第13話 『信じた』結末は最悪で絶望の終わりを探す旅を

 これはが十三歳の時の物語。救いようのない、絶望の物語。


 彼は異世界に転生され過酷なゲームに強制的に参加させられていた。


 それは騙し合い殺し合うゲーム――デスゲーム。


 彼は普通の異世界とは違った。冒険などはない。伝説の武器や防具などない。そこらへんに魔物などもいない。ただ人がいるだけ。人が人と対峙する世界。


 次々と仲間だったものが裏切りを謀り誰が仲間かもわからない。


 そしてゲームマスターと呼ばれる存在が彼らにゲームをさせていただけ。


 その世界で、


 彼は年が近い女の子と傷をなめ合い、その過酷な世界を生き抜いていく。


 見るもの全てが疑わしく、誰一人信用できなかった。


 それでも、敵をあざむき、能力を隠し、状況を打開し、もといた居心地のいい世界に帰ろうと執念を燃やした。クリアすることで帰れると思い込んでいた。櫻井が勝つたびに人が死んでいく。


 仲間だと思っていたものが裏切り、


 仲間が殺される。


 共食いに似たような光景。


 それは競争社会の縮図に似ている。負ければ死ぬだけで立ち止まることも許されない。日が経つと勝負の場に立たせられる。

 

 閉じ込められた世界で逃げようとしても叶わない。


 戦う意志がないものは屍になるしかない。


 そんな世界を幼い二人は最後まで生き抜くことを誓い最終局面を迎えた。


 櫻井は望まぬ能力を手に入れてしまう。


 ≪心読術しんどくじゅつ≫という名の力を――触れたもの心を読み真実をあばく能力を。


 騙し合いの中では有用だった。


 しかし、それは彼の心をむしばむものでもあった。


 人の本心など気軽にのぞいてはいけないものだ。


 人の心を見るということは残酷なことになる。誰もが心が綺麗なわけもない。現実には聖人君主など存在しない。そこにあるのは欲にまみれた鬼の住処。彼が触れるものは人の大罪に近い。


 だからこそ――


 人心の闇を、猛毒を食らうことになる。


 その毒は気付かない内に心にみ込み消えない業火となる。内側からじっくりなぶる様に存在を焼き尽くす。人の内に飼う悪魔と幾度となく対峙する。人が善である存在と信じたい気持ちとは裏腹に彼が能力で積み上げた勝利が現実を突き付ける。


 人は誰しも悪魔を飼っている。


 彼が信じた少女でさえも。


 心に悪魔を飼っていた。


 彼女も彼を利用してでも自分が最後まで生き残ることだけを考えていた。


 最後で裏切りを画策していた。


 彼は能力ゆえにそれを知ってしまう。


 絶望の底に落とされていく――


 信じられないものが溢れた世界で唯一信じた者が嘘だと知ってしまったのだから。誰も信じられない世界でずっと二人で力を合わせて戦ってきたのだ。支え合ってきたかけがえのない存在だったのだ。


 絶望の世界で唯一信じたものだったのだ。


 能力のおかげで最終局面まで打開できた。


 その事実と理想が彼を板挟みにする。


 どちらの現実を受け入れればいいのか……悩み苦しんだ。


 彼女と戦うことが怖くて仕方なかった。


 触れた先から違う声が聞こえる。


 聞きなれた声でも性質が違う。


 目で見て、耳で聞き、


 光の部分を味わい温かい心が触れ合う。


 なのに――


 端から能力で闇に喰われていく。


 受け入れることが苦痛でないわけがない。信じていたものが汚れているなどと思うことが辛くないはずがない。どうしようもない世界で彼の心を幾度なく支えてきたのが彼女というヒロインの存在だったのだから。


 業火はじっくり時間をかけて櫻井の心を蝕んでいく。


 だが、待ってはくれない。


 苦悩と苦痛の決断を迫る時が来る。


 彼女を信じるのか能力を信じるのか、


 彼女を殺して元いた世界に帰るか、


 彼女の為に死ぬのか……。


『愛した人を裏切って殺す』か、


『愛した人に裏切られて死ぬ』か、


 という毒が彼という存在を侵していった。


 心が悲鳴を上げることもなく薄汚れていく。


 迷いという形で彼を揺さぶる。


 どちらを信じるのかと――試す様に。


「はじめ、アタシを信じて」


 二択を迫るように二人の前に扉が二つあるだけの部屋。


「そっちに進めば貴方は助かるわ」


 扉の前でヒロインは分岐の選択を促す。


「貴方だけでも助かって欲しいの……」


 優しい声で疑惑に染まった未来を提示する。


「私はそれ以上は望まない」


 少年はそれを黙って受け取る他ない。


 悩みに悩みぬいたが、十三歳で出来る決断ではなかった。


 誰かを殺して不幸になるか、誰かに殺されて不幸になるか。


 そんなもの選べるわけもない。不幸な世界が押し付ける二択。


 絶望の二択――何一つ救いなどない選択。


 それでも、


 彼女の『貴方だけでも助かって』という言葉が彼を決心させる。


 彼は覚悟する――自分の死を。


 少女の言葉を信じた。


 少女を信じることに決めた。


 少女を救うこと願った。


 なぜなら、


 少女を心の底から愛していたから。


 己が能力を疑い己が死を覚悟し受け入れて、ただ信じ抜くことを決めた。


 一点の曇りもなく純粋に『信じた』。


 それゆえに生まれた選択肢。


 不幸な未来を作り変えるために彼は『幸福こうふく』な選択を作り出す。


 ――選びぬいて出した選択はひとつ。



 彼が苦しんで苦しみ抜いて選んだ光明。


 どれだけの絶望の中にあろうとも希望を掴み取ろうと十三歳の少年は出来得る限りの夢を描いた。その世界で見たものを否定するように、薄汚れた人間の価値を否定するように、彼は命を使って希望という光を絶望の世界に描こうとした。


 しかし、その光が指し示す道は、


 希望の光などではなく、


 救いようのない絶望の闇をもたらす――


 意図しない事故だった。


 想像もしていなかった。逆の結果を招いた。


 そうなることを考慮していなかった。





 彼が生き残り少女の死を招くという未来を。



 求めた未来こたえと違う結果が絶望を招く。


 偶然の産物でしかない第四の選択肢。


『彼女を裏切って、彼女を殺した自分が助かってしまう』


 最悪な未来への切符を掴まされてしまった。


 櫻井がその未来に気付いた時にはすでに遅かった。もう間に合わなかった。


「ウワァアアアアアアアアアアアアアア!」


 焦げ臭いにおいが鼻腔をつく。眼前で消えない業火に焼かれていく最愛の人。彼は悲痛な叫びをあげる。彼女の最後の断末魔の叫びを聞きながら、櫻井はその声をかき消すように叫び続けた。


「アアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 彼の絶望の選択肢の先にあった答え。

 

 彼が異世界で長き旅の果てで得たもの。


 残ったのは黒く焼け焦げた人だった。


 愛したものの変わり果てた姿だ。


 表情は無くなりただ身を横にして干からびた焼死死体。


 それが異世界での冒険で彼が最後に手に入れた絶望。


 彼女の成れの果てと壊れた自分だけが取り残された結末に他ならない。


 体中の水分が全ての絶望を必死に洗い流そうとするように涙を流し続けた。


 床に嗚咽をぶつけひたすらに拳を打ち付け頭を打ち付けた。


 骨が砕けてもいいからと。


 血が砕けてもいいからと。


 悪夢なら醒めてくれと。


 だが、消えない。彼女がそこにいる。違うんだ、違うんだと何度も否定した。自分はこんな結末を望んだわけじゃない。救いを願ったのに絶望に落とされることに慣れたわけでもない。騙され続けてもいいと思っていたのだ。


 それでも純粋に誰かを信じられたのならと。


 そんな『主人公』になりたかっただけだったのに。


 絶望しかない世界から、



 ヒロインを救いたかっただけなのに……


 それは消えることのない罪として彼の胸に刻み込まれる。


 彼の心と生に――


 残酷な結果に泣きつかれ顔を腫らした。目元が膨れ上がり唇は干からびた。鼻水が流れた線が渇き彼の皮膚に不快感を残す。拳は皮膚と肉が剥げて骨が浮き彫りになっていた。


 そして、望まぬ時は訪れる。


 すべてが終わり選択権を選ぶうすっぺらい画面が彼の前に現れ、決断を迫る。


 空中に浮かぶウィンドウに選択肢が二つだけ表示された。


『1.現実世界に帰りますか?



 2.ここに残りますか?  』



 生き残り世界に帰る選択を迫られる。


 彼は迷わず帰路を選択する。


 明るい未来を夢見て、願いを託すように、


 犯した罪から逃げるように――。


 彼は現実世界に戻ることを決断した。


 白い光に包まれ目を開けると街には明かりがあり、


 空は暗いが雪が降っていて肌寒い。


 彼はボロ布を一枚まとっているような薄着で裸足の状態だった。


 ——だ…………帰るんだ…………帰るんだッ!


 彼は格好など気にせずに冷める体を温める様に全力で走りだした。


 何もが優しく温かったわが家へ向かって。優しい両親が待つ家に。


 幼い少年は傷ついた心の底から安息を求めた。白い息を切らしながら痛みが足を止めようとしてもアスファルトに熱が奪われ足が凍てつき皮膚がくっつきを剥がそうとも止まることはなかった。


 救いを求めてその小さな体を、足を必死に動かした。


『これでやっと、やっと、解放される――』


 口は願いを呪文のように繰り返す。


 もはや絶望を繰り返しみた精神は壊れかけていた。一年も殺し合いをさせられていたのだ。それも異世界の人間とではない。現代の人間たちと、同じ時代を生きる者たちと。


『帰るんだ……家に帰るんだ……!』


 好奇な視線が降りそそれがれようとも気にも留めなかった。アスファルトに血の跡を残して彼は進んでいく。目的の場所に着けば、すべての苦しみがなかったことになるようなそんな気がしていた。


 幼いが故に残酷な結末を受け止めきれなかった。


 異世界はもっと素晴らしいものだと思っていた。自分を成長させてくれるものだと思い込んでいた。ヒロインを殺すなんてことは主人公がするはずがないと。そこはもっと美しくて愛おしいものが存在する世界だと。


 だが、見たものが違いすぎた。


 それらすべてが家に帰れば嘘になる気がした。


 それは逃避だったのかもしれない。


 でもその場所にたどり着ければ。異世界に呼ばれたことなどもすべてがなかったようになると自分自身へ盲目に信じ込ませて走りぬけた。現実に戻れば何事もなかったのだと思えると。


 街をただ何かに願い縋るように小さい身で駆け抜けた。


『なんだよ……これ』


 止まるはずのない希望に向かっていった足が止まった。


 彼の足はそこで減速し立ち止まざるえなかった。


 止められたというに近い。


 彼が着いた時そこには侵入を拒むように黄色のテープが張りめぐされていた。


 それは黒と黄色のストライプで警告を発している。パトカーのランプが赤く不気味に夜を照らす。自宅の前に私服の警官が二名立っている。


『なんですか、これは――』


 彼は疲れた体を動かしテープをくぐり抜け警官に尋ねる。ボロきれを纏う不思議な少年の死にそうな声に警官は耳を動かした。


『君は……?』


 櫻井の顔を見て何かにはっと気づき、警官が資料を取り出し情報を確認する。


 すぐさま彼に近寄り手をつないだ。


 それが愚行だった――何も知らぬが故に愚かだった。


 望まぬ能力ゆえにすべてをさとらせる。彼に残酷な結末を。


 終わることがない絶望の世界を。異世界も現実も変わらないということを。






 異世界から来た魔物によって――


 

  


 





 自分の望んだ世界はどこにもないことを知った。帰るべき場所はないのだと知った。数え切れないほどの命を奪った代償だと言わんように。お前は救われていけない存在なのだと言われた気がした。


 異世界で殺し合いをしていたら何もかもを失った。


 望みは絶たれた。


 何もかもを、小さな救いさえも失い目の前で奪われていく。


 希望は完全に断たれ体から糸が切られたように力が抜けた。


 感情が冷えて死んでいく。人形の様に固まってしまった。


 そんな彼には聞こえる。


【この子はこの先どうなるのだろう】


 ――心の声が聞こえる。


【身寄りもなくて、生きていけるのだろうか?】


 ――生きていてはいけないのなら、


 彼はその心の声に返した。




 ――生きていくのが罪だというのなら、




「死ねばいいの――?」




 幼い少年の感情を失った冷たい声と人形のような無表情が鋭利な刃物の様に突き刺さった。子供が出す圧力に押し負け大人が硬直させられる。


 警察官であるがために何か言わなくてはと焦り、


『な、なにを言ってるんだ、君は!?』


 子供相手に慌てて声を荒げてしまう。


『子供相手に何やってんだッ!!』


 その恫喝するような声に慌ててもう一人の警官が彼に触れる。


『大丈夫だから』


 笑顔を作り優しい声を出す。


『心配しないで……ね』


 嘘に染まった優しさを。


【気味が悪い子供だ。早くどこかの施設に預けよう】


 触れる先からチグハグな声が流れ込む。


 偽りであり裏切り。


 彼にとっては相手の笑顔が怖い。


 何度も騙された。信じて裏切られた。


 人が、未来が、絶望が怖かった。


 恐怖に狂った少年は涙をこぼしながら薄気味悪い笑顔を浮かべる。


 自然と笑い声がこみ上げてしまった。


『はは、はは、はははは――』


 高らかに空に嗤い狂っていく。


 望まぬ能力が故に業火に焼かれ気が狂っていく。


 彼は薄気味悪く笑いながら心の中で悟った。


 ――ここもあちらと変わらない。


 ――何も変わらない


 ――嘘つきばかりだ。


「ちょっと待ちなさい!」


 警官の手を振りほどき、彼は走り出す。


 全てを失くして行く当てのない旅を始める。


 絶望の終わりを、自分の終わりを、


 探す旅を始めた――




≪つづく≫

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