第139話 今日一日を愛せたという変化
涼宮強は、もう一回やりたいなーと零して、空をぼぉーと眺めた。
半径数キロメートルに広がる爆破の爪痕。ソレを残した存在でありながらもどこか恐怖の色が薄れていた。遊びの合間の休憩に等しいひと時なのかもしれない。それでも、何かが違う。
――もうすぐ、夕焼け小焼けか……
眺める空の色が変色の兆しを示す。ただ、ぼんやりと空を眺めていた。周りの魔物が殺気立っていることも、ブラックユーモラスの杉崎たちにやる気が漲っていることも置き去りにして、ただ黄昏ていた。
強の心が穏やかであることに呼応するように、その表情は自然な顔立ちだった。
――今日はいろいろあり過ぎたな………
疲れを感じる肉体。ぼぉーとする意識。
――学校でも騒ぎすぎて疲れた……あやとりやって、玉藻が櫻井を殺しにかかって、
たった一日の出来事の最中に過ぎない、この魔物たちとの戦闘ですらも。
――櫻井に対しての断罪裁判が起こって、クラス中が騒ぎになって、
今日に至るまでの今までの日々が何も起こっていなかったわけでもない。それでも、強の中に芽生える今日という日の回想。過ごした時間が色づき、胸を締め付ける。
――俺が櫻井の味方をしたんだ……ソレでクラス中が敵に回ったんだった。
何もかもを諦めてきた。普通に笑いあう日々を投げ捨ててきた。
――それでも、あいつ等が……仲間になってくれて。
思い出す、田中やミカクロスフォードたちの助太刀。爪はじきにされていると思い込んでいた日々との決別。強にとって、どれだけ今日という日が幼い頃から遠かったのかなど本人以外知る由もない。
――教室に呪いだかなんだかが……かけられて、
思い出している最中だとしても、
――玉藻がパニックになって、屋上に逃げ出して……
ソレは相手にとっては関係のないこと。
――ヤハリ……イジョウ……アイツ……
魔物たちが茫然と空を眺める強に向けて殺意を放つ。様子を窺うようにジリジリと距離を詰めているが、ソレも数キロ先からのこと。肉体と魂に刻まれた暴虐に恐怖を消し切れない。
――オウガ……クルマエニ……アイツヲ……
魔物たちの共通感覚による相互作用が働き、強だけに魔物たちの注意が完全に向いていく。神々はクスクスと笑うしかなかった。魔物と人間、どちらがオカシイのかと言われれば、今のこの場ではハッキリと決まっている。
【これほどの状況でも、異常であることを貫くとは!】
北欧神話の最高神であるオーディンが甲冑の上から膝を強く何度も叩きつける。魔物たちの危惧や殺意に対して、肩透かしするように空を眺めて一日の追憶にふける主人公。
【
涼宮強があまりに自然体であるが為に発せられた賞賛だった。
命の奪い合いという概念すらも置いてけぼりにされ、ただ一人の振る舞いで世界が揺れる。ソレを特別といわずになんと言えばいいのか。
ただ、静かに少年を見つめていた。
追憶にふける少年の
何を物語るのか見届けるように。
――屋上まで玉藻を探しに行って……アイツ、泣いてたなー
強は屋上での光景を思い出し、大変だったなと鼻で軽く笑った。
――んで、訳の分からない『スキ』だけを残されて、ブレザー奪われて、
「よっと……」
強がゆっくり立ち上がりながら、
――教室で櫻井達にいじられて……制服もボロボロにしちまって……
視線をやるとワイシャツはすでにボロボロだった。ズボンもところどころ破けて小さい穴が開いている。美咲に怒られるなーと苦笑いしながらもゆっくりゆっくり立ち上がっていく。
【ねぇ……ヘルメス】
ヘルメスの横で女神がヘルメスの手を握って自分の体へと近づけていく。
【ワタシ、イマね】
女神ヘスティアの手が震えながらもヘルメスの手を誘導していく。
【ドキドキしてる……】
ヘルメスの手を女神の心臓の鼓動が打ち付ける。ヘルメスは感覚を研ぎ澄ますように目を閉じてヘスティアの鼓動を聞く。だが、ノイズがヘルメスの感覚を邪魔する。
――うるさい……うるさいんだよ……
神々の声でもない。もっと内から叩きつける音が鼓動の音を遮ってくる。
【ねぇ……ヘルメス】
彼女の鼓動だけを聞き取りたいのに、ヘルメスの感覚が届かない。
――なん……なんだ……収まれ、収まれ。
ヘスティアの左胸に押し当てられている手。そんなに近くに手があるのにヘルメスの音を聞く感覚が邪魔されていく。どうしても彼女の音だけを聞き取れない。
別の似たような音が重なり分からなくなっている。
それでも、口元を緩めて頭を垂れているヘルメスに
【――――たのしい?】
女神ヘスティアは優しく問いかけた。
それに観念したようにヘルメスは瞳を開けて
【ヘスティア……楽しくないわけがないんだ……だって】
彼女の鼓動に集中できない理由を、彼女の手をとって明かす。
【僕の心臓は、いまこんなに動いているのだから】
二人は重なり合う鼓動の音を感じあう。ドクドクと脈打つ永遠の命。怠惰を嫌った。退屈を憎んだ。その神々の日常に崩壊の兆しが見えている。二人は潤んだ視線を交差させる。
これから何が起きるのかも予想がつかないことが、
これから待ち受ける終焉が何をもたらすのかを、
待ち遠しむように――涼宮強を愛おしく想い見つめた。
――みんな、今頃なにやってるのかな……?
愛の視線や期待を受けていることすらもなおざりに、教室にいる櫻井達のことを思い出しながらズボンの汚れを叩き落とす。涼宮強はただ一人で戦地に赴いた。深く考えることもせずに、ただ走り出してここまで来た。
茜色に染まりつつある空を眺めて、下校時間を思い出す。
――まだ教室で待機とかさせられてんのかな?
涼宮強がそんなことを思うのは、普通の事ではなかった。
一日を思い出し、大事に思うなどということなど。
色々あった一日の終わりを締めくくるように思い出し、思い出し懐かしむなど今までの強ではあり得なかった。その場その場で過ぎ去っていく時に身を任せて眠りにつくだけだったのだから。
変わっていく世界で、段々と大きく変わり始めた涼宮強。
玉藻を好きだと自他ともに認め、自分の心と向き合った影響なのかもしれない。魔物と戦うことで本来の力の出し方を思い出し、なつかしい感覚に囚われているせいなのかもしれない。美咲、玉藻、櫻井と過ごした日々とソコに田中達との過ごした時間が重なり、段々と変えられていったことに気づくこともない。
そして、何よりも、
今日一日という日を愛せたことによる変化。
「不死川教授!! 涼宮強のデータが取れましたのでそちらに転送いたします!!」
「寄越せッ!!」
徐々に、徐々に大きく、涼宮強を取り巻く世界が変わっていく兆しを見せる。
《つづく》
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