第155話 ハナちゃん行きますかな
――何を……やっている!?
視線の先で火花が散る。機械の首が逆方向へと傾きを見せる。何度も自己修復とスパークを繰り返す機械に大杉の視線は取られていた。静かな殺意の刃が隣を通り抜けていることにも気づかない。豊田が人間であるならば、幾度となく死んでいてもおかしくもない。
その手口を見れば、
「クロさん……っ」
誰のモノか一目瞭然だった。
その二本の短剣に宿るのは殺意の呪い。暗殺の為に存在するかのような武具。ギリシャ神話に登場するオルトロスとは『速い』、別名のオルトスが『真っ直ぐ』という意味を持つ。
ただ真っ直ぐに速く相手を殺す。
短剣の狙いは研ぎ澄まされ、気配は消した上での視覚への催眠効果を与える暗歩。殺すことが思考を乗っ取り、それ以外の邪念を消し去る。如何に速く相手を死に誘うかの境地を見せる。
――やめて……クロさん……っ。
見えはしなくても分かる。クロミスコロナという少女が戻ってしまったのだと、
いま、目の前にあるものは同級生同士の殺し合いでしかない。
「おやめなさい……っ」
ミカクロスフォードの声にいつもの覇気はなかった。
彼女もまた混乱していた。
気丈に立っているだけでやっとだった。役割を全うしようと意思を掲げようとも不測の事態への対処に混乱している脳がついていかない。支えとなる者を失ったのはクロミスコロナだけではない。
――タナカさん……っ、私は、どうしたら。
この事態を受け入れて飲み込めるほどの時間もなかった。必死に追いかけた背中が嫌な気配を纏っている気がしていた。辿り着いた時には遅かった、間に合わなかった。その最中に豊田の暴走は止まっていなかった。
なんとか、その場で必死に堪えていた。
「ダメですわ……殺してはダメよ……っ」
必死に声を出しても事態の悪化に彼女の心がついていかない。クロミスコロナを繋ぎとめていた存在の影響が彼女にも無いわけがない。豊田の首が斬られるたびに足が震えそうになる。
――クロさん……お願い、止まって。
何もかもが崩壊していく流れを感じずにはいられなかった。田中が助からないのではないかと冷静な判断が頭を駆け巡る。腹部を貫かれた状態でいくら回復しようとも間に合わない可能性が高い。クロミスコロナの暗殺を止める手段を自分は持ち合わせていない。
――ダメよ……ミカクロスフォード。貴方がどうにかしなければ。
意識をしっかりしなければと立て直そうとするが自分の視線を手に向ければ分かる。杖を持つ手が臆病にも震えている。田中を失うかもしれない恐怖に勝てない自分の心の疲弊が如実に表れている。
――どうして……お願い、誰か……お願い、
パニックに陥っていく心を支えきれない彼女は何かに縋るしかなかった。
「サークライ……お願い」
彼女が混乱しながらも頼るものは彼しかなかった。
「お願いよ……っ」
どうにかしてと震える弱い声で後ろにいる男へと声をかけた。それでも男の反応は返ってこない。男はただ心身喪失して地面を眺めて聞こえないぐらい声でブツブツと何かを繰り返すばかりだった。
時を待てない状況でミカクロスフォードは溜まらずに後ろを振り返る。
「……っ」
限りなく絶望にちかかった。どうすることも出来ない彼女には、力が抜けているように地べたに正座して泣いている櫻井の姿に唇を噛み締める他なかった。
「さてと……ハナちゃん行きますかな」
女子トイレの個室に入って体の骨をポキポキと鳴らして彼女はいつも通りの豊かな表情を見せる。野次馬が廊下の窓際に集合していることで気楽に彼女は一人になれた。
「はぁ……異世界異端者とか、涼宮君の追跡とか。ハナちゃん忙しすぎませんかねー?」
ただの独り言。
「まぁ、ハナちゃんは人気者だからしょうがない、ないよりの……」
普段喋れない苦痛を開放するように饒舌に一人で
「アリアリゲータ!」
便器の奥にある壁に向かってしゃべりかけている。
おふざけが終わって、さてとと彼女は乱暴に自分の制服の下に手を入れてまさぐる。これでもない、これでもないと色々と手触りで確かめるように服の中をあっちこっち手が探し回る。
「およっと……これ臭い、きた臭い!!」
ジャージャーんと彼女は一人で楽し気に制服の下から
「ハナちゃん
ゴーグルを取り出す。
「あら、何ですかそれは? これはハナちゃんとっておきの商品でございます。これをつけるとあら不思議RP2との神経リンクが出来るんです。えー、それって危険じゃなくて? 首を斬られている状態で繋がったりしたら……ぞっとします!」
一人二役でテレビショッピングのようなやりとりをこなす花宮。
「そこは安心安全のハナちゃん印ですのでどうぞご安心を!」
自慢げにゴーグルを自分につけながらも小芝居を続ける。
「神経リンクですのであくまでダメージも通りますが、ご安心くださいその条件も
エルフである彼女は長命である。だからこそあらゆる知識を取得する時間が彼女には潤沢にあった。それこそ人の何倍も。おまけに肉体の衰えも人間とは違う。彼女の知能は全盛期に近い。
「でも……お高いんでしょ? なんと、びっくりハナちゃん価格でご提供!!」
おふざけしているのが趣味だが、見かけによらず六道花宮の技術力は人間界でもトップに近い。その証拠に蓮が使っていたステルス機能も彼女が武器に搭載したものである。
「なんと、10億円相当の科学技術の結晶であるこのゴーグル……送料無料のハナちゃん限定で0円販売!! ぜ、ゼロ円ですって……ハナちゃんだけずるい!! だって、ハナちゃんが税金で作りましたらからね!」
御庭番衆という部隊にいるからこそ彼女の得られる知識は国立研究所並みに高かった。平均的にエルフというのは聡明であり賢智である種族。それが長生きであればあるほど、詰め込める知識の桁が人類とは違う。
「では、この商品はハナちゃん限定ということで――行きますか」
彼女は便器に腰かけてゴーグルの電源を入れる。不気味にゴーグルにエルフ固有の文字が浮かび上がる。これも彼女のお手製の一つに過ぎない。
「
全ての元凶である彼女は嗤いながら、豊田との神経接続を開始した。
《つづく》
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