第23話 嘘っぱちです……
俺は田中達と別れてある場所に来ていた。
「変わってねぇ……懐かしいな……」
目の前に広がる大きな坂道。ここを幾度となく駆け抜けた、俺の愛する神さまと一緒に。受験の話をしたせいでもある。なんとなく昔のことを思い出して足がココに向いた。
「……」
静かにその坂道を歩いていく。一歩一歩、歩くたびに何かを思い出す様に。
——あの時、強を死ぬほど憎んでいたんだっけっか……
それが俺の始まり。アイツを殺すために俺は強くなりたかった。俺にどん底の不幸を見せた元凶。俺から全てを奪った根源。そして俺の生きる意味になった男。
「アイツのせいで俺の全部は変わっちまった……」
あの時どうしても許せなかった。全部のことが、この絶望の全てがアイツに繋がっていると思うとどうしようもなく殺意が湧いてしょうがなかった。
刺し違えてもいいと思えるほどに。この命と引き換えにアイツの命が奪えるならそうでもいいと――。
そして、その後で俺は考えるようになった。アイツにも同じような絶望を味合わせてやりたいと。アイツの全てを奪いどん底まで堕としてやると。だから、アイツが俺を最大限信用した時に裏切ってやろうと考える様になっていた。
「もう着いちまったか……」
俺は坂の頂上から下を見下ろす。街灯がチカチカと点滅する暗闇。嘗ての幼い自分の陰を映し出す。どんな顔をしてこの坂を登っていたか。どんな気持ちでこの道を歩き続けたか。そう強く思い出しイメージをするように。
今ではこの坂を苦だと思うことも無い。
「あの時から随分と時が経ったもんだな……」
そして、別の過去を探す様に俺はまた別の場所へと移動をした。
「ギルド祭か――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……」
私は食卓で一人食事を終えた。珍しくもあの兄が外食。学校の友達と食事をしてくるなど予想もしていなかった。電話を受けた時は普通を装ったが内心動揺したのはいうまでもない。
食器を持って台所に向かう。
一人分の食事の準備は楽だった。けど、どこか不思議な感覚もあった。誰かのためにではなく自分の為だけに作る料理。それは私の日常にないものだった。異世界でも昴ちゃんがいたから。
「楽そうでいいか……」
台所に置いた食器は一人分。いつもよりも少ないから楽だと思えるけど、どこか空しさがある。思えば料理を覚え始めたのも両親が旅に出てからだった。
十一歳の時から頑張ってきた。
あの頃を思えば自然と体が動くようになった――。
「静かだな……」
私一人だけの家。静かな上に広く感じる。家族がいないだけなのに。
両親が居なくなったとき幼い私は泣きじゃくった。けど、両親に私の声が届くことは無かったんだと思う。もうすでに父と母は別れも言わせず遠くに居たから幼い私の声が聞こえるわけもない。
だから、私は近くにいる兄にあたり散らす様に泣いた。
家族が私を置いて遠くへ行ってしまったのがやるせなかった。父と母に事情があるのかもしれないけど、それを簡単に受け入れてしまえば、家族で自分と云う存在がとても軽いものになってしまう気がして。
あんなに愛されていたはずなのに、
嘘になるのがイヤだった……。
悲しみに暮れているある日何気なく見ていたテレビがキッカケだった。旦那さんが家に早く帰ってこないという時にお嫁さんがおいしい料理を作ってあげればいいのだとやっていた。家においしい料理があれば帰ってきたくなるのだと。
幼い私はこれだと思った。
おいしい料理を私が作れば父と母も帰ってくるのではないかと――。
それから料理を頑張った。元から私には不思議な力があった。見れば構造がわかる。どんな調味料がどれだけ入っているのかわかる。それでも失敗した。
分量だけではダメだった。工程が必要だった。
どのタイミングで調味料をいれなければいけないか。どれぐらい火を通したほうがいいのか。火が通りやすいように具材を切らなければいけないとか。料理は私が当初思ったより奥が深かった。食材の選び方だって一筋縄ではいかない。
いい食材を毎日備えるほど裕福でもない。それでも私はめげずに頑張った。
私がおいしいものを作ってあげれば、私がおいしいものを食べさせてあげれば、変わるんじゃないかと思っていたかった。いつか私のおいしい料理が家族みんなを元に戻してくれると。
「料理が美味しければとか……」
いま美味しい料理は作れるようになった。誰にも負けないとも思える。
だから言いたくもなる……
「嘘っぱちじゃん……」
食器を洗い終え手拭きで水を落とす。私は珈琲を片手にテーブルに戻る。
誰もいないから静かなのにそれが落ち着かない。いつもは邪魔な兄。それでもいないと私は落ち着かない。一人はイヤだ。私は私の為に何かをするのが好きじゃないみたいだ。自分の為に料理を作るのも、自分の為に食器を洗うのも、好きじゃない。
誰かがいないとイヤだ……。
「こういう気持ちなのかな……」
これがあの人と同じ境遇なのだろうかと想像してみる。
一人だけの家に家族がいない。あのマンションの部屋に帰っても一人。けど、私とは違くてそれがどうしようもなく当たり前にならざる得ない。だって、あの人は父と母には会えないのだから。
「先輩は……」
珈琲を一口飲んでカップを置く音がリビングに響く。
『美咲ちゃんはいいお嫁さんになるよ』
「嘘っぱちです……」
貰った言葉は何の意味もない。私は机に突っ伏す。好きだからこそ想像してしまう。それがダメなことだと分かっていても兄がいなくて静かだからこそ。一人でいると意外と私はダメな子。
誰かの為にありたくても誰にも選んでもらえない子。
「美咲ちゃん、ただいま~!」
玄関の方から何やら嬉しそうな声。ささやかなアンニュイな時間も終わり。私は帰ってきたかと席を立ちあがって玄関まで兄を迎えに行く。友達と食事が出来たのが嬉しいのかニコニコして立っている。
その顔をみて何かほっとしてしまう。
まるで子供のような兄。良い事があったと言わんばかりの表情。
「美咲ちゃん、お兄ちゃんがいなくて寂しい想いさせてごめんね!!」
アホな兄の第一声。笑いそうになる。
「別にいいよ」
本当に私の兄だ。私は兄がいないだけでどこかダメになってしまうのかもしれない。このダメ男の世話を焼かなければいけないと気を張ってるのが私の日常だから。
兄は私の前にコンビニ袋を突き出した。
「お詫びに肉まん買ってきたよ!!」
「ありがとう」
お詫びの肉まん。訳も分からないが兄らしい。私の事を想って帰ってきた証拠。私はそっと前に出て兄の手からお土産を受け取る。
「お兄ちゃん……」
私の顔が歪んでいく、鼻の先が引くつく。なんとも形容しがたい匂いがする。
「クッサっ!!」
「えっ……」
動物クサイ匂い。それに油臭い。
何をして来ればこんなに匂いになるのか!?
「早く着替えて洗うから!!」「……」「何してきたの!?」「……ラーメン食べた……」「ラーメン……豚骨っぽいけど、臭すぎッ!!」
兄は申し訳なさそうに頭を軽く下げた。しょうがないなーと私は声を上げてコンビニ袋を片手に洗濯機の方向を指さす。明日も着なきゃいけない制服が臭いのは良くない。
「制服脱いだら洗濯機に入れて蓋をして! すぐに洗ってあげるから」
「ハイ!!」
兄は景気よく返事をして洗濯機の方へと向かっていく。
「さてと……」
私はコンビニ袋をリビングのテーブルに置いて腕をまくる。いつも通りの私に戻らなくていけない。世話のかかる兄の面倒を見る出来た妹へと。
「明日までに乾かさないと」
ダメな兄の家政婦なのが、私の家族の在り方だから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれ……久しぶりね……」
「どうもっす」
誰もいない病院の待合室。そこで受付嬢を前に俺は話しかける。
「随分と立派になったわね……」
「まぁ、あの時に比べればですよ」
成長した俺の姿に何か涙ぐんでいる。まぁ来ている制服も立派っちゃ立派か。
あの時から二年近くも経つのだから。
「やせ細ってみてて可哀そうなくらいだったのにね……」
「いまじゃあ、平均体重よりもちょい重いですよ」
「そんなに細いのに」
「こう見えて着やせするタイプなんで」
俺の饒舌にクスクスと笑う受付嬢。俺もそれに微笑んで返す。
「随分とおしゃべりも上手くなったのね」
「あの時は何も喋れなかったですからね」
「いつも銀髪の人に手を引かれていたものね。あの人は元気?」
「銀翔さんは元気っすよ」
世間話を終えて俺は受付嬢へと本題に入る。
「戻ってきましたか……?」
俺が静かに聞くと受付嬢は首を横に振った。答えはNO。戻ってきていない。
「連絡も未だにない」
「そうっすか……」
受付嬢の言葉に俺は静かに目を細める。会いたいけど会えなくなる。そんなものがありふれている。俺はクルッと回って受付のカウンターに肘をかける。
「もう、そろそろクビになります?」
「さすがにね……もう二年だから。休職扱いにも限度があるし、春の人事で発表があると思う」
「そうっすか……」
俺はカウンターにかけた肘に力をいれて受付から離れた。
「ありがとうございます」
言いたかったことがあるのに何も言えないまま会えなくなる。そんなものは何度も味わってきたのになれることはない。けど、死んでのではないとどこか淡い期待を持って待ち続ける。
俺は病院の外に出て白い息を吐いた。
「何やってんだよ……」
その探し人がどこにいるのかもわからない。
「関口……」
受験が終わって報告をしに行ったときにはもういなかった。誰も行方を知らず、何をしているのかも分からない。アイツは異世界転生済みだったからこの地球のどこかにいるのだと思う。
「気合と根性はどこへ行った……」
俺は愚痴るように自宅に向かって歩き出す。
お前のおかげでマカダミアに受かったと俺は伝えられていない。あの受験の日を境に関口がどこか失踪した理由も知るすべもなかった。あの日にアイツが何を眼にしたのかも俺は分かっていなかった。
関口がすでに死んでいることすらも――。
《つづく》
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