第308話 神か悪魔か、存続か終焉か

 櫻井京子に膝枕してもらっている田島。田島は柔らかい太腿に酔いしれたかったが彼女自身も時間がないことは理解している。だからこそ、何かを考え込むようにして天井をぼんやり見ていた。


「京子、計算結果では砂が落ちるまでにあと何年になった?」

「2030年、今から25年後だよ……」

「最初の計算で行けば2045年になるはずだったのが、わずか数年で15年も削られたのか……」


 京子の太ももでゴロリと転がり田島は砂時計に目をやる。その砂時計が下に全て落ちるまでの計算を彼女たちは繰り返していた。その規則が掴めない故に計算結果がズレていく。


 だからこそ、二人は研究を続け焦っている。残された時間は減っていっている。


終焉因子ワールドエンズの発生は絶望に起因すると仮説を立てていたが、やり直しが必要になるかもしれない」


 宇宙砂はどうやっても浮遊する。それでも一つだけその重力に反した砂を落とすものがある。それが田島みちるが発見した絶望因子と呼ばれるもの。


「そうだよね……2004年の事象を掴まない限りハッキリした答えは出せないよね」


 二人の顔に不安が募る。苛立ちを露わにするように田島みちるは、がばっと起き上がり頭を掻きむしった。何度も変わる不規則なデータに予想を立てて先を読む計算するがどうにも合わない。彼女たちには答えへ辿り着くピースが欠落している。


「終焉因子によって宇宙砂アンチグラビティーズが落ちることは間違いないのに!」

「そもそも終焉因子の係数が求められないから計算に限界が来ちゃってるよね……」

「発生するメカニズムが不安定で謎すぎる! そもそも絶望と言っていたのはオリュンポス十二神のヘルメスを名乗る神だぞ!」


 田島みちるは神にあったことがあった。それもつい最近の出来事に近い。彼女は2002年に一度命を落としている。それは六体神獣とは別の話だが、彼女はトラックに引かれて一度死んだのだ。


「くそっ……あの神に会ったら次はただじゃおかない!」

「ミチルちゃん……とか、もう心配させないでよ……」


 偶然にもこの研究中に田島みちるは異世界を経験している。だからこそ、この砂の落ちる意味が彼女には分かっている。それは異世界に行く前に彼女が神に召喚された際の話。


 死んだと思って目を開けらた、目の前に変な男がスモークを焚いような景色に紛れてこちらを見てニヤニヤしていた。田島はその瞬間に理解をした。


 これは世界改変により明かされた世界の狂いに等しいものなのだと。


『これが異世界転生ってやつか……』


 死んだはずの人間が訳の分からない世界に召喚されるための儀式なのだと。


『やあやあ、良く来たね。人の子よ』


 訝し気に未知の世界を見つめる田島に神は歓迎するよと話しかけた来た。


『貴様が神か……』

『私の名はヘルメス。オリュンポス十二神って知ってるかな?』

『下らない。ギリシャ神話の偶像が神と名乗って現れるなんて』

『いやに……あたりが強いね……君は』


 田島の強気な態度にヘルメスは肩をすくめて椅子を召喚する。


『座って話そうか、かけてくれ』

『……』


 田島は見たこともない現象に眉を顰めながらも言われるがままに席に着いた。


 神は手慣れた様子で語りだす。


『田島みちる、単刀直入に言うと君は死んだ』

『……』

『そこで神である僕が君にもう一つの人生を与えようと思う』

『何の為にだ?』


 田島の強い眼差しにヘルメスは鼻で笑う。人間という存在でありながら神に物怖じしない女の態度に心がくすぐられる。


『人生のやり直しは嫌いかい?』


 だからこそ、神は笑って人間を試す。


『君の好きな能力をあげよう。君が欲しいと思う才能を与えよう。君が望むのであれば神にも等しい力を君に僕が与える。望む力を教えてくれ』

『ハンッ!』


 逆に田島は鼻で笑って神ヘルメスへ返す。神は何でも与えると言った。バカバカしくてしょうがない。それでも田島は答える。


『神を、お前を、殺せる力を私に寄越せ』

『……ハハ、面白い冗談だ。君はいいねー』

『本気だよ……』


 笑ってジョークで済ませようとする神を田島は逃さなかった。本当に神を名乗るのならこれは出来るかと。目の前の人の子に自分を殺せる力を与えることが出来るのかと。


『君はそれを得てどうするつもりなんだい?』

『質問に答えて欲しいのなら、こっちの質問に答えろよ、神』


 さきに質問をしたのは田島の方。その答えを貰っていないからこそ田島は神に対して睨みをきかせる。それは神への冒涜に近いものだった。


『何の為にお前らは私達に二度目の生を与える?』

『……君は知的好奇心が旺盛だね……』

『恐れ多くもの名を語るなら、それぐらいは当然知っているんだろ、ヘルメス』


 名にちなんだいわれを受けてヘルメスはため息をつく。自分と云う存在を田島みちるは良く理解しているのだろうと。そこに田島みちるは追い打ちをかける。神話の神を名乗るなら役割を守るんだなと。


『それに神々の伝令使でんれいしでもあるはずだ』

『もし、それを答えるなら君に二度目の生は無いと言ったらどうする?』

『構わないさ。元から生にしがみつくほどの執着心など私にはない。知識欲で生きている様なものさ』


 田島の一歩も引かない姿勢にヘルメスは肩をすくめてお手上げといった感じを露わにする。まさかこれだけの好条件を前に無視するものがいるのかと。ただそれでもヘルメスもずる賢い性格の持ち主である。


『君の言う通りだ。さらに言えば私は商業の神としても存在している』


 そういいヘルメスは話を続ける。


『だから情報の代わりに対価を貰う』

『死者に何をねだる?』


 田島は理路整然と聞き返す。


『僕は君には生きてて欲しいから……そうだな。君の能力を選ぶ権利を僕が対価として頂こう』

『それぐらい、いくらでもくれてやる』

『能力がない場合もあるが、魔物がいる異世界で生き残れる自信があるのかい?』

『お前ら神と話す機会に比べたら安い対価さ』

『気に入った、いいだろう。私の知る範囲で君の質問に答えよう』


 ヘルメスは田島を気に入り、


『まずは何の為に二度目の生を与えるかだったね』


 椅子から身を乗り出した田島に近づく。


『その質問は神からすればおかと違いだ。君たちが望んだからこうなっているというのが正しい』

『私達が何を望んだ?』

『世界の再生をだ』

『……再生?』


 ヘルメスの言葉に田島は首を傾げる。ヘルメスは田島の初めての動揺にほくそ笑む。強気だった彼女が見せた別の一面に情報の神は饒舌に語る。


『人は、世界の存続を願うのか、それとも世界の終わりを願うのか』


 それはあらゆるものが考えるべき命題に近い。


『君たちによくある命題だろ?』


 幾千年の物語でそれは語り古されてきたものだ。


『待て、情報を整理させてくれ。異世界転生と呼ばれるこの現象とそれが何の因果がある!』

『何の因果って……これは君たちが始めたことじゃないか、プハハッ―ー』


 ヘルメスは田島の反応に腹を押さえて笑った。


 一通り笑い終えて涙を擦り田島を見返す。情報の神はいう。


『君たちが僕たちへ審判を求めたんだ。だから、これはその過程の一旦だ』

『さっきから……何を言いたい?』


 ヘルメスの言葉は全てを知る者の言葉であり、なにもまだ知らない田島にとっては全てが受け止められるものではなかった。ヘルメスはそれを察知し、どこから説明したものかと席を立ちあがって歩き始める。


『君たちは神ってどういう存在だと思っているんだ?』

『人の上に存在する上位の神格とでも言えばいいのか』

『そういう風に捉えているのだろうね』


 ヘルメスは田島の答えに歩きながらうんうんと頷く。


『神が世界を創り、神が自分達に似せて人を造ったと』


 そして、ヘルメスの足が止まる。


『その実は逆だ』

『逆……?』


 ヘルメスは田島の一挙一動に嬉しそうな反応を見せる。情報の神であり伝令使である彼はしゃべることが好きな神の他ない。だからこそ新鮮な反応に嬉しそうに返している。


『神が人を造ったんじゃない、人が神を創りだしたんだ』


 田島はヘルメスの言葉に一瞬迷いを見せ答えを探り出す。


『こう言いたいのか……』


 ヘルメスが出した言葉を一つ一つ思い出しながら。


『人類が願った神という偶像の結果で誕生したのが、自分達だと……』

『その通りだ。君たちが私達に情報を加えているんだ。情報の神、伝令使、商業の神、それは君たちの願いだ。願いというものの力を甘く見ない方がいい』

『じゃあ、何か……人の願いが形になったものが神であり、いまのお前だと?』

『その通りだ、ご名答』

『そんなバカげた話が……あり得るのか……』

『あるとかないじゃないだろう、君は良く知っているはずだ』

『私が……』


 ヘルメスは得意げに椅子に座っている田島の周りを歩き出す。


『数学という分野で君は嫌というほどわかっているはずだと思う』

『……』

『観測できないだけで、そこにはあると。全てが証明できているわけではないと。ないものないと証明できないのだと。これは君たちの世界で確かこう呼んでいたはずだ……』


 ヘルメスは田島の耳元で囁きながら得意げに知識をひけらかす。


『悪魔の証明と』


 田島はヘルメスの話を受け止めることが出来る。証明できていないだけであるかもしれない可能性は捨てきれない。確立されていないものについては未知でしかない。


『お前の言う通りだ、私はあり得ないとは言い切れない。実際に世界はあり得ない方向へと進んでいる。こんな神と会う機会がある時点で狂っていることは重々承知している』


 だからこそ、ヘルメスの言ったことを田島は納得するほかなかった。


『だから聞かせてくれ、これは世界改変ミレニアムバグと関係があることなのか?』

『関係は大いにある。君たちへの審判は既に始まっている。たしか……』


 ヘルメスは田島の近くから離れて自分の情報を絞り出す様に考えながら、元居た場所へと進んでいった。


『君が研究している砂がその審判の経過を伝えているはずだが……』

宇宙砂アンチグラビティーズ……のことかッ!』

『そういう言いかたでいいのか、分からないが……あれは時を告げる砂だ』


 ヘルメスの言葉に田島は頭を働かせる。異変は既に確認されている。重力を無視した砂は落ち始めている。


『あれが全て落ちるとどうなる……世界が終わるのか!?』

『それは違うね』

『じゃあ、何が起きるッ!』


 田島が苛立ち席を上がるのにヘルメスは薄ら笑いを浮かべる。


『君たちが望んだ結果が見えるだけだ。君たちは終焉しゅうえんの始まりを望んだ』


 これは人が撒いた種なのだと。君たちが願った結末なのだと。


終焉ラグナロクが来る』

『神々の戦争に人が巻き込まれるっていうことか!』

『答えを教えるのは簡単だけど……それじゃあ、つまらない』


 田島の焦りを弄ぶようにヘルメスは指を鳴らして世界を変える。辺り一面が暗闇へと包まれていき田島の視界が黒に染まる。それでも神の声は田島の耳に届く。


『世界をどうしたいのかは人である審判が決めることだ。審判が生きている間に絶望を受けて終焉しゅうえんを望むのであれば終わりが来る。現状を望むのならそのままというだけさ』

『……ヘルメス逃げるなッ! 話をさせろ!!』

『君は答えに近づきたいのかもしれないが、僕は全てを教える気はない。君たちの想像のおかげで、いたずら好きで嘘つきな神でもあるからね』

『おい……待てッ!』


 姿が見えない神に追いすがるように暗闇に手を上げるが届くわけもなかった。


『最後に君にヒントをあげよう……』


 ヘルメスの嬉しそうな声だけが田島の感覚を震わせる。


『ヴァルハラという言葉の意味は何かということだ。そして、終焉しゅうえんを望むことによって砂は落下する。その砂が終わりを告げた時が君たちが終焉しゅうえんを見ることになる』


 そして、田島の耳にヘルメスの最後の言葉が聞こえた。


『では、健闘を祈る。人の子よ』



《つづく》

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