第72話 神々からの万雷《ばんらい》の喝采《かっさい》をッ!

【神々が君たちに期待することはたったひとつだけなんだ……】


「お招き感謝いたします、ヘルメス」

「ヘスティア、久しぶりだね」


 ドレスをきた女神が伝令氏に笑顔を向ける。そこは神々が集まる天界の神殿。空の上にある幻想的な白の強大な建造物。そこに神々が集まり出している。それはヘルメスが出した招待状に彼らが答えた結果に過ぎない。


 白い神殿の廊下をヘスティアはヘルメスの後をついて歩いていく。


「これから面白くなるってことでいいのかしら?」

「どうだろうね……でも、時の砂が大きく進んで終わりには確実に近づいていっている」


【君たちは大きくをしている、僕たちについて】


 ヘルメスの涼し気に答える姿にヘスティアは少し頬を膨らまして苛立ちを見せた。男の歩幅に合わせる様に女神は少しだけ慌てて彼の横を歩いていく。


「随分とはっきりしない、答えね」

「そういうものだろ、僕たちは何も知らないのだから」


【神は君たちの未来や運命など知らないということを】


 神は運命など知らない。先のことまでは神は知らない。


「でも、人類が終焉に近づきだしたってことなら――」


【神が君たちの運命を決めることなどは断じてない。神は君たちにどんな未来があるのかを知る由もない】


「自ずと面白くなるに決まってるわね♪」

「あぁ、これから加速していくんだ……彼らと私達の終焉の物語が」


【だから、神は君たちを見ている。先が分かっている物語など、始めから結末が決まった物語など、面白みのかけらも無い。知らないからこそ物語は面白いんだ。どんな結末が描かれるのかを知らないからこそ期待するんだ……】


「じゃあ、期待して観客席で待たせて貰うわ」

「あぁ、待っていてくれ」


 そういうと女神ヘスティアはヘルメスと別れて横の階段に姿を消していく。それにヘルメスはため息をついた。これは彼らにとっても最後だ。人がいなくなるのであれば神は存在などできない。


「仕方がないことだ……」


【始まりがあれば必ず来てしまうものだから……】


「せめて、一時でいいから退屈を忘れさせてくれればいい……」


 それは始まったと同時に決まっていること。始まりがあれば必ずそれが存在する。それがないものなどこの世界にはあり得ない。


【終わりに向かうということは、必然のことでしかないのだから……】


 それは神々にとっての最後の物語に他ならない。これから始まるのはそういうものだと彼らは知っている。今までのすべてに別れを告げることになると。神々にとって最後の瞬間となるのだから。


【ひとつだけでいい。神から願わせてくれ……人類キミたちに……】


 だからこそ、神々は見守るのだ。


 人類の行く末を――。


【最後だから……】


「さて、これで全員が揃っているかな……」


 騒がしくなる会場に耳を澄ます。中から聞こえる会場で話す声。そこにはすべての神が集まっている。あらゆる国のあらゆる人々が創り出した神が集まる宴。その主催者は平服を伸ばして姿勢を正す。




【この永遠に続く退屈に終わりを告げくれと――】




 ヘルメスは扉を開けて中に入っていく。その眼前に広がるの神々の姿。青い空が天井になる。大きなコロッセオのような場所に座って観覧する神たち。見下ろされるその闘技場ようなところをヘルメスは一人歩き神々の視線を一身に受ける。


 それは神々からの期待だ。

  

 ヘルメスは胸に手を立ててお辞儀をした。それに神々はニヤニヤとした表情を返す。これから彼が主催した宴が始まるのだと。伝令氏である神が何を語るのかと。


「神々よ、時を告げる砂はようやく半分を過ぎた……」


 彼を中心に円を描くように神々が上から見ろしている。


「いよいよ、我々にも終わりが来る時が近づいた……」


 神々はヘルメスの話に感慨深くも頷く。自分達という存在が消え去ることを受け入れているようにも見えた。誰もが退屈を抱えていた。


 停滞した人類に、進化を止めた創造主たちに。


「我々は……疲れているんだ」


 頷いていた鼻から空気が漏れ出た。どれだけの怠惰を見せられてきたのかと。神にとって退屈極まりない人生たちだった。英雄などなく闘う者もなく、挑戦するものは減退していった。


「もう人類は神など崇めない信仰しない……歌を創らない、建造物を見せることも無い、むしろ彼らは私達に牙をむいて冒涜の限りをつくす!」

 

 ヘルメスの言葉に怒りが込められる。


「彼らが創ったくせに……彼らは我々を忘れてしまった……」


 それは人々が犯した神への罪だ。いくつもの神を生み出した時代は終わった。新しい神は生まれず創られた神々は捨てれていく。信じ続ける者は科学の発展と引き換えにに減少していく。そこにいると証明できない神は排除されてきた。


「それでも……我々は愚かにも――」


 ずっと見て来た感情が言葉に込められる。ヘルメスは人類をずっと見て来たのだ。永遠にも近い長い時間ずっと人の人生を見て来た。


「彼らを愛している……」


 神々たちは静かに頷く。誰もが人類を嫌いにはならなかった。彼らと過ごした日々があるからだ。人類と共に神々は存在してきたのだ。何度も窮地に立つ彼らを救ってきたのだ。


「だが、もうすでに我々は限界に来ている……」


 それは時代の変化に取り残された神々。人が自分を必要としない世界。それは神々にとってどれだけ寂しい時間なのだろう。愛している存在にどんどんと忘れ去られていく存在というものにどれだけの悲恋があるのだろう。


「停滞した世界、進化を止めた人類、すぐに諦め堕落し夢を見ること忘れた創造主に、世界の交わらない我々が何を求めることなど出来るだろう……」


 急激に忘れ去られていった。僅か数百年という間に神への信仰は見る影も無くなった。いつでも語り掛けた人類はいなくなった。神などという存在を大多数が馬鹿げたものだと思いだした。


「だから、」


 神などこの世にいないのだと――。

 

「我々は彼らに貰ったものを全て返すことを決定した」


 神々に与えられた力。それを神々は人々に与えた。異世界転生・転移というシステムの中で超常的な力を人に預けることにした。それは元は人が彼らに与えたものを返したに過ぎない。


「そして、彼らの世界は大きく変わった……」 


 それが世界改変ミレニアムバグの本当の始まり。人々が異世界に行くという前代未聞の珍事。そして、そこで得るモノは神の力の一部。人類は神に近い存在へと昇華される。




「変わったんだ――」





 ヘルメスは顔を下げ不気味にクスクスと嗤い始める。それに合わせて神々も不敵に嗤う。それは世界が変わったことに対する反応に他ならない。ヘルメスは神々に向けて大きく手を広げて語りかける





「さぁ、我々の退屈な時間は終わりだッ!」





 ヘルメスが視線を次々と神々に送る。そこに映るのは神々が不気味に嗤う顔でしかない。彼らは退屈を嫌う。彼らは怠惰を嫌う。彼らは変化の無い世界を嫌う。


「我々の全てを渡してきた、古今東西の彼らが創りし武器を、神話に登場する神具を。聖剣を、神の力に匹敵する武器を彼らに与えたぁあああ!」


 異世界転生・転移の際に彼らは人へと返した。自分たちの創造主から与えられし武器を。そして創造主が自ら創りだした武器を彼らに持たした。


「それだけではない、彼らが想像した全ての異能を与えてきた――」


 武器だけではない。神々の能力の一部すら数え切れないほど渡した。


「創造したものを実現する能力を、ありとあらゆる魔法を、現代を超えた近未来の科学を、そして彼らの世界で作られた術を知識を完成した形で渡したッ!」


 人類にありとあらゆるものを神は授けた。ありったけのもを渡した。


「彼ら一人一人が神の申し子だ……」


 異世界に行って世界に帰ってきたものこそが彼らに選ばれた戦士に他ならない。


「終焉に向かうヴァルハラの戦士だッ!」


 彼らが力を渡し物たちがヴァルハラの戦士だ。


「数々の異世界を救ってきた英雄たちが溢れる世界へと変わったんだッ!」


 ヘルメスは会場に地球の世界地図を映し出し指さす。


「メインの舞台は竜の形を象った国、数え切れない八百万の神を創り出し、竜殺しドラゴンスレイヤーという始まりの英雄が生まれた島国!」


 演説に熱がこもる。自分たちの退屈を終わらせてくれることを願うように彼は興奮を前面にだし観客を煽る。


「日本ッ!」


 そこがこの物語の舞台だと彼はいう。そこにはいくつもの神が存在する。様々な神を祀ってきた。いくつもの創造が生まれた国に他ならない。


「この国の王が私達に望んだ審判だ! 神々と怠惰な人類に終わり告げろとッ!」


 それはある島で起きた事件に他ならない。神々が創り出し地球の島。そこに詰まっていたのは絶望なのか果たして希望なのか。それは終わるまで分からない。


「我々はこの退屈の終焉を求めている! 彼らがソレを見せてくれるだろうッ!」


 この先にある終焉の結末は終わるまで分からない――。


 興奮したヘルメスは呼吸を整える。これは神々の終わりでもあるのだ。彼も限りある命を燃やして煌めきだす。そして彼が憧れたものは英雄を語る者だ。


 吟遊詩人という、英雄の物語を伝える者だ。


「時は来た……彼らが大きく動き出したッ!」


 そこに映るのは日本という小さい島国。東と西に別れて人々は動き出す。そして、それは時の砂が進んだが故に起きた出来事に他ならない。その砂が時を告げるということの意味に他ならない。


「さぁ、終焉に向かって動き出したぞッ!」


 それは自分たちにとっても終わりに近づいているというのに神々は興奮を前面に出す。長きに続いた退屈が彼らに刺激を忘れさせた。それがいま形となって目の前にあるのだ。英雄なき時代に終わりを告げるように。


「これは狂った世界を終わらせる、終わりの英雄を探す彼らの描く物語だッ!」


 始まりがあれば終わりがある――


 始まりの英雄がいれば、世界を終わらせる終わりの英雄がいる。


「我々、神は見届けようじゃないかッ! この終焉の結末をッ!」


 神々たちがヘルメスの熱気の籠った演説に立ちあがる。ヘルメスは三百六十度見渡す様に円に連なる神を見る。誰もが求めていた。誰もが願っていた。誰もが欲していた。これは怠惰で退屈な人類を終わらせる世界の物語。行き詰った進化を止めた人類の終わりの物語。そして、終わりある命を得た神々の物語。


「彼らの終焉という終わりに向かう……」


 感極まるようにヘルメスは深く眼を閉じる。




人生モノガタリに贈ろうじゃないか――」




 そして、手を上げて神々に眼を見開いた。これから始まる彼らの戦いの前座だ。それでも伝令氏である神は熱を込めた。彼は退屈が死ぬほど嫌いだった。



 だからこそ世界よ変われと彼は命を燃やし声を張り上げる。







「神々からの万雷ばんらい喝采かっさいをッ!」






 彼の熱気にあてられ神々は吠えた。それは雷の如く神の神殿を揺らした。それが自分たちの最後に見る人類の物語なのだ。英雄を求めた神たちの最後の願いの物語。神々は退屈を壊して欲しいが故に人間のように興奮して感情のままに叫ぶ。


 彼らは人類の終わりを見届ける観客に他ならないのだから。


「あの子よ……」「あぁ、あの子だ……」「やはり……キミか」


 神々が映し出された映像に目を向けている。注目を集める存在。


 日本という島国で映し出される特異な存在。それにヘルメスは笑う。

 

【やっぱり、君が中心なのか……】


 神々はニヤニヤとしたものを向ける。それは期待とも何とも言えない。誰もが測りかねている。神ですらその存在が何なのかを知らない。誰も彼と会ったことなどないのだから。


「あの黒髪の少年よ……」「あぁ、獣の如き鋭い眼を持つ」「獅子のような髪……」「怠惰の限りを尽くす……変わり者」


【神は君が何者なのか知らない、君には誰も何も渡してなどいないのだから……】


 異世界経験がない少年。彼に能力など誰も渡していない。彼に武器など誰も渡していない。黒髪で獣のような鋭い眼光を持つ。寝ぐせで広がった獅子のような髪。怠惰を極める存在。


 神々の視線が日本の一人の少年へと降り注ぐ。


 ——なん……だッ!


 空を駆けていた少年は背中に何かを感じて慌てて地上へと急降下をする。それは都心の真ん中だった。その交通量の多い国道のど真ん中に少年は急ぎ着地した。急停止する車両。


「おい、アブねぇぞ!」「何やってんだ、クソガキッ!」


「……誰だッ!」


 大量になるクラクションと罵倒。一人の少年に降り注ぐ混乱。それでも気にせずに空を探し見る。視線を感じたものを捉えようと警戒を最大に高めている。


 空をかけていた際に感じたものを確かめる様に。


 その姿を前に神たちは笑う。その少年が何者でなくとも彼らは見ていた。


「……バグだわ」「バグだ」


 その少年の首を激しく振り彷徨う視線に合うと神々はにやける。


「どこで俺を見てやがるッ!」


【ここに我々はいるよ――】


 繋がらない世界で必死に神を探す様にあらゆる神の方向を向く彼に。


涼宮強すずみやきょう……】

 

 それは神にとっても特別な存在。神たちですら何も知らない。彼がなぜ強大な力を持っているのか。神から力を与えられずとも神に近き力を持っているのか。


【異質で特異な君を、我々はこう呼ぶ】


 それは普通ではない主人公。この世界で特別な存在。理由なき圧倒的な力を持ち、特異点と呼ばれる存在であり、それを諸悪の根源のようにとらえる者も多い。世界を変えたものとして推察されている

 

「そこカァアアアアアアアアアッ!」


異常者バグと】


 神々に向けて異常者は拳を力の限り振るう。それは空気を圧縮して飛ばす高速の弾丸――空弾エアブラスト。上空に向けて斜めに放たれる。ビルの屋上を掠め一部を破壊し神の見る画面へと迫るように飛んでいく。


「邪魔しやがって……うざってぇんだよ……」


 欠けたビルの一部と雲に空いた穴。クラクションを鳴らしていた運転手たちが口を開けたまま止まっている。確認し終えた涼宮強は、止めていた足を目的の方向へ向ける。彼が向かうのは彼女の為に他ならない。


 東京にいる彼女に被害が及ばないように栃木で全てを終わらせるつもりだ。


 そこに向かって彼は走っていく。この先が終焉に向かう世界だとも知らずに。


「だぁあああああ……」


 自分がどれだけ特別な存在かも知らずに彼は戦いに行く。


「メンドクセェエエエエエエエエエエ!」



《つづく》

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