第29話 ピエロを殺すか……助けるか……。

 櫻井の鼻に一筋の切れ目が入った。見事な抜刀術であり辻斬り。


「な……なっ」


 上体逸らしが無理やりだったために床に倒れているピエロは動揺。突発的な人斬りに遭遇すれば誰でも恐怖する。おまけにソレが自分が対象にされれば尚のことだ。


 俺は美咲ちゃんの弁当箱を持って、その楽しそうな光景を見守ることしかできない。なんて俺は無力なんだー!


「何しやがる、鈴木さん!!」

「さっちゃん……悔い改めなさいー!」


 玉藻が冗談ではすまない上段の構えを取った。真っすぐと天へ伸びる真剣。ツッコミどころが多いのが大変だ。さっちゃんって誰よ?


「ほわっ!」

「よけちゃだめだよー、さっちゃん!」

「真剣を振り下ろされたら誰でも避けるわッ!!」


 気の抜けた声と本気のツッコミ。新しいコントかなと俺は眺める。不思議なことに櫻井が辻斬りの対象になったとしても誰も助けようとしない。毎度のことのように華麗に皆がスルー。


 櫻井だからしょうがないと。


「えいっ!」「ぬおッ!」「くぬっ!」「へぇあ!」


 横に縦に振られる刀を紙一重で櫻井が避けている。というか、玉藻の速度が段々と低下している。玉藻にしてはめずらしく気合の入った俊敏な動きだったが、元に戻りつつある。


 アイツ……何かしてきたな?


「さっちゃん、お命ちょうだいー!」

「見てないで、誰か助けてくれぇええ!」

「おっ……」

 

 櫻井の叫びでやっと気づく。これは助けなきゃいけない場面かと。よく考えれば俺の親友が幼馴染に殺されそうな状況。櫻井が不幸すぎるせいで今の今まで気づかんかった。


 本当にピエロ過ぎる……。


「ここであったが百年めぇー!」

「俺が何をしたっていうんだー!」


 倒れ込んでいる櫻井に玉藻の日本刀がお命頂戴スマッシュをさく裂している。


 おもしろいからもうちょっと見てようか……。


「やめろ、玉藻……」

「強ちゃん、止めないで!!」

「ころ……殺される……この娘、本気! 俺に向ける殺気が本物の過ぎる!!」


 振り下ろされた直後に俺が玉藻の真剣を片手で握って制止しているが、櫻井曰くこれが本気の殺気らしい。デスゲーム出身のヤツがいうのだから玉藻は本気ということだろう。


 天然に人を殺そうとしたら、もう凶悪犯罪者だよ、玉藻さん?


「お前は人をあやめる気か?」

「さっちゃんは悪いヤツなの! だから殺さなきゃいけないの!!」


 悪い奴と言われれば、否定しがたい部分が……。


「強ちゃん、頼む。この殺人鬼から俺を助けてくれ!!」

「誰が殺人鬼ぃー!?」


 お前だと言いたい……。両者とも的を射ている。


「玉藻……話が見えない。櫻井が悪い奴なのは間違いないが、殺すほどの価値もないと俺は思うぜ?」

「強、お前はいつもそうやって庇っているフリしてディスる!! 俺が悪い奴なわけないだろう!!」

「強ちゃんにとってさっちゃんは害悪な存在なの!! ここで殺しおかなきゃ!」

「害悪……?」

「なんだ、その眼は!! お前は俺を助けに来たんじゃないのか!?」


 助けて欲しい奴の言葉らしからぬ。助けられて当たり前と思われるのも釈然としないものだ。こういう時は何でもあげますから村人スタイルで来て欲しい。多少やる気が違くなるものだ。


「俺とお前は友達だろ……俺たちダチじゃんよ、強!」


 泣き落としか……仕方ないと俺は玉藻の真剣を取り上げる。確かに櫻井とは友人であることは間違いない。害悪であろうとも不幸であろうともピエロであろうとも友は友だ。


「玉藻、お前の言い分も分からないことはないが勘弁してやってくれ」

「強!」

「強ちゃん、騙されないで!!」

「騙される……?」


 どうにも玉藻が必死なのも気掛かりでしょうがない。害悪であり騙される?


「俺がいつ強を騙したというんだ!! 俺が友を騙すわけないだろう、鈴木さん!?」

「さっちゃん、しらばっくれるのも終わりだよー! 私は全部知ってるんだから!!」

「鈴木さん、さっちゃんって呼ぶくせに殺そうとするのはどうかと思うんだけど!」

「さっちゃん……」

 

 櫻井だからさっちゃんか。さっちゃんと聞くと歌いたくなる。


「さっちゃんはね……幸が薄いんだ、ホントにね……」

「本当のことをいうのはやめろ!!」


 櫻井と玉藻の口論を終わらせるように


「セイセイ、セイ―!」

「ん?」

 

 謎の性別が近づいてきた。


「櫻井が諸悪の根源だったことは明白」


 何かすべての事情を知ってそうな雰囲気に誰もが目を向ける。何か探偵のような帽子をかぶって衣装チェンジまで決めている。


「その事実をわたくし、ミキフォリオが白日の下にさらして見せましょう!」


 お昼休みの教室。段々と時間が取られていく。教室中がこの茶番劇のせいでおひるごはんを中断していた。早く、美咲ちゃんの弁当が食べたい……。




《つづく》


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る