第102話 誰かさんみたいにね
木造の廊下に二つの足音が響く。
一つはゆっくりと足音を鳴らし、
その静かな音を追いかける様に短い間隔で音が後ろから詰め寄ってくる。
「おかしーら♪」
「ハナ……」
廊下で並び立つ二人の女性。お頭から見れば小柄なマフラーの女。にこやかに笑って横についてくる。追いついたところで花宮は頭を両手で押さえながら、頭首の表情を覗き込む。
「前から思ってたんですけど、随分と二人には優しいんですね」
「…………」
軽やかな言葉を意に介さずに長身の女は廊下を歩いていく。
「特別扱いは良くないと思いますよー」
「…………」
それでも、マフラー女の呑気な言葉は続く。まるで相手からの応答がなくとも気などとめはせず、軽快な口調がずっと彼女につきまとうように続く。
「あまり過保護が過ぎると――」
その口調が変わることも無く、にへらと笑った笑顔が崩れることも無い。
自分を偽ることになれている。だからこそ、彼女の言葉には心が乗らない。
「二人が死んだ時にまた辛くなりますよー」
あっけらかんと仲間の死を軽いトーンでいう花宮。それが忠告なのかも分からない。ただ、悪戯に微笑んで頭首の反応を伺うように見ている。
その視線を受け取って、
上から見下ろす様に、
ハナの微笑みに言葉をぶつける。
「ハナ……アンタの悪い癖だ」
「あれれ、怒っちゃいました?」
「別に気にしやしないよ」
相手の言葉を真に受け止めるわけでもなく二人は並んで進んでいく。
「で、別になんか話があったんだろう。ハナ」
「さすが、お頭。よく分かってらっしゃる、オメガ高い!」
ふざける言葉にお頭は鼻で嗤う他ない。花宮のペースが崩れることがないことは分かっている。彼女の出す言葉は全てがフザケタ話でしかない。それでも、彼女は御庭番衆が一人。
「総理の計画はどこまで進んでいるんですかね」
自分から情報を引き出そうとしている。何の目的があるのかも掴めない素振りでヘラヘラと笑顔を絶やさない。それが偽りの仮面であるのかも掴ませない。
「約半分といったところかね、それ以上は私も知らない」
「半分ですか……大分時間経過が早くなったんですね♪」
頭首の返す言葉にもただ軽口を返す。
六道花宮には自分と云う概念が無い。御庭番衆の中でもその正確な素性を知る者は無く、ただの一員としか認識されていない。明るい性格の持ち主であり、常に愛嬌を振りまくような女でしかないと。
「じゃあ持って、あと二・三年ってところですかね」
「さぁね……特異点の次第だろう」
花宮の言葉に合わせる様にお頭が返すのに花宮は僅かに曇った表情を浮かべた。
だが、それも一瞬だった。
彼女はまたヘラヘラと笑って女を試す様に言葉をぶつける。
「なんで、総理は
その軽口の問いにお頭の眼が光る。
ずかずかと踏み込んでくる花宮の質問に僅かに怒りを滲ませた。
「ソレを知ってどうするんだい?」
「いやー、これから櫻井君の監視も増えるし、さらに先を見越して学園内で玉藻嬢の護衛迄あるかもしれないので、ハナちゃん的に気が気でないだけですよ」
頭首の怒気に気圧されることも無く平然と理屈を並べ立てて、
友好的に微笑む花宮。そこには確かに見えない火花が散り合う。
踏み込ませたくないと思う頭首とずかずかと踏み込んでくる素性不明の女。
「たった一人の家族だからだよ、それだけさ」
だからこそ、お頭は線引きをハッキリと告げる。
これ以上は不必要に問いかけるなと。それを飲み込んで六道花宮は笑顔を返す。
「そうですよね、たった一人の血縁者であれば大切にしますもんね」
それでも一矢に報いる様にハナは言葉をお頭にぶつける。
「————誰かさんみたいにね」
その言葉に殺気が呼応する。二人が向かい会って立つ木造の床がギシギシと不気味な音を立てる。頭首に向けた挑発に他ならない。ソレがお互いの心中を探る様な言葉の応酬の終わりだった。
花宮がマフラーを揺らし、指を忍者のように構える。
「じゃあ、これにてハナちゃんは任務に戻ります! にんにん♪」
「…………」
頭首は静かに女が消え去るのを見送る。目の前で忍法を使い、木の葉をまき散らして得体の知れない六道花宮という女がこの場から立ち去るのを鋭い眼光で視ていた。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます