第142話 キミ、キモチワルイよ
【人が絶望に堕ちるのは、どんな時か――】
豪鬼の叫び声が告げた危険。栃木で現実世界の勝利が決まったかに思えた矢先だった。誰もが恐怖を忘れ士気が上がりきっていた時に剣豪が荒々しくも慌てた大声を上げたのだ。
午後に放送された緊急放送から二時間近くが経過していた。
「待機時間長くてだるくなってきた……」「ミキさん、気を抜きすぎですわよ……いつ要請がかかるかわかりませんのに」「サエ……おねむ」「クロちゃん!? 起きてなきゃだめだよ……」「もう……疲れた……ひざ枕借りるね」「クロちゃん、起きて! 先生来たら怒られるよ!?」「サエ、せんせい来たら……起こして……ねむねむ」
マカダミアの生徒たちは緊張の糸を切らしていた。緊張はそう長く持たない。出番になればスイッチをいれることも出来るだろうが、待ってる間の時間ずっと気を張るのは容易ではない。
「櫻井も疲れてるでふか?」
「あぁ……疲労がないっていったら嘘になる」
田中が教室の隅で座っている櫻井に声をかけた。ミキフォリオの回復のおかげで身体的な疲労は軽減できているが、死闘で削られた精神が気だるさを体に齎していた。
いつも飄々としている櫻井が静かに座り込んでいた姿と今の元気のない発言に心配が募る。帰ってきてから一時間近く経過している間、櫻井は気が気でなかった。涼宮強の単独行動は元より、御庭番衆という謎の組織の玉藻への襲撃。
なにより、
櫻井の気がかりになっていたのは――
『その程度の強さで踏み込むのは、あまりに命知らずでございます』
時政宗の忠告の言葉。
「櫻井君、あまり無理しない方がいいよ」
櫻井の様子を見かねて小泉も優しく声をかけた。櫻井はその言葉を受けてわずかに視線を落とす。無理をするなという単語が圧し掛かる。櫻井の中でどうにかしなければという思いだけが先行している。
――強く……ならねぇと……
蓮と時に届かない実力で身に染みて分かってしまった。今のままでは足りないのだと。ソレが時政宗の忠告に現れているのだと。いま動き出せない自分のもどかしさに溺れそうになっていく。
――なにやってんだよ……オレは。
蓮との戦闘で傷ついたが故の帰還。ソレが生んだ教室での待機状況。一時の戦闘での疲労感が抜け切らない肉体と精神。その状況を冷静に判断出来ているからこそ、二の足を踏んでしまう。
自分が強ければ、
涼宮強のいる栃木まで
とっくに駆けつけていたはずだと――。
最善を選択できる強さが足りない。教室で疲れを取りながらもいま取れる手立てを考えていた。自分がどうするべきなのかと。強をどうやって戦闘から遠ざけるかと。櫻井が出した結論は消極的なものでしかなかった。
「無理しねぇよ、」
櫻井は小泉に感づかれないように、後悔をすぐに切り替える。
「俺は弱いからな……」
気づかいに笑顔で返しながらもその言葉は自虐でしかない。表情とは裏腹に内心は煮えくり返っていた。何もできない自分が嫌いで仕方がない。大事な時に動けない自分の価値を見損なう。
「栃木に行っても後衛にいるから。戦闘はお前らにまかせるよ♪」
――俺は戦闘には参加しない……俺がやることは、
田中と小泉に向かって作り笑いを浮かべ、二人はその言葉と表情に安心を覚える。騙すのが癖になりつつあるが故に自然体に近いから見抜けなどしない。感情と表情は一致しない。
――強と合流して、何もさせないことだ。
櫻井の言葉と本当のことは、一致しない。
消極的な答えの結果、ソレしかないと櫻井は選んだ。自分で動くことはせずに合図の時を待つことを。要請がかかなければ動けないことに自分でしてしまった。弱者がとる選択で最悪のモノだと気づけていなかった。
ソレを見透かす視線。
――あの子……気持ちわるいなー……
櫻井の監視をしている花宮は見抜いた。心と表情がバラバラで混乱していることにも気づけていない哀れな姿。侮蔑にも近い冷徹な感情が混み上げる。ハナも顔と心は一致しないが、櫻井のとは違う。
――何一つ……自分がない。
ずっと見ていたから分かっている。彼女は櫻井が休んでいる間に見せた感情の変化を鋭い観察眼で捉えていた。焦りや焦燥、疲労、強さへの願望、自分への失望、後悔、混乱。
そんなものが入り乱れているのに笑って無理をしないなどといい誤魔化す、
櫻井を蔑む。だからこそ、興味ではなく侮蔑がこみ上げる。
――キミ、キモチワルイよ。
隠しているのではなく、
――それ間違ってるから……
自分でも分かっていないことが愚の骨頂に見えて仕方がない。人目を気にしないのであれば鼻で嗤ってやりたいぐらいだった。エセJKとは年季が違うということもあるが、それ以上に櫻井の取り繕った姿は歪でしかない。
――隠しているんじゃなくて、
上辺も中身も、心でさえも、
――分からないだけだから。
一致していないのが手に取るように分かる。本心では栃木に駆け付けたい癖に誤魔化して、誤魔化して、偽って、自分が納得したように見せかけていることを見透かすようにハナちゃんは櫻井の間違いを悟る。
――ハリボテみたいで、気持ちワルイ。
空虚でしかない櫻井を見透かす女の瞳。
『最初は取るに足らない男だった』
――この程度で蓮ちょん……
『俺が見誤っていたことは認めている』
――何を言ってるんだか。
櫻井の失望と同時に蓮の評価さえも疑いたくなる。
――つまらない奴だよ……櫻井はじめちゃん。監視の価値もないかも。
未熟極まりない櫻井の道化に冷めた感情だけが向けられる。
多少の興味が湧いていたことが失意へと繋がった。
意志の弱さ、その精神の弱さを六道花宮は見限る。その瞬間が、
――早々に実力だけ見て、退場してもらってもいいかもねー。
失意が殺意へと切り替わる瞬間だった。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます