第71話 進化を止めて何も生みださないなら……人類《キミたち》は滅びるしかない

 ヘルメスの顔が初めて悔しそうに悲しみに歪む。


【こんなはずじゃなかっただろ……ッ!】


 人類が輝いた時代を知っている彼には悲しくてしょうがない。人は変わってしまった。神が見ている世界は次第に退屈なものへと変貌していったのだから。


【まだ……0から1に切り替わる時代はよかった……】


 それは1000年を軸にしている。まだ時代が完成されていない。それでも段々と人の冒険はなくなっていった。そこから先は人類の冒険の衰退に近い。


【しかし、段々と次第に君たちは賢くなっていった……】


 科学が発展を遂げていく世界へと変わっていった。近代的な武器の始祖が生まれる時代に移行していく。それは銃だ。


【君たちは君たちを簡単に殺せるようになってしまった……】


 人の戦いでなくなっていった。人は弱くすぐに死ぬ。そこには命の煌めきはなくなった。引き金一つでよくなったのだ。神を創りし人間が簡単に死ぬ時代が来た。


【それが君たちの世界につまらない時代をもたらし始めた……】


 近代兵器の登場により戦場は変わっていった。そこにあるのは英雄の姿ではない。大量に人を殺すマシーンの一部でしかない。機械が人を上回り始めた時代に他ならない。


【そこにアツイものはなく……ボタンだけで遠くにある目に映らない多くの命が輝くことも無く消失する世界だった……】


 神々は退屈を次第に覚えた。彼らからすれば何一つ人間らしいことのない戦争。ただの知能戦。盤上のボードゲームを見せられているにしか過ぎない。彼らが求めるの人という存在。


【そして、それが終わって……】


 第二次世界大戦というものを機に世界は陳腐と化した。


【あとは惰性だけになった……】


 何一つの冒険などない。昔に比べれば人の時代はまったく違うものだ。


【次第に君たちは神々ボクたちを忘れて……冒涜するようになった……】


 それでも神にとっての娯楽はそれしかなかった。人を見ていること以外彼らにはなかった。命を懸けることもなく惰性で生きるだけの時代。生きてる意味すら忘れた人間たちが溢れかえる時代。


【死を救いなどと勘違いするものが増えた……愚かにもすぐに新しい命を求めるようになった…………ッ】


 ヘルメスの興味が失せてきた瞳が下界を見つめる。人間というものを好きだったからこそ彼は許せなかった。この程度の種族ではなかったはずだと。

 

【未知を怖がり、失敗を怖がり、憶病になり下がって、なお死だけは救いであるかのように受け入れて、限りある生を持ってして、なお何も成すこともしない!】


 だからこそ人類に憎しみをぶつける。お前らは何をしていると。




【怠惰の極みという他ないだろうォオオオオッ!】




 テーブルにあったティーセットを強く払い飛ばした。激しく叱責し神は呼吸を荒げる。つまらないものを見せられてきたからだ。下界が映る世界にひび割れた破片が浮かび上がる。


【君たちは神々に退屈を与えた……】


 ヘルメスの拳が怒りで震える。それは先程までの愛おしそうに語っていた神の顔とは別のものだ。憎しみに近い黒い感情を宿した眼が人類を見ている。


 何も成すことをしない人類への。


【人と変わることを恐れて似たり寄ったりな人生モノガタリ……独創性のかけらも凡庸な命ッ……】


 同じようなものを何度も何億と見せられた。飽きる他ない。刺激も無く何も感じることも無い。最初は期待したものの結局は同じだった。人々の人生に熱量がなくなっていったからだ。


【成功者のあとを追うように同じことをする劣化版コピーのようなもの達……成功の意味をはき違えた金の亡者に成り下がった道化どうけたちッ……!】


 資本主義という社会で金が力となった。その力を求める様に人は紙に踊らされた。それが彼らのいう成功だ。そして、彼らと同じように生きようと必死になった。それはコピーに他ならない。ただ、人真似をしているだけのものだ。


 その力を手に入れたものを英雄と呼べるのだろうか――それのどこに英雄的要素があるのか。




【もう飽き飽きしている……んだ……ッ!】




 ヘルメスは空の上に立ち、さらにその上の空を眺める。呼吸が落ち着かない。今まで陳腐に思えた全てを吐き出し彼はただ何もない空を見る。神である上位の存在が人の真似をして祈るように。


【進化を止めた人類キミたちに神々は愛想をつかしている……】


 神に願うことも歌うこともやめた、愚かな民たち。


【何も作り出せない人類キミたちに神が見守る価値などない……創造すらもせず、夢をみず、自分ではなく他人と変わりない人生を歩く君たちの人生モノガタリに何の価値がある……無価値でしかない……】


 だから、ヘルメスは願うのだ。神という存在でありながら願う。


 この退屈な日々を終わりにしてくれと――。


【本当につまらない退屈極まりない時代だったよ……】


 長い時間退屈を味わった。何一つ創造しない時代の流れを見ているのは。英雄と呼ばれる人生モノガタリがなくなった時代は退屈でしょうがなかった。その時代の人間が英雄になどなれるわけもにない。


【命を煌めき燃やし散らすことも無く……陰湿な死を何度も見せられた……】

 

 英雄などはいない不幸な物語。何か熱くなるものがあるのか。自分たちで創造した機械でゲームのように命を奪い合うことしかしていない。神にとって人の命こそが物語だ。その人々が生きたものが物語として見えるのだ。


【幾千もの主人公が自ら命を絶ち……盛り上がりも無く途中で終わる物語……】


 その物語が主人公の死で終わる繰り返し。何が楽しくてそんなものを見せられなければいけないのか。始まったはいいが結末は最悪なものだ。物語の途中で主人公は絶望して終わるのだから。


【ただ、それも終わりに近づいている――】


 途方もない時間を生きた神はという。


【この行き止まりの世界は終わるほかない】


 進化を止めた時代に終わりを告げる。


【進化を止めて何も生みださないなら……人類キミたちは滅びるしかない】


 ヘルメスは仕方ないことだと鼻で笑う。人類の終わりが近づいている。


【創造主が死ぬということは僕たちが死ぬことでもある……】


 それは神の命も尽きる時だ。創造するものがいなければ存在をしえない。


 彼らは創られた存在でしかない――。


【それでも構わないさ……この退屈が終わるのであれば……】


 一緒に死んでもいいと神はいう。ヘルメスはテーブルに置いてあった鍵を取って移動を始めた。彼はこれから宴を主催に行く。この退屈を終わらせるために。


【さぁ、狂った世界で最後に命の輝きを見してくれ】


 空に浮かぶテーブル以外何もない所に鍵を差し込むとカチッと音がなった。ヘルメスは鍵をポケットにしまい、何もない所でドアノブを回す。それは彼が主催したパーティの会場へと続く。


【終焉という絶望しかない終わりに向かっていってくれ……】


 ヘルメスは神の宴の会場へと移動する。


人類じんるいよ……】


 呪いのような言葉を吐きながら彼の視界が光に染まっていく。



《つづく》

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