第157話 拡大する絶望の連鎖
「馴染んできたかな……」
ゴーグル越しに豊田の視界を移しながら、自分の意識を確かめる。拳を握る感覚と意思がその機械の指を動かす感触。実際に動くのとは違う。あくまで操作する花宮にとって、僅かにラグが働く。
――完璧とは言えないまでも……
「こんなもんでしょ」
実力の全てを出せるわけがないことは製造者である花宮は理解している。それでも、この場を収めるだけの能力としては十分だった。敵は所詮学生レベル。くぐってきた修羅場も経験も違う。
「さーて、あと誰を殺せばいいかな……」
敵を見定めるように校庭にいる機械の頭が動く。狙いを定めるように黒猫を捉えて、通り過ぎ。アルフォンスを通り過ぎて、大杉を通り過ぎて、一人の女へと視界を止める。
「君がよさそうだね」
機械は不気味に標的を決めた。その視線が一人に向けられている。
六道花宮は目的を忘れていない――これだけの騒ぎの発端はなんだったのか。
その答えが金髪の少女に向けられるのは当然のことだった。
――さぁ、早く君の力をみせなよ。
機械の体が一直線に少女の元へとかけていく。その様に反応が遅れる。戦場に参加していないに等しい彼女の元へと殺意が向くことなど想像もしていなかった。もっと近くにいる大杉やアルフォンスを無視して走り出したことに対応が遅れる。
――じゃないと……
花宮の狙いに迷いはなかった。
――君の大切な……
教室で見せていた風景が花宮に答えを与えていた。最近になって二人の距離は近づきすぎていた。教室で談笑する風景が増えた。お互いを信頼している素振りがあった。
それだけのことだが、
――ミカクロスフォードが死んじゃうよ。
それだけで殺すに値する。
親友の死を見せ、彼女の死を見せる。その中でも力を隠し通すことが出来るのかと試すような花宮の悪戯。これはすべて一人の男の力を確認するためだけの騒動に過ぎないのだから。
――ダメ……間に合わない……っ。
杖を向けることすら叶わない。戸惑いと混乱で反応が遅れているミカクロスフォードの姿。後ろでうっすらと見えていた、豊田がミカクロスフォードを襲いにかかる動きが。
【ほら、また死んじゃうわよ】
亡霊が楽しそうに刹那の思考に紛れ込む。
【貴方の目の前でまた殺されるの】
進藤流花が楽し気に声を上げる。
狂気に狂ったように小気味よくじゃれるような口調で彼女は見ろと伝えてくる。櫻井ハジメという人間の前でソレが当たり前なのだと。これがお前の運命が導き出す結末なのだと。
【そこで見てなさい、じっと見てなさい】
亡霊の幼いままの手が櫻井の頬をさする。
【フフフ、貴方には彼女の死を見届ける義務があるの】
櫻井の瞳孔が痙攣したかのように収縮を繰り返す。傍観しか出来ない精神が汚染されていく。彼女のぬくもりが、彼女の香りが、絶望を櫻井の元に運んでくる。狂った彼女の高らかな声が包み込むように櫻井を闇へと閉ざしていく。
【だって、そうでしょ――】
それでも彼女はソレがお前が受けるべきものだと櫻井へと伝える。お前という存在が生きている限り、幾度となくお前は目にするのだと。これら全ての発端が誰にあるのかと。
【ぜぇーんぶ、ハジメのせいなんだから】
次第に櫻井の呼吸が速くなっていた。結末が分かっているのに動けない。恐怖がその先にある絶望が変えられないものだとしたらと。この連鎖からは逃れない宿命なのだと認めかけている心の弱さ。
――俺は……
どこまでも鞭を打たれ続ける弱き心の瓦解が始まった。
それには神ヘルメスも失望しか浮かばなかった。期待をしていただけにその体たらくには愛想が尽きかける。仲間の死が迫っている最中にも関わらず動けぬ道化。
――よわい……
そんなものに価値があるのか、否か。
【所詮、英雄にも成れぬ道化どまりか】
神は動けぬ者に希望を見ない。
【ソレを怠惰だと言うのだ】
自分の大事なものを傷つけられてもうすら笑う臆病者と大差はない。絶望に向かっていく姿勢がなければ勇者にはあらず、英雄にはなれない。ソレが櫻井ハジメの弱さなのであるならばと見切りをつける他ない。
【何もなさぬ者ほど弱さを受け入れ絶望に甘んじる】
変えるためには動かなければいけないことなど明白であるのに、当然のことと知りながらも怠惰な答えを選ぶ者たち。それに神は失望を抱くほかない。その蔑む瞳は一人の少年を捉えていた。世界に与えられた役割。
それを運命だとぬかして何もしない者には絶望が訪れるのは必然だ。
【自分の
ただ一人しかいない自分を蔑むものに何が出来る、何を
【
自分の存在価値を貶め立ち止まる者の
【軟弱で、簡単に、幾度も】
第六研究所と第八研究所の景色をとらえた瞳は落胆を濃くする。席を立ちあがりモニターに釘付けになっている。ただ口をあけて傍観している人間たち。
「や、山が……消し飛んだ……っ」
甚大な被害だった。栃木を映しているモニターのひとつの山がレーザー砲で抉られたように三日月形へと形を変えていた。表面は赤黒く変色し木々が燃えている。その山を黒服たちが唖然として見つめていた。ソレは魔物の攻撃だった。
【こちらもある種の絶望か……】
ただ一人へと向けられてた悪意の攻撃。
栃木を映すモニターに一人だけ姿がなかった――涼宮強の姿だけが。
「京都が……っ」
ソレは王というより騎士の姿に近かった。
上半身と頭部を何の装飾もない分厚い金属の鎧で包み、うっすらと隙間から赤い瞳をのぞかせる。下半身はサソリ。手には300メートルを超える巨大な槍と盾を手にした異界の王者。其の槍は不気味に光り輝いていた。
ソレは残滓。事はすべてを終えたあとのことだった。
一匹の魔物は存在を誇示するように京都の地で
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――」
唸り声を上げる。それは勝どきのようだった。
【絶望に堕ちる……】
ただ一匹だった。その周りには何もなくなっていた。京都の町並みは半径数キロに及び吹き飛んで瓦礫の山となっていた。戦いの終わりを告げるかのように幾度となく異界の王は京都の地で天に吠える。
その圧倒的な姿に国立研究所の職員は絶望の顔を浮かべる。
【自分たちの希望が潰えた時に――】
京都の地で希望が
《つづく》
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