前も……


 倒れているその状態が三嶋の生涯一の後悔を思い出させる。


 ――こんなんだった……


 三嶋は倒れながらも拳を握った。思い出すだけで力が入るほどの後悔だった。何があっても過去は取り戻せない。失われた男は帰ってこない。あの大晦日の夜の出来事を忘れることなど生涯あるわけがなかった。


 あの時、三嶋には聞こえていたのだ。


『あとは頼んだでぇえええええええ!』


 叫ぶような力強いリーダーの声。ソレがまるで自分に言われていた気がしていた。あの絶望的なただ一人の状況で空中に浮かぶ要塞を前に勇者は駆け出していった。


 ――草薙さん……っ。


 待ってくれと、置いてかないでくれと、心で叫んだあの日。


 それでも、三嶋の体はダメージで動かなかった。


『皆に愛されてて……なのに、なんで草薙さんがっ……なんだよッ』


 田岡に愚痴を零した酒の席でせきを切ったように涙が流れ落ちた。意識があったからこそ、地べたに倒れていた何もできない自分を許せなかった。ソレが後悔だった。


 三嶋隆弘が一生背負うべき後悔だった。


『奪われたくなきゃ強くなれ』


 火神のその一言が後悔の意味を変える。


『強くなれ……もう二度とこんな悲しい思いをしたくなきゃ、もう二度と大切なものを奪われたくなきゃ、今がイヤだと思うなら変えられるくらい強くなれッ!』


 後悔があったからこそ強くなりたいと本気で願えた。弱かった自分が生み出した後悔という記憶を糧にするために。草薙総司という男の死が無駄ではなかったのだと証明するために。


 ――立て……っ。立て……三嶋隆弘。


 二つの拳を地面に押し付ける三嶋の体が動き出す。無理矢理でもいい。動け動けと意思と体を連動させていく。燃え上がるように熱く胸の内にあるモノを出し尽くすかのように歯を食いしばって声を絞り上げる。


「……っぁああ」


 それでも、戦う、抗う、意思を示せと。


「……ァアアアア」


 その起き上がる体が纏っている黒服の意味を思い出せと。


『この制服はなんだ………俺達はなんだ?』


 瞳に映っている黒服が自分が仲間に見せた証であり、


 草薙総司が残したものだ。


『これは強さの証だ……』


 ――強くなるためにッ……


「アァアアアアアアア!」


 ――イマ、立ち上がれェエエ!!


 荒ぶる呼吸、赤く滲む二つの拳。肺が上下に動き膨らみ縮む。それでも、立ち上がるその姿は鬼気迫る。この状態で前の前にいる異界の王を倒すなどと戯言だといわれるだろう。


 それでも、三嶋隆弘の足は動き出した。


『草薙さんが守ったもんは、ナンダ?』


 ――絶刀神楽ゼットウカグラはどこにある……?


 忘れるわけもない。絶望に立ち向かう偉大な英雄の姿を幾度となく見てきたのだ。その勇敢な姿に何度も憧れたのだ。誰よりも先頭を走り、切り込んでいく、鉾を持った英雄に。


 ――あった……。


 ならば、足が止まることを許すはずもなかった。


『俺達が弱いまんまじゃ、草薙さんが守った意味すらねぇだろうが……ッ』

 

 見つけた刀の元へと歩き出した。長く細く鍛え抜かれた刀。ソレが三嶋隆弘の武器だ。そして、刀を拾い三嶋は呼吸を深く吸い込む。乱れた呼吸を吸うだけにして、吐くことをしなかった。


 ――生命の息吹セイメイノイブキ


 ソレが三嶋の神から授かった能力。


『あの人が誇りを貫いて、命を落としてまで、守ったモンはなんだァッ!!』


 僅かに体力が回復する。それでも気休めなのかもしれない。これから立ち向かう絶望に比べれば消えそうな灯に等しい。それでも呼吸が三嶋を落ち着かせる。深く吸った呼吸が吐かれると同時に刀を握る手に力が戻る。


『もう草薙さんはいない!! だったら、俺達が弱いまんまじゃダメだろうよ! あの人がいなくてもいいぐらいに強くならなきゃいけねぇだろう!』


 仲間に向かって吠えた自分の言葉を思い出す余裕があった。戦う意味を確かめるように一人の剣士は剣を静かに一つ振るう。刀についた汚れを飛ばすかの如く、一閃の線を輝き映し出す。


『あの人の誇りと使命を受け継ぐために、いま死ぬ気でやらなきゃダメだろうがよッ! 悲しんで無駄にしていい時間なんか俺達はねぇだろうがァアアアアア!』


「死ぬ気で……やるだけだ」


 ただ静かに敵に向かって剣を構えた。絶望に立ち向かうにしては穏やかに心が透き通っていた。貫く意思は受け継がれている。もう頼れる者はいないと意味を知った。


 異界の王の視線がその殺気に気づく、


 まだ終わってなどいないのだと。


 三嶋と交差した視線が僅かに横にそれていく。


 ――なんだ……


 その後を追うように三嶋も視線を動かした。異界の王の視線は幾度となく動いていく。終わりを許さない者たちの殺気が異界の王の機嫌を損ねていく、そして三嶋の口元を緩ませた。


 ――そうだった……そうだった。

 

 草薙が残したもの、火神が守ったもの。その二つの意思が今の自分を作り上げているのだと思い知らされる。この黒服に宿る宿命の意味を知った三嶋は微笑む。


 ――は……


 自分だけではなかった。


 立ち上がって武器を手に異界の王を睨みつける黒服たち。己の意思を曲げぬ強さ。絶望を前にして笑う強者であるべき勇者。そういうモノを受け継いできた希望の存在。

 

 暗闇の絶望に残された希望のともしびは、最強の黒服を纏う集団。




 ――最強の自警団ブラックユーモラスだ。




《つづく》

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