第28話 因果おう……ふぉぉおおおおおおお!

 一寸先は闇――街に街灯などなかった時代、夜の暗闇を照らすものがなければ真っ暗闇で目の前が見えない状況だった。暗闇では3cm先という短い距離でありながら何もわからない様子を言葉にしたもの。


「一寸先は……闇ッ!!」

「そうだ、クロミスコロナ……」

「なんかカッコイイ!!」

「猫より闇の方がカッコいいだろう……おまけに一寸という云い方も美しい!」


 櫻井は言葉に酔いしれた。強もうむうむと頷く。クロミスコロナは目を輝かせる。言葉の響きに感銘を受けた。一寸が何かを彼女は分かっていないが感銘を受けた。一寸とは約3.03cmのことである。


「まぁ……確かに日本語ですわね」「……そうでふね」「小泉シャン?」「うーむ……そう言われればそうかも」


 クロミスコロナ以外は反論の余地を見いだせずにいる。未来は分からないと限定されてしまっているからである。実際問題は違う内容の話。小難しそうななんとか学と江戸のバカの言葉が一緒でないことを願う。


「バタフライエフェクトなどと言わなくていい」

「それは、なに、なに!」


 クロミスコロナの食いつきが良い事にピエロは満足げ。未来は幾つもの事象が重なって決まる。これを日本語に直すだけである。櫻井は簡単だと言わんばかりに口を開く。


「風が吹けば桶屋が儲かる」


 何か事が起こると、めぐりめぐって意外なところに影響が及ぶことのたとえである。


『風が吹くと土ぼこりがたちそれが目に入ることで盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとするので三味線の需要が増える。三味線には猫の皮が張られることで猫が減る。猫が減るとねずみが増えてねずみにかじられる桶が増えることから、桶を売る桶屋が儲かって喜ぶ』


 まるで関係がないような事象がいくつも関わり結論に至る恐ろしい文法。最初の盲人が増えるあたりがヤバイ。砂が目に入るだけで昔は失明していたのだろうかと恐怖を覚える。もはや、毒に近い。


「す……スゴイ!」


 だが、異世界人であるクロミスコロナは驚いた。聞いたことがある言葉。内容を風が吹いたら寒いから銭湯屋が儲かると勘違いしているがバタフライエフェクトよりとっつきやすいように感じている。意味が分かりやすい。


「ことわざ……でふね」「櫻井の言う通りかもしれない……な……」「小泉シャン!」


 二キルマーシェは心揺れる小泉に強く呼びかける。異世界で聞いたさいに感銘を受けた言葉がピエロによって塗り替えられる。二人の想い出が書き換えられていくのに慌てている。

 

 だが、そんな二人の思い出などクソほども感じずに


「そうだろ、そうだろ……こっちの方が日本人っぽいからな」


 ピエロはドヤ顔を浮かべる。

 

 どこかの偉い学者の言葉などなくても語れるのである。横文字などなくても日本語で全て表現が可能なのである。それをカッコつけているのが気に食わないとピエロと強は言っているのである。


 だが一人だけ異論を唱える。


「ラプラスはどうするんですか……」

「サエミヤモト、お前ともあろうものが分からないはずもないだろう?」


 三つ編みメガネである。外見からして文学少女である彼女を試す様にピエロは嗤う。国語の成績がいいこともピエロには分かっている。このマカダミアでヤツが知らない情報などほぼ皆無である。


「……未来は決まっている……ですか」

「そういうと分かりづらい。ラプラスの悪魔をちゃんと知っているやつであれば分かる」


 サエミヤモトは静かに田中を見たが田中は首を振る。櫻井が出す答えはまだ予想がつかない。その姿に愉悦を覚えるはピエロ。そんなことも分からんかと口角を釣り上げる。


「過程があって結果がある……因があって果てがある」


 だからこそピエロは得意げに語る。


因果応報いんがおうほう


 ラプラスの悪魔とは全ての出来事はそれ以前の出来事のみによって決定されるということである。それは原因があってこそ結果を招く。それになぞられた言葉。


 ピエロは勝ったと言わんばかりに両手を広げ、目をつぶって天を仰ぐ。


「一寸先は闇……」


 自分で唱えた自説を気持ち良そうに反芻する。それは正に言葉通りだった。


「タマ、補助魔法バフはかけ終って万端だよ!」

「行ってきます、みっちゃん!」


 未来のことなど誰にも分らない。数秒先の未来がどうなっているかなど誰も分からない。三学期の始業式と同じように白装束を身にまとった天然少女が日本刀を持って廊下から教室に入ってくるなど。

 

「風が吹けば桶屋が儲かる……」


 教室を最短で一直先に敵目掛けて駆け抜けていく。悪い風が吹き始めている。しかし、これは全てが繋がっている。強への愛情が強すぎるが故に嫉妬が膨れ上がった。強と離れた一年間に強が悪い人物になっていた。それを時政宗から聞いた。


【全て櫻井が企んだことだと】


 だからこそ、少女の日本刀の柄を握る手に力が入る。


 それに気づいた強は静かに美咲の弁当を持って席を外した。田中達も教室の騒がしさに気づき慌てて昼食を避難させる。一人の少女がこちらに切り込んでくるのだ。補助魔法をかけた身体能力を全開にして特攻してくる。


 気づいていないのは……


「因果応報……」


 気持ちよさそうに自分に酔いしれているピエロのみ。


「さっちゃん……お命ちょうだい……」


 彼女は手を広げるピエロの前で抜刀の構えを整える。腰を入れて中々堂に入る。日本刀を持つ姿も中々に似合っている。白装束ようのポニテ―ルが勢いで揺れる。溜めの体勢に入ってとどめを刺す気だ。


「リピートアフター、ミー……」


 まだピエロは自分に酔っている。


「レッスンワン、一寸先は闇」


 目を瞑っているピエロは暗闇にいる。その一寸先に抜身の刃が迫っているとも知らずに。完全に顔面を狙って切りつける狂気の女がいるとも知らずに。


「レッスンツー、風が吹けば桶屋が儲かる」


 これは櫻井が招いた不幸。まさに何かすれば必ず不幸に見舞われる男。櫻井が動けば不幸が炸裂する。それは周知の事実。まさに風が吹けば桶屋が儲かる理論亜種。


「レッスンスリー、」

「覚悟ォオオオオオオオオオオオ!!」

「因果……おう?」


 ——覚悟とは……ッ!?


 玉藻の叫び声でようやく気付く櫻井が薄眼を開けて気づく。眼前に光る抜き身の刀身。殺意を纏った少女の一閃。補助魔法で強化された魔法少女の会心の一撃。


 ノーガードで喰らう訳にはいかない。


「フぉッォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 櫻井の悲鳴が響き渡る。慌ててのけ反り間一髪、突進を交わすのがやっと。鼻先を掠める刃。目の前を磨き上げられた日本の名刀が通り過ぎて行く。あまりに磨き上げられた鋭き刃。見るからにわかる。切れ味がヤバそうだと。


 名刀――【長曽祢虎徹ながそねこてつ】。


 国宝級の一品であり時政宗の日本刀コレクションのひとつである。ミリマイクロ単位での手入れがされている。その切れ味は抜群である。ちなみに玉藻は時に内緒でコレクションを勝手に持ちだしている。


「チッ……仕留めそこなったあー!」


 これはピエロが招いた結果。因果応報である。


 

《つづく》





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