第101話 家族の仇は私達でとる

 ——触れて欲しい情報を取る……能力?


「お頭………」


 お頭の言葉に一番動揺するものがいる。もし、櫻井の能力をそう仮定するなら自分が置かれている状況が一番ヤバイのではないかと。


「それはハナちゃんがヤバくないですか!?」


 一人の自称女子高生が脅えるのは必然だった。


「ことによっちゃ、ハナが一番に狙われる可能性もあるね」

「レンちゃん! ナニやってんの!!」


 むぅーと怒りを露わにするハナ。ソレを前にレンは考え込む。


「何が……問題?」

 

 その状況を見て小さな狼少女は純粋に問いかけた。


「シャオ……サクライって子に、こっちのメンバーが筒抜けになっていると仮定したら報復でハナが狙われる可能性もあるってことだよ」

「ハナちゃんの学園生活がぁああ!」


 シャオは困惑した表情を見せる。サクライという人物は脅威になりえるのかと。レンを相手に先代の力を借りてやっとのことで生き残ったように聞こえていた。


「お頭、サクライは殺すの?」

「……そうさね」


 サクライという名前を聞いて表情を僅かに一瞬だけ歪めながらも、


「しばらくは様子見かね」


 頭首が答えを導き出す。


「まだ敵と見なすには早計だ。それに何よりも実力を隠している読めない」


 ハナちゃんはなんですと!と表情で訴えるが周りはソレに気づくことも無い。


 そのビックリ顔のハナちゃんにお頭の視線が移った。


「ハナはサクライとは学園で近い距離にいるのかい?」

「同じクラスですが……何か嫌な予感がします……」

「なら、涼宮強の監視と合わせてサクライも追加だね」

「………それは命令ですか?」

「命令だ」


 お頭の有無を言わさない発言にハナはがっくしと肩を落とす。


「………かしこまり」


 ただでさえ櫻井という人物にはもとより警戒を払っていた部分もある。涼宮強の近くにいることが多いために極力接触を控えておきたかった。サクライの能力を警戒していた部分もあるハナにとっては、重荷でしかない。


「ボーナスアップ………」


 だからこそ、平社員の意地を貫き通す。


「わかってるよ、ハナ。報酬ははずむ」

「わぁーい……タピオカいっぱい飲める………」


 全然嬉しそうではないニセJKの声が空しく響く。


「レン、話を戻す。先代と一対一なら戦えてたかい?」


 ハナちゃんを他所にレンへと話が戻る。


「純粋な一対一であるなら………」


 もし、そこに玉藻の護衛もなければどうなっていたかをレンは予想する。

 

 アレはアドバンテージだったのだと彼は捉える。


 むしろ、本当の恐ろしさを味わったのはアジトへ帰還してからだった。



「確実に負けていたと思う」



 徐々に徐々に体が毒に蝕まれていく感覚。


 攻撃を受けている最中に仕込まれていた猛毒。

 

「あの不規則な攻撃を受けていること自体がリスクなら、勝てるわけもない」


 攻撃と同時に放たれる毒の拳。戦っている最中に発生する遅効性の毒牙。


「長引けば長引くほどに不利になる」

「正解だよ、レン」


 レンの答えを聞き満足そうにお頭は頷く。


「ソレが先代頭首」


 近くで幾度も見て来た。



「——時政宗の戦い方さね」



 勝つために周到に練られた策。


 ただでさえ変幻自在である蛇拳ジャケンが生み出す、毒殺拳法。


 毒も攻撃も厄介なことこの上ない。触れるだけで体内に毒を少量ずつ送られていく。おまけに遅効性である為に後々にならなければ気づけもしない。蛇の毒牙に気を取られれば、蛇の体に染みついた毒を受けることになる。


「あの男は勝つことよりも敵を追い詰めることに長けているのさ」


 戦いに気をとられていれば毒で死ぬことになる。


「だから先代とやり合うことになるなら逃げな、お前たち」


 その場にいる三人に本気の眼で伝える。


「それでも、ダメなら」


 勝てる勝てないではないのだと。それほどの脅威であることを覚えて置かなければいけないと。老いても蛇であろうともソレは数え切れぬ命を奪った毒蛇に他ならないのだから。


「————アタシを呼べ、アタシが殺す」


 僅かに重たい空気が場に流れる。それは現頭首が先代との確執に葛藤があるからなのかもしれない。嘗ては仲間であり師だった男を殺すことを決めた女の覚悟の重圧に他ならないのかもしれない。


 代わりに殺し合いをするという女の決意に、


 三人は静かに頷いて答えを返す。


 それを受けて、空気を変える様にお頭は優しく三人に微笑む。


「さて、ここからが本題だ。レン」

「…………?」


 お頭の言葉にレンは困惑した色を見せる。


 いままでの報告が前置きのような言い方に違和感を持った。


「異世界異端者とお前に何があった」


 優しく問いかける言葉にレンが俯く。小狼は心配そうに二人のやり取りを見守る。今回の任務にあたってレンが外された理由でもある。熱くなった理由は何があるのかと。


「…………」

「話せないことなのかい?」


 押し黙るレンの姿に優しく頭首は問いかけた。


 それにレンは僅かに顔を上げて眼を見つめる。


 そこには哀しみと怒りの色が滲んでいた。


「命令か、お頭」


 命令と言われるなら話す他ないと彼は言葉を出した。


 それにお頭は一回瞬きをしてから言葉を返す。


「命令じゃない。話せないのではなく、話したくないなら深く聞きはしない」


 お互いに強制されるのでもなく、するのでもなく、


 距離を保つように言葉が飛び交う。


 それをただ狼少女は心配そうに眺めているだけだった。


「異世界異端者は……」


 時間が僅かに流れて、男が口を開いた。


「俺の家族の仇だ……それだけだ……」


 多くは語らずにただ直接的な言葉。


「分かった………」


 それだけでも女は十分だと彼の言葉を受け取る。 


 そういうと女は静かにため息を吐いた。


「次に奴らとの任務があれば、ソレは総理からの皆殺しの合図だ。その時に」

 

 ソレが幾許いくばくか青年の救いになるのか分からない。


「お前を連れていくよ、レン」


 青年の顔が驚きに変わった。


 任務に私情を許さないはずの頭首の言葉に動揺した。

 

「我を見失わずに冷静にだ。仇を殺すとしてもソレは任務だ」


 その顔を見つめる女は優しく忠告を促す。


「お前ひとりじゃない、御庭番衆での任務だ」


 微笑みながら、静かに男の額に人差し指を叩きつける。


「お前の仇はでとる。ソレだけを忘れるな」


 ソレが彼女に出来る温情措置。


「お頭………」


 仇を取るとしても暴走をすることは許さない。その代わり、全面的に御庭番衆が協力するという頭首からの譲歩に他ならず、彼女の優しさに他ならない。

 

「ありがとうございます………」


 男の小さな言葉が部屋に響いた。

 

 狼少女の小さい手が男の手に乗せられる、一人じゃないんだと。

 

「じゃあ、話はこれで終わりだ。シャオとレンは次の任務までゆっくり休みな」


 そう言い残して、お頭は部屋を後にする。


「じゃあね、レンちゃん、シャオちゃん」


 それに続いて六道花宮がお頭の後を追うように部屋を出ていった。



《つづく》

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