第147話 感情ない機械が作り出した絶望

 鋼鉄の槍と機械の体がぶつかり激しい音を上げ、校舎へと響く不協和音。豊田の手が櫻井の首から離れ、衝撃で横に持っていかれていく。櫻井はそのまま地面へと激しく叩きつけられた。


「大丈夫でふか!?」


 間一髪のタイミングだった。櫻井があのまま豊田の力で地面に首を決められたまま叩きつけられていたらへし折れていた可能性もあった。むせ返しながらも田中の助太刀に感謝しようとした櫻井の視界が捉える。


「たっ………うしぃ」


 呼吸が落ち着かないまま必死に田中へ後方の危険が過ぎ去っていないことを伝える。途切れ途切れでも分かる。後ろから威圧感に襲われていた。機械の体から高速で部品が回転している音が鳴っている。


 ――まだ……でふか!


 すぐさま田中は構えを整える、後ろから迫ってきている機械人間の攻撃に。

 

「っちょ、ミカ!」


 誰よりも早く田中の走る後姿に気づいていたミカクロスフォードが走る光景をミキフォリオは目にする。彼女らしからぬ動揺が走り方に見て取れた。


 ――そういう……キャラじゃないっしょ。


 いつでも凛と立っていた背中が不安を前面に押し出し、肉体派でもない魔法士が全力で走る姿。ミキフォリオはすぐさま他の二人と教室で視線を合わせる。言葉にはしなかった。


 ――いくよ……サエ、クロ!


 一瞬の視線だけで全てを物語っていた。走り出す姿が着いてこいとサエミヤモトとクロミスコロナへと訴えかけていた。返事をしない背中に二人は頷いて後を追うように走り出す。

 

 学校に広がる波紋。教室をぶち抜いて通った二人の姿に誰もが困惑した。そのあとを追うようにミカクロスフォードが走っていく姿を見た。


「聖哉……なに!?」「分からん! しかし、行く!!」


 ――櫻井……だったよな。


 大杉聖哉が走り出す。これは緊急事態に他ならない。ゲートからの襲来に備えていたが為に装備は完了している。混乱が収まることなく世界を侵食していく。誰も真実など知らないからこそ、迷走していく。


 ――ナニやってんだ、アイツは!!

 

「なんの……音にゃん?」「ッチ……次から次へと」


 校舎にいる人物へと広がっていく波紋。たださえ異世界異端者共からの悪戯をしかけられたばかりだというのに休む間もなかった。オロチがめんどくさそうに校長室からでて校舎を小走りで走り出す。


「美咲は私のそばにいて……離れないで」

「昴ちゃん……?」 

 

 急に警戒心を上げる昴に美咲は不思議そうな顔を向ける。窓ガラスが揺れたものと違う衝撃音が鳴り響いたことに戦闘態勢へと移行した。何かの空気を感じ取ったバカの直感。


 それもすべて、一人の女の仕業に他ならない。


 ――ハナちゃんの邪魔するな……田中ちゃん、BKバリキモだぞ。


 混乱する世界でただ無口なキャラを装いふざける。


 無邪気にただ心でふざけ続ける。


 ――殺しちゃうーぞ。


 無表情に近い顔で六道花宮の狂気が開花していく。教室の混乱もどうでもよかった。生徒たちに広がる不安などハナちゃんにとってはどうでもよかった。櫻井が死のうが生きようがどうでもよかった。


 ましてや、




――――――――――ソイツもやっちゃえ、アールピーツー




 田中の命などうでもいいことこの上ない。


 ニンゲンでは認識できない言語。花宮の新しい指示を受けるよりも早く攻撃は開始されていた。田中と豊田が数度打ち合ったところで敵対認識に切り替わっている自動半機械人形。


「――――了解ラジャー


 だが、指令を受けて制限が豊田の解除される。


 ――なんでふか……!


 互角に等しい状況で打ち合っていた槍が豊田の攻撃に振り回された。槍を掴み無理矢理に引っ張られる体勢で田中は豊田を下から見上げた。クラスメートと認識していた男はもはや別物だった。


 ――パワーが……急に


 感情などない機械の瞳で敵対対象タナカを見ろしてくる。

 

 ――上がって!!


「―――――っ……」


 田中の頭部が鈍い音を立てて地面でバウンドした。大地がひしゃげる音がした。機械仕掛けの拳が加速を上げて振るわれた結果だった。田中の眼光がうすぼやける。強烈な衝撃が田中の脳を揺らす。


「たな……っ!!」


 容赦がない一撃だった。殺人による戸惑いなどないかのように機械の男の拳が田中を打ち付ける光景に櫻井は恐怖を覚えた。機械の駆動音が急激に上がり殺意の向きを変える。


「ガぁっ――ぅ!!」

 

 急激に加速した機械の体が動揺する櫻井の首を両手で絞めにかかる。


 ――な……な……なっ、なに、が


 急に始まったデスゲームに櫻井は遅れをとっていた。状況の理解も出来ていない。何が起こっているのかも分からない。田中の状態がどうなっているのか。混乱に侵された脳みそは何一つとして結論を導き出せなかった。


 ――たなか……っ、たなかを。


 早くどうにかしないとと櫻井は豊田の腕を引きはがしに力を込めていく。力を隠さなければいけない理性と戦いながらも、動揺する心で腕を引きはがしにかかる。櫻井ハジメはSランクである力を開放しつつあった。


 ――なんで……だ……っ。


 豊田の腕を引きはがそうとしている両腕が小刻みに震える。力はこれ以上ないくらいに込めていた。だが、豊田の腕が引きはがせなかった。目の前で不気味に放熱する音を出しながらも機械人間の力はとどまることを知らなかった。


「ァァァア…………」


 ――どうして……っ、おれが負けてんだよ……ッ!!


 そんなはずはないと櫻井は力を出しているのが制限を解除した豊田の力と拮抗していて首から腕を離すことが出来なかった。首を絞められながらも必死に体を捻り、蹴りを繰り出すが機械の体がビクともしない。


 ――コイツ………どうなって………っ!!


 極限の状態へと追い込まれる櫻井。田中へのダメージが気がかりでしょうがない。そして、自分の命が脅かされている状況。豊田の力が自分も上だという事実に櫻井の脳が計算を出来ない状態へと追い込まれていく。

 

「――――竜神変化ドラグニール」 

 

 怒りを纏った声と共に急激に煙が立ち込めた。


 ソレは一人の勇者の怒りだった。


「櫻井を…………」


 ソレは竜騎士の秘術。学園を代表する勇者の奥の手。


「離せといったはずだぜ……俺は」


 自分の肉体を媒介にして使う彼だけに許された固有術式。


「トヨタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 竜の如き怒りの咆哮で機械人間を威嚇する美形の勇者。豊田がカチカチと音を出し始める。これは邪魔しに来るであろう存在。豊田の顔が櫻井の首を絞めながらも田中を捉える。


 機械で作られた眼球のレンズが収縮する。


 ――やめろ……たなか……っ。


 不吉な予感が櫻井を襲う。豊田は今までの自分たちが知っている豊田ではない。その力もその人間性も変わり果てていることに絶望の気配を感じた。必死に能力を発動しようと豊田の顔に手を伸ばした。


 ――やめてくれ……。


 自分の右手は不幸を呼ぶと男は知っている。その手は触れた者の考えていることを暴く、真実へと触れる能力。だが、その右手が櫻井に伝えるものは何もなかった。なんとなく、直感で分かっていた。


 ――ダメだ……来るな……。


 その右手は絶望を映し出す。櫻井の能力は常時発動している。だからこそ、違和感しかなかった。何もなかった。豊田の考えはなかった。田中をどうするかという未来も何もなかった。


飛翔ジャンプッッ!!」


 上ではなく、豊田目掛けて田中は地面を強く踏みしだいた。


 考えが読めなければ未来は見えない。心読術は生物に反応するがには反応を示さない。何一つ掴むことの出来ない右手が死の香りを櫻井へと漂わせる。思い出していく感覚。死がソコに纏わりつくような気配を感じた。

 

 ――やめろ………、


 右手は櫻井に何も見せなかった――


 ただの黒い虚無キョムを映し出すだけだった。


 ――来るナァアアアアアアアアアア!!


 自分のために動き出した田中を止める声が首を絞められて出なかった。櫻井の顔が歪んでいく。見えていないのに絶望の気配だけが顕著に匂う。黒い手が櫻井を包み込んでいく。


 櫻井の首から豊田の一つの手が外れ、


 櫻井の顔に液体が舞い落ちた。


 感情ない機械が作り出した絶望。


 田中の体が崩れ落ちていく様を櫻井の眼球が歪みながら捉えていく。豊田の腕が田中の腕から離されていく。誰もその絶望を止めることは出来なかった。オロチが向かっているのに、ミカクロスフォード達が走っていったのに、大杉聖哉が動き出したとしても間に合うこともなく決着はついた。


「おい……たな……か?」


 呼びかけても応答はなかった。櫻井の顔が絶望に歪んでいく。顔にかかった田中の体液が温かい。目の前の機械人間は何一つも感情を読み取らせない。ソレとは対象的に櫻井の顔が悲痛に歪み、震える。

 



「田中ぁああああああああああああ――――ッ!!」




 叫んだと同時に豊田の両手が櫻井の首を締め上げてくる。


 それでも、目の前にある田中から目を逸らせなかった。自分の槍を腹部へと突き刺された田中の姿に、流血を続け地面を染めていく田中の倒れている姿に、櫻井は目を逸らせなかった。

 

 仲間の死んだ過去を想起させる、


 絶望タナカの姿に櫻井は目を逸らせなかった。



《つづく》

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