第22話 ジャンクチーレム野郎の末路
店の外に出た五名は満足げな顔をしている。それもそのはず、これ以上ないくらいにトン次郎を堪能したのだから文句が出るはずもない。誰もがその戦果に異議なし。
「じゃあ、俺はちょっと寄るところあるから」
そう口を開いたのは新宿を馴染みとしている男だった。
「なんですの、櫻井?」「まだ時間があるからどこか行くなら付き合うでふよ」
その二人の声に困った仕草で頭を掻いている櫻井に一人がため息をついた。
「コイツはお散歩ピエロだから……いきなり散歩に行きたがる習性があるんだ。止めるな、田中ホルホル」
「くっつけるとなんか田中さんが楽しいそうですわね……」
その言葉を受けて櫻井はその通りと言わんばかりに目を顰めて爽やかスマイルを二人へ繰り出した。
「さすが、強ちゃん。俺の事を良くわかってる♪」
「伊達にお前と一緒にいないからな」
「確かにホモ疑惑が立つほどです一緒に居た二人ですからね……」
「おい、ホルスタイン! 口には気を付けろッ!」
「一瞬で元に戻ったんですの!?」
好感度が上がるのに時間がかかるのに下がるのは一瞬のツンデレ主人公。田中が満足げに笑っている中で櫻井は駅とは反対方向へと歩き出す。
「じゃあな」「おう、じゃあな」「櫻井、また明日でふ!」「あまり遅くまで出歩いて補導されるんじゃないわよ、ギルド祭の打ち合わせあるんだから」
それぞれと挨拶を交わして櫻井はひとり交差点へと進んでいく。そして、強が向きを変えた。それは放課後の終わり。
「俺も腹がいっぱいだから歩いて帰るわ」
「涼宮も気を付けるでふよ」
「もし俺が危なくなる時は世界規模でヤバい時だけだ」
「冗談じゃないのが恐ろしい所ですわね……」
ただの帰り道からの寄り道の帰り道。
そこには青春というものが詰まっているのだろう。学校外で知らぬ過ごす相手の新たな一面を眼にする。お互いがお互いをより深く知るための当たり前の時間。
「涼宮、また明日でふ♪」「涼宮は帰り道で危ないことするんじゃないわよ!」
そんな誰にとっても当たり前の景色に足を止めた。
「……」
不思議そうに後ろにいる友達に顔を向けた。どうしたのかと二人も不思議そうに強を見た。少し離れてこちらを振り返って止まっている。
どこか寂しそうに、どこか別れを惜しむように、こちらを見ている。
だからこそ、田中とミカクロスフォードは不思議そうに見る。
誰にとっても当たり前のことで、誰にとってもそれはありふれたものでしかない。特に二人は多くの人間に囲まれていたから何が強にとってそこまでのキモチを抱かせるのかも分からない。強だって多くの人間に囲まれていた時期はあった。
ただ、それが涼宮強という人物にとってどれほど懐かしいのかも分かるわけがない。それが涼宮強にとってどれほど忘れがたかったものかも知る由もない。
「田中、ホルホル……」
それを噛みしめる様に友の名を口に出す。ただ誰かと遊んで帰りに挨拶を交わすというだけのことがどれほどのものであるかも知る訳もない。夜に染まりきっていない空。街灯がつき始めて人が動き出す時間。
「っ……」
ただそんなありふれたもの。誰かと一緒に話して笑い合ってくだらないことを言い合って距離を縮めてまた笑う。今日で終わりではないと分かっている景色でもそれは強から見れば特別なもの。またこんな日が来るのか不安もある。
一度は失ったものだから。手を上げて今日が良い日だったと伝えようと、
「まっ――」
また……あし……た……
そう言いかけようとして、その手を降ろす。
うまく表現など出来るはずもない。大好きだったものだから。友達というものがどういったものだったのかは子供の頃の記憶でしかないから。繋がることがどうしようもなく怖いから。
そうなるはずがない訳がないと言い切れる自信などないから――
友達だと思える者たちを多く失くしたから。
「じゃあな」
そう素っ気なく言って強は駒沢の方に向かって歩き出す。明日も田中達と会えるだろうと。別に今日という日は特別ではないと。憶病な心を隠して強は人混みに消えていった。
「なんだったんですの?」「なんか涼宮らしくない感じでふたね……」
二人が強の境遇を知るにはまだ時間が短い。それを理解している者も少ない。玉藻はまだ全部を理解していない。強の境遇をちゃんと理解しているのはたった二人だけ――美咲と櫻井だけしかいないのだから。
「それじゃあ、田中さん。私達も歩いて帰りましょうか」
「そうでふね」
それぞれが別れ道に立ち動き出す。どこかでまだお互いの事を理解しきれていなくてもどうにかなるだろうと。ただの日常のひとつでしかないのだと思っている。知り合える機会はどこまでも続くのだと。皆がそう思っていた。
学生だから考えもしない。突然の別れが来るかもしれないことも。この時は気づけるわけもなかった――世界がなだらかに終焉へと向かっていることなど。 そう遠くない未来に会えなくなることなど想像だにするわけもない。
「ミカたん……そろそろいいでふよ」
「田中さん……何がですか?」
新宿を歩いている最中にある静かな通り。人通りは少なく二人以外はいない。ビルのネオンの看板も少なく立ち並ぶビル群。どこか薄暗い通りで看板の灯りを背に田中がミカクロスフォードの足を止めさせた。
「我慢しているのがバレバレでふ」
「田中さん……ッ」
そう言われると同時にミカクロスフォードは毅然としていた足が膝から崩れ落ちて電柱に寄りかかった。そして情けない姿で田中の顔を見上げる。
「申し訳ございません……」
はぁーと田中は一息ついて電柱に寄りかかっているミカクロスフォードを心配そうに見る。どう見ても万全な状態とは言いがたい。それもそのはず彼女はトン次郎で戦ったのだ。無事なわけがない。
「頑張りすぎてしまうのがミカたんの悪いところでふ……」
「うっっぷッ!」
二日酔いのように顔面を蒼白させ頬を膨らませる。突然の吐き気。気を張っていたのが田中の言葉で嘘のように説かれてしまった。気丈に振る舞わなければと耐え抜いていた物が崩壊に向かう。
「……きもちワルイっ……苦しいっ……お腹痛いッ……!」
「限界を超えすぎるからでふよ……いつも」
田中だからこそ彼女を理解している。ミカクロスフォードという少女がどういう女のコなのかということを。どこまでも立派に見える一面は外面でしかない。陰に隠れて泣きを見ることも多い。
人前で麗々とあろうとどこまでも頑張りすぎてしまう悪癖。
「田中さん……後悔してます……」
「まったく……」
彼の前でしか弱さを見せないことも。彼女の秘密を知る彼だからこそ彼女は弱さを見せることができる。ありのままの自分でいることができる。彼は理解をしてくれるのだから。
誰にも言えない奴隷であったミカクロスフォードでさえも――。
「しょうがないでふ……」
ミカクロスフォードはとても動ける状態ではない。腹痛が彼女を蝕む。顔が苦痛に歪んでいる。それを悟って田中は提案を投げかける。
「しばらくココで休憩していくでふよ」
その発言にミカクロスフォードはほっとしたのも束の間だった――。
「えっ……!?」
彼女の顔が動揺を隠し切れないように赤く染まっていく。その様子を前に田中は軽く首を傾げていた。金髪貴族がトイレにでも行きたくなったのかという思い込みである。
「別に恥ずかしがる必要はないでふよ。これは人間として当然のことでふ」
「当然ッ!?」
田中の発言に食いつくように赤くなる頬を押さえてチラチラと田中を見る少女。そうである。これは当然の成り行きでもあるかもしれない。
「けけど! 田中さん!? あの!! ですわ!?」
「我慢は体に良くないでふよ……恥ずかしいことでないでふ。自然の摂理で成り行きでふよ」
貴族の動揺が半端ないが田中としては彼女の気高さがそれを邪魔しているのかと思う。
「そうは言いましても!!」
「ミカたん!!」
「ハイ!」
しどろもどろしているミカクロスフォードに腕を組んでいる田中の強い声が降り注ぐ。正直になれと。トイレに行くだけなのだからここで待っているとうんうんと頷いている。それになりより彼女の我慢は良くないと知っている。
「いい加減、自分に素直になることも大切でふ」
「……そう……です」
田中をチラチラと見る。これは彼女の中での葛藤を打ち破れということ。他のミキやサエ、クロには申し訳ないがそういうことであるならと彼女は静かに頷いた。自分に正直になろうと。
「あの私! 知識でしかわかりませんが、出来る限り尽くさせて頂きます!!」
「そうでふ……自分に正直に務めて欲しいんデフ」
「は……い……」
そういうものに興味がないと言えばうそになるからこそ彼女は赤い顔で静かに頷いた。そこでやっと会話の節々に噛み合ってない感じを受ける田中。チラチラと何やら背後にも視線がいってる気がする。
——ん……さっきからなんでふか……
田中は自分の背後の灯りに目を向けた。そこに見える文字と時間。
正確には数字も入っている。立っている場所の悪さにようやく気付いた。
「デブッブフッ!」
それに田中の鼻から麺が飛び出た。逆流鼻からトン次郎。
「田中さん……ちょっと遅くなってしまいますかもですから……」
ミカクロスフォードの覚悟は決まっている。田中は彼女の異変に気付いた。赤く染まった頬の原因はなんだったのか。しどろもどろしている受け答えはなんのなのか。気づいたときにはもう遅い……
【ご休憩3時間……¥5,800-】
ご宿泊なら9800円である。意外と一般のホテルよりも小ギレイで洒落ておりエロイのが特徴。新宿の道外れにはこうしたものがある。歌舞伎町という夜も眠らない街のすぐ近くに男女の憩いの宿がある。
人はそれをラブホテルと言う。
「ご両親に連絡を入れなくてわ!」
「……ッ!?」
これがチーレム野郎の末路である。この後田中が誤解を解くために頑張ったことは言うまでもない。誤解を解いたあとのミカクロスフォードの怒りも言うまでもない。
《つづく》
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