第141話 絶望がこのまま終わるわけもない
「デットエンドだ」
涼宮強の主人公である自覚を示すような決め台詞。魔物大群たちに告げる絶望への反旗。ソレを静かに見てた神々の体が震えた。一瞬とて気を抜けば変わってしまう。
若きの変貌と覚醒は突然に訪れるのだから。
【イイじゃねぇか……あのクソガキ、イイじゃねぇーの!!】
【ちょっと! 静かにしなさい!!】
白布を纏っている東洋風の海の荒くれものである神が胡坐している膝を何度も叩いて、大声を上げる。慌てて黒髪の女が止めに入る。ほかの神々の反応をうかがいながらオロオロとその荒神に振り回されている気弱な女性の神。
【周りの皆さんに失礼でしょ……静かに!!】
ギリシャの神やインド神話、ケルト神話に比べれば劣るのか、
きょろきょろと周りを見ながら僅かに静寂に配慮している感が否めない声で、
【お願い……スサノオ!】
荒くれ者を必死に静かにさせようとしていた。映画館で騒ぐ弟を叱りつけるような姉の口調にスサノオノミコトは眉をしかめて返す。スサノオノミコトはヤマタノオロチを倒した日本でも
【ここ、テンション上げるところだろ……ねぇちゃん?】
【みんな集中して見ているんだから……ダメなの!】
弟は姉に言われ「わかんねぇけど、しょうがねぇ」とボヤキながらも不服そうに胡坐の上に肘を乗せてムスッとした表情で涼宮強を眺める。弟が静かになったことにほっと胸をひとなでしてから、女神は礼儀正しくちょこんと座り直す。
――ホントに……困った弟。
神話の時代から出来の悪い弟に手を焼かされてばかりの姉である。
スサノオノミコトの姉にあたる日本の太陽神、
――確かに……スサノオの言う通りかもだけど、
アマテラスオオミカミとは彼女のこと。
――面白いところ……ですけどね。このまま、すんなり
栃木の状況と京都の状況を天界から交互に見ろしながらもアマテラスは、口元を上げる。彼女には状況が見えていた。どちらも同じような状況に近いのだと。
――終わるわけもないんですけどね。
【おい、タケミカヅチ! アレが俺が異世界で担当したやつ!!】
【ちょっと、スサノオさん!?】
【アイツ、アイツ!! さえねぇんだよ、アイツ!!】
――またッ!?
静かになったと思ったら日本の神の肩に手を乱暴に回して栃木のあたりを指さし大声でまた弟が燥いでいることに激怒する姉。アマテラスが怒って「ーんん!」と唸り声を上げているのにタケミカヅチが気づき空気を読まないスサノオの口に慌てて手を当てる。
【んぐ、んぐ!!】
【スサノオさん、申し訳ございません! どうかお許しを!!】
アマテラスの使者として遣わされた逸話を持つ日本最強の武神タケミカヅチ。それでも三貴神に比べれば位が低いのか、アマテラスの様子を窺うように対応を変える。機嫌を損ねて
【姉ぎみであるアマテラス様のご意向です!】
その時もスサノオが原因という日本神話のエピソードがある。
武の神であるタケミカヅチの力で容赦なくスサノオを抑え込みながらも、アマテラスの反応を窺うと良くやったと言わんかのようにコクコクとうなずいていることに一安心のタケミカヅチ。
暴れるスサノオを抑えながらも、言われた人物に目を向ける。
――確かに相性悪そうだな、あの子……スサノオさんと。
必死に走る黒服の姿。腰に掛けている鞘が暴れ音を鳴らしている。タケミカヅチは一つため息を入れる。しょうがないことだと。スサノオという暴君の神と気が合いそうな気質は日本人には少なかろうという思いが込められたものだ。
現に大規模の異世界転生をやりたいと言って、転生者たちの面倒をほぼみなかった男だ。面白そうだからやるだけやって、メンドクサクなったら仕事を適当に放棄するような神である。
涼宮強の両手が拳を作り力を溜める。
「さぁ……死に方を選ぶだドン」
いつも通りおふざけのような言葉。だが込められる力は冗談では済まない。自然と笑った表情で楽しそうに遊戯開始、懐かしい遊び。それがどんな武術よりも技よりも強いというのだからふざけていることこの上ない。
「切り裂き、貫通、殴殺、爆発、消滅ゥウウウウウ!!」
色々な殺し方の全てをその両手に乗せて放つは――
「フルコンボだァアアア ドンッッ!!」
太鼓の達人である。ドンちゃんならぬ強ちゃんの殺戮メロディーが戦場を激しく爆発させる。もはや魔物たちの勢いは殺されつつあった。そこに追い打ちが拍車をかける。
「私も混ぜなさいよ……ッッ!!」
強の目の前でマウスヘッダーが宙を舞って飛んでいく。
そこに映るのは風に靡く黒服。長い髪を揺らして立つ闘気を纏う女、杉崎莉緒。
強が不思議そうな瞳でその姿を見つめると軽やかに飛び跳ねて涼宮強の横に並び立つ。もう黙ってみている気など杉崎莉緒にはなかった。ついていけなかろうが構わない。
「よっ、少年MVP」
「……どうも」
周囲の魔物たちへの警戒をしながらも軽めに挨拶を交わす二人。杉崎莉緒には恐怖などなかった。強の姿を「ふーん」と横目でみながら「ふふ」と笑いを漏らした。それに訝し気に強が横目で返す。
「なんだ……ですか?」
「いや、近くで見ると弱っちそうなのに……」
近くで見るとなおのことだった。強さが感じられない。その見た目、構え、気配に。普通の黒髪の高校生にしか見えない。強いて言うなら目つきが鋭いぐらいのものだった。
「スゴイね、君は……少年」
「よく言われる」
お互いに魔物の動きに注視しながらも軽快に会話を交わす。ふてぶてしい態度をとる強に杉崎の気分が高揚する。その言葉に謙遜がなくとも、嘘ではないことは分かる。どれだけ見せられてきたことか、その力の強大さを。
魔物の影が二人を覆う一瞬、お互いに一撃だった。
拳と拳が強烈な風を生んだ。一人の時よりも激しく旋風を巻き起こす鉄拳。
――つえぇな……このねぇちゃん。
杉崎莉緒の力を間近で見て強は状況を飲み込んだ。この黒服はブラックユーモラスの証であり、この年上風の女は実力者であると。マカダミアの中でお目にかかることがなかった実力者なのだと。
「一つだけ質問していいかな?」
「どうぞ……」
「どうやって、爆弾を見分けてるの?」
爆発前に反応する身体能力もあるかもしれないと分かりつつも、爆弾を見つけ投げて遊んでいたことで疑惑を持っていた。それは戦闘に重要な情報であると長年の経験で分かっている。
だからこそ、涼宮強に問いかける。
「他のと匂いが違う」
「におい?」
「爆発する奴だけ、若干臭い」
「ん……んん?」
言葉少なく返す強に言われた通り鼻をひくひくと動かして杉崎が魔物の匂いを嗅いでみた。見分けがつくのならばどうとでも対応しようがある。だが、杉崎は困った顔でてへへと笑ってごまかした。
「全然わかんないんだけど」
「温泉卵みたいな匂いだよ」
「少年はもしかして嗅覚もすごい?」
「測ったことねぇからわかんねぇけど、鼻はきく方だと思うぞ」
――なんだ……?
杉崎莉緒と涼宮強が会話している最中で魔物の群れが外側で舞った。自分たちは動いていないが遠くで魔物たちを攻撃しているものたちがいる。魔物の群れを絶望の色を纏い、駆け抜けている。
「そうか、においか……」
――こいつ等いるなら……
涼宮強の言葉を受けて対策を考えている杉崎の横で強はある事実に気づく。ブラックユーモラスが健闘している。ソレが自分に触発されてのことだとは微塵も思っていない強だからこそ、考え付く。
――俺が来る必要なかったじゃないか……説。
「匂いが分かればいけるのなら!」
「ん?」
杉崎が大きく息を吸い込み始めたのに強は眉を顰め戦況を見守る。何をするか分からないがとりあえず魔物が来たときの援護ぐらいはしてやろうという気概を持ち見つめていた。
――精霊さん……どうか力を貸して。
――なんだ、ちっさい青白い球が……いっぱい浮かび上がってる?
杉崎を取り囲むように青白い小さな光が浮かび上がり始める。それは微小精霊たちの光であり、杉崎の能力でもある。まだ力は弱き精霊の子供たちへと援軍を願う力。
――飛んでった??
その石ころのような光の球が魔物を目掛けて飛んでいく。ふらふらと頼りなく魔物たちの間を駆け抜けていく。強はただ静かにその行方を見守っていた。ちらちらと見える光が魔物たちの体に張り付いていく。
「ふぅー……これで良しかな」
「何が? 全然攻撃になってねぇぞ?」
「まぁ、攻撃じゃないからね」
――じゃあ……なんだよ?
やり終えた感を出す杉崎に強は不思議そうな顔を向けている。それも飛び掛かってくる魔物たちをぶっ飛ばしながら。杉崎も完全に強に安心しきっているのか、平然とやり過ごながら、次の動作に移る。
「みんな、聞いてください!!」
――……びっくりした。
急に大声を出す杉崎の横で若干びっくりする強。戦場に来て初めて驚きを見せたのがこのタイミング。肝っ玉が大きいのか小さいのかよく分からない少年である。
「精霊のマーキングを爆発する個体につけました!!」
「助かるぜ、杉崎ちゃん!!」「オッケー、了解!!」
――アレ……マーキングだったのか。
「精霊たちは、魔物が爆発しても大丈夫なのか?」
「優しいね、少年。精霊さんのことも気にかけてあげるなんて♪」
「っっ!」
いたずらに褒められ強は苦々しい顔を杉崎へと返す。どうにも会話の主導権が杉崎に持っていかれている感じで強の調子がわずかに狂っている。大人と子供のなので当たり前の部分であるが、オロチたちのように暴力的ではないことと女性であることが強の劣勢の原因である。
二人の会話を邪魔するように魔物の群れが来るが、
「ちっげぇーし!」
会話をしながらでも己の肉体を使って敵をぶっ飛ばしていく。
「照れんな、照れんな。かわいいぞ、少年♪」
会話に似つかわしくない拳と蹴りが容赦なくマウスヘッダーたちを蹴散らしていく。爆発の個体が分かればそれだけでブラックユーモラスたちには十分だった。敵がどのような能力であるか分かれば対処のしようはいくらでもあった。
普通の個体であれば、その力を振るうだけでいいのだから。
「かわいさとか、求めてねぇから!!」
と強がって見せる強だったが、そのツンデレ具合が逆に似非クールビューティのハートに突き刺さる。年下の男子高校生の強がりなど社会人の女性からすればカワイイでしかない。
――昔の……
微笑ましいなと杉崎は頬を緩めがらも、ある男を思い出す。
――隆弘そっくり。
懐かしの舎弟であり弟分である関西の後輩。
強がる姿がダブって見えてしまうことでなお一層可愛く見えてくる杉崎。
「少年、コレが終わったらおねいちゃんがたらふく御馳走してあげる♪」
「いらねぇーし!!」
子ども扱いされることに拒絶を示すが杉崎のカワイイですよオーラに飲み込まれて完全にペースを乱され続ける強。おねいちゃんキャラを相手にしたことがないからこその弊害。
そして、魔物たちの数も徐々に減りつつある最中に一人の男が戦場に現れた。
――コレは……
息を切らして、戦場に戻ってきた侍。いま現在、魔物を涼宮強と仲間たちが押し返している状況。それでも剣豪の顔は渋い顔のままだった。これだけの優勢を保ちながらも、慌てて涼宮強の方に走り始める。
「涼宮殿ぉおおおおおおおおお!!」
九条豪鬼の慌てた大声に皆が注意を向けた。
強はいきなり名前を呼ばれて反応を示す。
遠くで自分を呼んでいる侍に視線を移す。
「すぐに、ソコを――」
――なんだ……あんなに慌てて?
血相を変えて必死になっている中年の渋顔に違和感しかなった。全力で走ってくるスピード、息切れしながらも力強い声、そして何よりひげ面の顔が何かを物語っている。
「離れるでござるよぉおおおおおおおおおおおお!!」
「はぁ?」
イケイケ、押せ押せの状況で何を言っていると強はふざけた顔を豪鬼に返す。この状況で何を逃げることがあるのかと。黒服も戦えている状況に何一つ危機感など生まれる由もなかった。
何も知らないが故に――涼宮強は本当の絶望への警戒を怠っていた。
《つづく》
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