第12話 規格外の新兵 ミカクロスフォード

 少女を見守り静まり返った店内に響き渡る豪快な音。


 誰もが目を奪われた、その似つかわしくない姿に。見ればわかる気位の高さ。それが人目を憚りもせず麺をすすっている。勢いよく飛ぶ背油が彼女のワイシャツを汚し滲ませる。


「ズゾォオッ、ズゾォオ!」


 それでも少女は止まらない。二本の箸を上手に使い野菜の山をすり抜けて麺を食していく。山盛りの野菜が次第に下のスープへと沈んでいく。まるで海上の氷山が解けていくようにスープへと潜っていく。


 強たち含める常連たちはミカクロスフォードの行軍をただ眼にしている他なかった。あまりの変わりように唖然と見ているだけ。彼女がチャーシューに噛みつき食いちぎってるワイルドな様に呆然とする。


「はふぅー、はふぅー」


 レンゲに乗せたスープを冷まして水分を確保する。それは塩分こってりの油水。女性からすれば泥水に近いであろう。彼女の喉が小気味いい音が鳴る。誰もが目を疑った。


 あり得ないという想いの他ない。


 それでも彼女の行軍は止まらない。野菜の山を切り崩しうまく壁を作りながら麺を緩和している。麺だけでは飽きがくるかもしれない。それをジューシーな色とりどりの野菜で補っているのだ。


 ——これが……さっきまでの娘なのか……


 トン次郎に対しての真摯な対応を貫く女。先程まで見ていたものを思い起こしながらも比べる。さっきまで女子供と揶揄するような存在だったはずだ。新兵も新兵であり、その中でもふざけた新兵だった。


 箸という銃の使い方も上品だったはずだ。銃を撃つというより観賞用の道具にでも扱っているかのようだったはずだ。それがいまはどうだ。箸は勢いよくドンぶりにという戦場に突きささり荒々しく獲物を探している。


 さっきまでは散歩でもするように戦場を物見遊山していた。戦場で砂遊びでもしているかのようにミニラーメンを作っていたではないか。それが今はどうだ。プラチナの田中と同じ超上級である戦場を駆け抜けている。


 その箸は隠れた獲物を探し打ち取る。山を切り崩して身を隠す壁にして食欲を回復している。捉えやすい獲物を一瞬の判断で捉え箸という銃で撃ち殺す。的確で素早い動き。


 ——どうしたっていうんだ……


 あまりの違いに皆が目を離せない。彼女がしているのはまぎれもなくトン次郎でいう戦争だ。食という生存本能を全開にして駆け抜ける行為だ。無茶や無謀に近い特攻に他ならない。


 ——なんて目をしてやがるんだ……


 なにより惹きつけられるのはその気迫。まるで体から蒸気が立ち上っているかのように錯覚すらする。戦場で戦うと決めた一流の兵士さながらだ。見ている彼女の体格ではこの行軍は不可能なはずに違いない。


 それでも覚悟を決めた女の目は何かを覆そうとしている。


 ——これで……新兵だと……


 規格外の新兵の登場に寒気を覚える。おまけにそれが先程までのダメダメなやつだとすれば尚更だ。纏う空気も意気込みも、食べっぷりも何一つ劣ることはない。


 それになにより、その瞳に宿っている覚悟がいい。


 止まることなどないと箸を乱暴に使う姿がいい。


 口にこれでもかと麺を入れてモグモグしている姿が愛らしい。

 

「もういい……」


 一人が弱弱しい声を出した。誰もがその人物に目を向ける、ミカクロスフォードでさえも。頭に巻いた手ぬぐいをとってオークが悲し気な瞳を向けている。その声の主はほかならぬ店主だった。


「これだけで十分だ……」


 店主は言った。ミカクロスフォードの意志の強さは受け取った。彼女の謝罪や礼儀も申し分ない程に頂いた。少女の食べっぷりに感動を貰った。それだけで十分なのだと。


 だからこそ、ドンぶりに手を伸ばしてあげた。


 彼女が食べているモノは麺がスープを吸ってしまっている。それがどれだけ負担になるかを店主は分かっている。水分を吸って伸びてしまった麺は肥大して食すものへ苦痛を与える。それに量が量だ。彼女が食べるにはあまりにも多すぎる。


「えっ……」


 だが、店主の手にそっと手を触れてミカクロスフォードが動きを止めさせた。未だにモグモグと口を動かしているから声を出せない。


 だから、精一杯できる表情と動きで伝えた――まだ食べますわと。


 彼女はオークの店主に向かって優しく微笑んだ。その健気な微笑みは店主の動きを止めるには十分だった。店主は「なんで……」と言いかけるが言葉に出来なかった。彼女の微笑みがあまりに素敵だったから。店主だけでなく常連たちも見とれる程に。


 その表情からは彼女が高貴でありながらも優しい心の持ち主と伝わってくるから。


 ミカクロスフォードはまたドンぶりに視線を戻して箸を入れていく。麺という兵士たちは時間とともに強力になっていく。それでも彼女は怯まない。ここで戦うのだと戦争を続行する。


 胃が苦しくないわけがない。塩分と油で体がどうにかなりそうになっている。

 

 それでも彼女は戦うと決めたのだ。引くわけがない。これは彼女のプライドをかけた戦いだ。田中の地位を貶めた自分に対する復讐劇。戦場を間違えた女である自分を戒める為の戦争。


 ——この程度で甘えるわけにはいきませんわ……


 覚悟はしてきた。戦場だというなら戦争をする覚悟は出来ている。彼女は本物の戦争を知っている。現実ではなく異世界で魔王軍に対して人類を率いて戦ったのだ。わずか十三ほどの娘が王国の代表となり戦場を指揮したのだ。


 ——まだ戦えますわッ!


 その戦場に比べたらこの戦争で負けるわけにはいかない。その一流の戦場を体験した大魔導士であるミカクロスフォードの覚悟を持った気迫が劣ることなどあるはずがない。


 そして、その闘い方は店の空気を変えていく。


「頑張れぇ……」


 店主が心打たれ声を上げた。


 いままで食事中の客に声をかけることなどなかった。食べたいヤツだけでいい。分かるヤツだけでいいと人を遠ざけてきた。そこに女子供は含まれなかった。


 なのに、彼女は店の流儀に乗っ取って真っ向から戦っている。


 心が動かされないわけがない。その闘いに何も感じないわけがない。


「嬢ちゃん……頑張れ」


 店内に広がる空気に負けて声をあげる常連たちにミカクロスフォードは驚いた顔を上げる。明らかに戦場の空気が変わってきている。


「もう半分だ!」「負けんじゃねぇぞ!」


 ここが好機と見逃すはずもない。彼女は応援に笑顔を向けて、ふたたび食事の勢いを上げる。その食べっぷりに常連たちの考え方が変えられていく。


 女などこの店には不要だと思っていた。


 戦う意志のないやつなど二度と来るなと排斥した。この店にはこの店のルールがあると一見いちげんさんを眼で射殺してきた。分かるヤツだけでいい。理解出来るものだけでいいと。


 だからこそ、ミカクロスフォードに向けて野次を飛ばした。


 それがどうだ。今の彼女の姿に心を動かされているではないか。何かを間違えていたのだと思い知らされる。女だ子供だと馬鹿にしたことが恥ずかしくなる想いがこみ上げる。だって目の前にはジャンクラーメンに相応しくない貴族風の女子高生がどうみても立派に戦っているのだから。


「ミカたん……いけるでふ!」 


 そして、それは彼女を知る者も然り。田中が抑えきれずに声をあげた。強は顔にイケと力が無意識に入ってしまっている。櫻井はさすがだと言わんばかりに彼女の評価を再認識する。


「うっ……!」

 

 ミカクロスフォードの箸が止まり、上げた嗚咽に全員が心配で前のめりになった。ミカクロスフォードの限界はもうとっくのとうに過ぎ去っていた。



《つづく》

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