第27話 『シュレディンガーの猫』を日本語で
人は危ないやつを見たときどうするのが正解か?
「ハァハァ……ハァハァ……」
息を切らすほど熱くなって意味の分からない発言を繰り返す狂人を前に誰もが考える。一つは宥めることである。
「櫻井……落ち着くでふよ」
「アァン!」
失敗である。宥めようとしても逆効果であり火に油、糠に釘。田中の行動により一手目が封じられた。強以外のメンバーは考える。他の手は何か残っているだろうかと。
二つ目の手は――
「櫻井、貴方何を熱くなっていますのッ!! たかだか言葉一つで!!」
より高い熱を持って上から潰しにかかる。それを人は威圧という。金髪貴族の大人びた風貌からの威圧は中々のものである。伊達にお母さん的ポジションではない。
「たかだかだ……とても重要なことだッ!」
しかし、怒り狂うお父さんを止めるものはない。お母さんは封殺された。長男とお母さんが封印され路頭に迷う子供たち。なんとなく一回かかっていったら次は参加できない雰囲気がある。
二キル嬢がこれでもかとオロオロする。
「チョロチョロすんな! 二キルマーシェ!!」
「ひゃうん!」
三つ目の困った幼女による愛嬌で乗り切る手も不発。彼女が心に傷を負ったことはいうまでもない。元奴隷なので怒鳴られると委縮してしまう。同じくサエミヤモトも引っ込み思案なのでつられて封殺。
残るはクロと小泉のみ。
「櫻井くんの言い分をみんな聞こう!」
脅えた二キル嬢を抱きかかえた小泉は賛同を呼び掛けた。ヒロインが脅されたのに意外とチキンな塩顔。出来れば痛い目に合わせてあげて欲しいが目が血走っている狂人は何をしでかすか分からない。
「言い分じゃねえ……お前らへの説教だッ!!」
しかし、単語を間違えたことにより撃沈。残るはクロさんのみ。いちばん頼り無い末っ子が残ってしまった。クロさんは考えるのを止める。場の流れに身を合わせる。涼宮強と静かに目を合わせた。
何か通じ合うやる気のない目線と目線、シンパシー。
「櫻井は……怒っている」
「そうだ、俺は怒っている!!」
「櫻井が怒っているのはみんながだらしないせいッ!」
「そうだ! お前ら……特に田中と小泉だッ!!」
クロさんはどうでもよかった。櫻井が何に怒っているのかも興味はない。しかし、メンドクサイ。だからこそ彼女は櫻井に合わせた。田中と小泉が驚いた目でクロミスコロナを見つめる。彼女の立ち位置がこの流れで変わった。
二人は思った……寝返ったと。
「櫻井、不甲斐ないこいつ等に言ってやって欲しい!」
「まかせろ、クロミスコロナ!」
二人は思った……完全に涼宮強のポジションと同化している。
クロミスコロナは空気をよんだ。
「何がいけないのか……まだわからんか?」
「……申し訳ないでふ」
田中は謝った。理不尽すぎるが謝った。
「小泉は?」
「分かりもしない知識を……使ってすみませんでした……」
小泉はそれっぽく謝った。理不尽に負けて謝った。
「何が重要か……お前らは日本人だ」
櫻井の言葉に皆が耳を傾けた。嵐よ早く過ぎ去れと。この執念深い男に不幸があとで訪れる様にと願って耳だけをかした。
「日本人でありながら……シュレディンガー、バタフライ、ラプラス……」
櫻井が怒っている理由はとても下らないものだった。それだけで良く人を怒れると誰もが心で思って目を伏せることになる。
「日本人なら分からない英語より、日本語使え!!」
涼宮強は頷いた。これが櫻井と強が叩きだした答え。彼らが高校一年のやさぐれ時代の無駄な討論が生む出した悪魔の産物。執念深き漢たちの一般転生者への復讐劇。
「どうせ論文のひとつも読まずにウィキ、ウィキウィキ、ウィキィイイ!」
クロさんは心の中で、二木ゴルフの歌を思い出した。
「お前らは馬鹿の一つ覚えでウィキペディアだ。あきれてものも言えない」
優等生たちは説教されているフリをした。聞いているフリをした。クロさんが出した答え、同調が正解であるならばと。彼らは心を殺す。
「そんな難しい単語じゃなくても言えるだろッ! 小学生でも言えるわ!!」
頭のいい狂人ほど手に負えない。サイコピエロは解説に入る。
「未来が分からない……日本語でいい言葉があるだろう!! 田中、小学生レベルの言葉だ言ってみろ!!」
「………………」
田中は黙った。答えが思い浮かばない。櫻井が求めている答えが何かわからない。だからこその沈黙。するとその態度が気に食わないと言わんばかりに胸倉を掴まれた。
「沈黙っていうのは……デスゲームだったら殺されてるぞッ!」
「すまんでふッ!」
櫻井さんの強い実体験が籠った言葉に気圧された。デスゲーム出身者の言葉の重みが違った。小泉は次は俺かと震えた。田中同様に答えが分からない。その姿を殺気の籠った眼で見下ろす櫻井。
「これだよ……お前らの無知さが如実に表れている……ッ!」
もはや狂気である。心地いと思っているのは涼宮強ぐらいである。オーソドックスなメンバーではこのレベルの変態には付いていけない。櫻井の怒りは留まることを知らない。
「未来は分からない……簡単だ。至極簡単な言葉だ」
スパルタ教育櫻井先生は呆れたと言わんばかりに田中の胸倉を突き放す。そして侮蔑を込めた瞳で田中を見下ろす。
「一寸先は闇!」
櫻井先生曰く、シュレディンガーの猫
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます