第309話 子供が夢を見られる世界にするのが、私達大人の役割だからッ!
「アイツは……言ったはずだ。審判が絶望を受けるのであればと……」
田島は神との対話を思い出し、砂時計を忌々しそうに睨みつける。
「その神様は嘘つきでも有名なんだもんね……」
その田島の顔を受けて京子も不安そうに砂時計を見つめた。ヘルメスという神の言った言葉が全て本当なのかと真偽を確かめることは出来ない。対話の機会など奇跡でもなければもう起こることはないのだから。
「人の願いが具現化した存在のクセして……忌々しい奴だ!」
「けど、ミチルちゃんにちゃんと魔法の力を授けてくれたんだから、私は悪い人じゃないと思うけど」
田島は京子の膝枕から起き上がり研究データを片手に見返す。砂の落ちるタイミング、数量の記載。そのデータはすでに五十を超えている。それだけのデータがあろうとも規則性が見当たらない。
田島のイラつきが加速していく。
「タイミングの問題なんだ……要因が分かれば分析が出来る。分析ができれば事象を解析出来る……解析出来れば理論が作れる」
「仮説が成り立たないから要因が絞り切れなてないんだよね……」
二人して何度も砂が落ちるタイミングを仮説的に試みているが当たることはなかった。現在は砂が落ちる要因が人々の絶望と置いたがそれは脆くも崩れ去っている。
「人々が神に審判を求めたっていうのが……わからない」
「ヘルメスさん、私達が神様に世界の再生を願ったって言ってたんだよね?」
「あぁ、ヤツはそういった」
京子は田島みちるの話を耳にしただけで自分がヘルメスと話したわけではない。それでも田島の記憶力を信じているからこそ疑うことはない。彼女の頭の良さは傍に居た櫻井京子が一番知っている。
櫻井京子はヘルメスの話をまとめようと研究所にあるホワイトボードに図を書き始めた。
「世界の再生を人が望んだ。けど、ここでヘルメスさんは続けていった。世界の存続を願うのか、世界の終わりを願うのかと選ぶのが人の命題だって」
頬杖をつきながら田島は京子が描き出す図を注視する。
「ここで一個気になるのが、再生するのに存続という意味はあるのかだよね」
「ふむ……」
続けた京子は描き出す。
「存続であるなら、再生とは言わないんじゃないかな。けど、神は再生と言った」
「これが
「再生の意味が分からない以上、嘘とも言い切れないかも。再生っていうものが存続に近い状態のものになる可能性もあるから」
「例題だと……何になる?」
「異世界転生も人の願いが始まりだというのなら、ある意味、人の再誕であり再生にあたるから」
「確かに因果という言葉は否定しなかったから、あり得るな。実際に砂が落ちるデータと異世界に行った人口のグラフデータは近似値を取っている」
「それよりも気になるのが……」
京子はホワイトボードに新しい情報を書きだす。
「それがまだ審判されている最中ってことだよね」
「ヤツはこの砂が全て落ちた時が判決が出る時だとハッキリ言った」
「この宇宙砂の役割は審判の時を告げることだよね。それに合致した性質も確かにこの砂の特徴であるよね」
「あぁ、時を告げるということに関して嫌がらせのような性質がある。どの大きさの砂時計にしても確実に分量を守ってくる」
それは京子たちの研究によって解明されいてる事実。
宇宙砂を使ってどんな大きさの砂時計を作ろうとも落ちる配分が変わらない。上に残った砂と下に落ちた砂の比率は一定を保つ。一粒でつくればその一粒は下に落ちることなく浮遊している。
最後の一粒が落ちた時が終わりであると彼女たちは結論付けている。
京子はホワイトボードに丁寧に宇宙砂の情報を書き足した。
「それでヘルメスさんは終焉を望むことで砂が落ちるとヒントをくれた」
「おまけに終焉は私達が望んだものだと」
「それでもヘルメスさんは別の可能性も示唆した」
京子は田島から聞いた話を思い出しながら、自分達が求める答えを出す。
「世界をどうしたいのかは人である審判が決めるって。そして、審判が絶望を受けて終焉を望むのであれば終わりが来ると言ったけど、審判が終焉を望まない場合の可能性もある」
「人が本当に望む世界になる為に……どうしたいかを審判するということか……」
簡略的に田島はその結論をまとめる。人が終焉を望まないようにするにはどうすればいいのか。審判が下される前にそれを止める手立てを彼女たちは探ろうとしている。砂が完全に落ちることを阻止する為に。
「可能性はゼロじゃない」
「確かに京子の言う通りだ……」
京子の言葉に田島はやる気を取り戻し始める。田島は櫻井京子という人物を知っている。何度も諦めずに問題に立ち向かう姿を見て来た。田島と比べれば彼女は平凡かもしれない。それでも彼女は立派に自分の右腕として機能している。
それは彼女が諦めずに歩いてきた道程があるからだ。
だからこそ、田島も櫻井京子に触発され諦めずに立ち上がった。
「神を冒涜するのは数学者の使命だ。私達は、奴らの名を刈り取り、事象を暴き、真理に近づく挑戦者であり探究者だ」
「そうだよ、ミチルちゃん。これが人の願いの先にあるなら答えは私達が決めることなんだ。私達の運命は神様が決めることじゃない!」
二人はホワイトボードの前に立ち並び、見えない神に問いかける様に二人は決意をぶつける。
「私達は終焉など望んでなどいないぞ、ヘルメス」
「そうだよ!」
「異世界転生など望んでいない。二度目の生など求めていない」
田島みちるは異世界という存在が気にいらない。それが人の願いだと言ったヘルメスが気に食わない。欲しいままの才能や力を与えることを幸せだという神の言葉に異論を突き立てる。
「才能があれば幸せになれるなどと口が裂けても私は言わないッ!」
田島みちるは嫌悪の意思をぶつける。才能という言葉に一番傷つけられてきた過去があるからこそ彼女はそれを許さない。才能などで人は幸せになどなれない。
「才能なんてものは人の可能性を揶揄する言葉だ。才能だけじゃ意味を成さない。それを磨く努力があるから、開花させる時間があるからこそ才能は花開くというんだ。お前ら神がお遊びでぽっと人に与えていいものではない!」
「そうだよ……ミチルちゃんの言う通りだよ。神様に願うのは確かに私達が弱いからかもしれない。絶望に負ける弱い私達が貴方たち神を作り出したのかもしれない」
それは神に向けた二人の反逆の意思に他ならない。
「それでも私達は生きるんだ」
櫻井京子は終焉など望んでいない。
「それでも私達は足掻き続けるんだ!」
才能というものに負けない京子の言葉に田島は口角を緩めて天を見る。
「
「私達でだよ、ミチルちゃん!」
「そうだったね、京子……」
二人は気合を入れ直し年表を置いた机の方へと向かっていく。
神の間違いを正すために、人の願いを間違いにしないためにも。
「京子、異世界からこちらに帰ってこない人数のデータはあるかい?」
「それなら、ここにまとめて置いたよ!」
「ありがとう」
田島は京子から渡された資料を元に計算をやり直す。グラフを頭で二つ描き出しシンクロさせていく。彼女の中で仮説を組み立てていく。
——人が世界の在り方に絶望しているというなら、異世界から帰ってこない人数が絶望因子を表している可能性もあるはずだ。現実世界に嫌気がさしているからこそ帰ってこない。
だが、頭の中でそのグラフは一致しない。わずかに曲線の波がズレている。
「一致しない……これではないか……」
「絶望を受けると時間が進むんだよね……」
「年表とも合わない。異世界から帰ってこないとなると人類の絶望とリンクしない……のか」
「えっ……!」
その言葉を聞いて、櫻井京子は田島を見る。見られた田島は不思議な顔を返す。櫻井京子は自分たちの大きな間違いに気づいた。これは人々の願いに依存する問題だと思い込んでいた。
「ミチルちゃん、それだよ!」
「……ん?」
「そういうことだ……ヘルメスさんは言ってたはずだよね」
「京子……?」
櫻井京子は田島とヘルメスの会話を隈なく思い出す。そして、ひとつの会話に答えを見出す。確かにヘルメス言葉には如実に答えが隠れていた。
『世界をどうしたいのかは人である審判が決めることだ。審判が生きている間に絶望を受けて終焉しゅうえんを望むのであれば終わりが来る』
「人である審判が生きている間にって!」
櫻井京子の言葉に田島も理解する。自分達の前提が大きく間違っていたことに。
「……そういうことかッ!」
それを考慮していなかったからこそ不規則なデータに振り回されていた。それがあるだけでデータの精度は格段に違うものになるという結論はすぐに出る。
「全人類ではなく、審判はたった一人ってことかッ!」
「それならデータに合わなくてもしょがないよ。だってこれは個人的な感情によるものだから!」
「京子の言う通りだ。2002年と2004年の件はそれでクリアになる!」
「この審判である人間が絶望を受けた日が砂が落ちた……」
「その一人のせいで世界の命運を決める気か……ふざけた奴らだ! 神は!」
櫻井京子と田島は止まっていた研究の方針を打ち出し眼に気合を漲らせる。
「京子、これは骨が折れるぞ……」
「わかってる!」
「全人類に該当する個人データと砂の落下データを合わせなきゃいけないからな」
「個人データをドンドン集めるから、ミチルちゃんは演算お願いね!」
「あぁ、これで休みなど当分は無くなりそうだ……」
「それでもやらなきゃいけない!」
京子の声を受けて田島は受話器の方に向かって歩き出す。櫻井京子はその挙動を不思議そうに眺めていた。田島はあるところに電話を掛けた。
「田島です。この間の件を引き受ける条件を提示したい」
「ミチルちゃん……?」
電話の向こうで田島が誰と話しているのか分からずに櫻井京子は首を傾げる。
「私が国立研究所に参加する代わりにこちらの研究を手伝って貰いたい」
「ミチルちゃん!?」
それは櫻井京子からすれば驚くべきことだった。田島みちるは優秀であるが故に人との関わりを拒絶する傾向にあった。だから田島の研究室には人があまりいない。それでも研究室が存続しているのはひとえに田島みちるの優秀さゆえである。
国がそれをほっとくことはなかった。そして、その要請を田島みちるは断り続けてきた。それは彼女の決意を表している。数回、打ち合わせ日時を話す会話を終え、田島は受話器を置いた。
「ミチルちゃん……」
その田島を心配そうに櫻井京子は見る。彼女の才能ゆえにどれだけ彼女が傷つけられてきたかを知っている。彼女を利用するものも彼女を才能でしか見ないもの達。その者たちは幾度となく彼女を裏切って傷つけてきた。
しかし、田島は京子に向かって笑みを返す。
「私達二人じゃ時間が足りない、人手がいる。それだけだ」
「…………」
「奴らの研究など片手間で終わらしてやるさ」
京子に心配はいらないと田島みちるは笑って返す。その田島の意思を受け取り、櫻井京子も意思を強く固める。これは彼女たちにとっての命題になるだから。
「それでも、この世界の中でそのたった一人を見つけるの容易ではないだろう」
櫻井京子は櫻井はじめと過ごした休日を思い出す。
「でも、私達は諦めない……何度も間違えるかもしれない……それでも」
『またハジメからって、そうやって、何度間違えてもいいから何度も挑戦して、お母さんは、はーくんにいつか正しいゴールにちゃんと辿り着ける子になって欲しい』
母が子に願ったことだ。母がそうあって欲しいと願ったことだ。
「辿り着いてみせる」
彼女は田島みちるの横に立つ過程で何度もつまづいた。それでも彼女は進み続けて田島みちるの横に立つ存在となった。だからこそ櫻井京子は自分を貫く。
「子供たちの未来は渡さない……世界の終わりなんて望まない世界にしてみせる」
子を持つ母であるからこそ彼女は強く決意する。
その子供たちが進む未来が絶望に染まらないようにと。
「子供が夢を見られる世界にするのが、私達大人の役割だからッ!」
それから――
田島みちると櫻井京子は宇宙砂と世界の終焉への研究を続けていく。そしてある一人の人物へと行きつくことになる。それは異常であり異質な存在で特別な存在。
データと一致する人物――涼宮強という男の子に行きつくことになる。
しかし――
彼女たちの研究が完成する日は来ない。彼女たちが答えに辿り着く前にそれは忘れ去られた研究となる。その研究の半ばで櫻井京子は命を落とすことになる。
それは何者かによって仕組まれた事件――櫻井京子と恭一郎を殺した魔物は未だに見つかっていない。
《三章完》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます