第286話 こんな世界もあったかもしれない

「なぁ、櫻井頼むよ!」

「俺は何度も断ってるじゃないっすか……」


 放課後の校舎を俺に並走するように廊下を着いてくる背の高い女。それは俺の先輩に当たる女性。もうすぐ三年の生徒会活動が終わることから、いま俺は次期生徒会長へと口説かれていた。


「お前しかいないんだって!」

「誰でもできますよ、生徒会長なんて」

「アタシはお前じゃなきゃイヤだ! このとおーりだ!!」


 俺の前で道を塞ぐように土下座して俺の反応をチラチラ伺ってくる先輩に俺はため息をつきながら返した。


「いくら、頼まれても困ります――」


 俺が学園の代表なんてなるわけもない性格なのを知っているのに、この先輩はなんでか分からないが俺をかっている。不思議と俺につきまとってくる。


「獣塚先輩……」

「困るのが嫌なら生徒会長をやれ、櫻井!」


 俺を逃がさないといった態度で迫ってくる先輩に


「どうして、貴方はそんなに俺がいいんですか……?」


 俺の何処がそんなにいいと問いかけると、「よくぞ聞いてくれたな、櫻井」と強引な感じで距離を詰めて迫ってきた。


「お前は頭も学年で一番イイし何よりその顔だ! 女子たちにウケそうな顔をしている!!」

「……顔が良いからって……生徒会って芸能界かなんかですか……」


 生徒会ってなにやってるか謎の組織だけど、獣塚先輩でも会長務まるくらいだし。富田副会長に全部負担がいっているのは有名な話。真の生徒会長は富田先輩であると。書記の人については俺は名前すら知らない。


 誰に聞いても分からないのはこれまた学園では有名な話である。


「勢いがある学園の奴らはみんな美男美女がやると相場が決まってる! 私の跡を継ぐのはお前しかいない、櫻井!!」

「今回はご縁がなかったということで、俺以外の顔のいいヤツを探してください獣塚先輩。俺は部活があって大会も近いんで急ぎます」

「いいというまで今日は逃がさんぞ、櫻井!!」

「あぁあああ!」

「んっ?」


 強引に俺の行く手を阻むバカ女を前に俺は遠くを指さす。


「あんなところにケモ耳幼女図鑑なるものがッ!」

「何ッ、どこだ、櫻井! そんなお宝どこに落ちている!?」


 激しい勢いで首を振って探している獣塚先輩を前に俺は振り向いてダッシュする。逃げ足はそこそこ早い方だ。これ以上、この先輩に付き合うのも疲れるし。


「騙したなッ、櫻井!」

「騙される方が悪いんですよ」


 俺は走りながら鞄に閉まっておいた罠を獣塚先輩の後ろに投げ捨てた。


「それがケモ耳幼女図鑑です。良く熟読ください」

「お宝ッ!」


 俺を追いかけるよりも投げられた図鑑に猫のように飛びついてキャッチする先輩。あの人にとっては次期生徒会長よりケモ耳幼女の方が大切なようだ。そして、俺は生徒会より大切なものがあるからこそ、その場所へと走って向かった。


 校庭で部活が始まったのか騒がしさが増していた。


 夏が近くなっているのか、校舎を明るい熱気が包んでいる。


 俺は階段を勢い良く飛び跳ねた降りた。飛び降りる予定の先から声が上がった。


「わっ!」

「ごめんッ!」

 

 本を抱えた女子が驚いた声を上げた。俺は慌てて謝って手を振って走り去っていく。その背中に向けて怒った声がした。


「危ないでしょ、櫻井くん!」

「わりぃ、桜島さん! また部活終わったあとで!」


 放課後の約束を取り付けた俺の後ろで頬を膨らまし「もぉお!」と牛のような唸り声あげる桜島マイの声を置き去りに俺は校庭へと駆け出した。蒸し暑さのせいでワイシャツがべとつくのを第二ボタンまで開けて目的の場所まで駆けていく。


 野球のバッドが快音を鳴らし、陸上部が掛け声を上げて走る中を、


 突っ切って目的の部活まで――。


「おい、おせぇぞ! 櫻井!!」

「すいません、武田キャプテン! ちょっと獣塚先輩に捕まってました!!」

「早く着替えろよ、お前がいなきゃ練習になんねからな! 二年生エース!!」

「まかして下さい、岩井先輩!」


 俺は遅れて到着して更衣室で急いで着替えをすませる。獣塚先輩のせいで大会が近いのに部活に遅れちまった。あの人のことは別に嫌いではないけど、迷惑に近い。いま俺には生徒会なんてやってる暇はない。


 もうすぐ、夏の全国大会が迫っている。


 俺は二年生ながらチームの司令塔を任されているレギュラーなのだから。


「おしッ! いっちょやりますかッ!」


 着替え終えてロッカーを力強くバタンと閉めながら、俺は更衣室を後にする。慌ててグラウンドに出るとみんながもうアップを始めていた。俺の姿を見た部長から声が上がる。


「櫻井、お前もアップのメニューからだ!」

「わかりました! ちょっぱやで追いつきます!!」


 俺は急いでアップに取り掛かる。そこに双子のマネージャーが洗濯物カゴを持ってニヤニヤして現れた。


「超気合入ってるね、櫻井♪」

「三葉さん、当たり前っしょ! 大会近いですから!」

「頑張りすぎて大会前に体壊さないでよ」

「一葉さんに入念にマッサージして貰えれば、俺は二倍のメニューこなせる気がします!」

「かずねぇ、ご指名入りました!」

「ちょっと、三葉はからかわない! 櫻井もふざけない!」


 一葉さんに怒られ二人ではーいとふざけた声を上げる。俺はアップを超速でやりきり全体メニューへ走って参加していく。そこにはいつもの二人がいた。


 俺はニヤニヤして二人と合流する。


「おせぇぞ、はじめ!」

「待たせたな、岩城!」

「今日も獣塚先輩に捕まってたのか、櫻井?」

「あの人しつこいんだよ、俺じゃなくて頭のいい富島のほうに行ってくれないかな……」


 岩城と富島とは同学年でありクラスも一緒ということもあり何をするにしても俺達三人は一緒だった。部活でも三人揃って二年でレギュラー。岩城は強引な性格の持ち主でポジションはフォワード。富島は冷静な感じで運動量も多いからボランチにいてくれると助かる。


「岩城と違って頭は良いけど勉学一位の櫻井くんには敵わないし、俺は生徒会に興味ないから」

「つめてーな、富島は……」

「おい、富島! 俺の頭が悪いみたいに聞こえたんだけどッ!?」

「なに今更驚いてるの……岩城?」

「はじめッ!?」


 バッサリ富島に斬り捨てられた岩城は俺の方に勢いよく振り返って助けを求めてきたので俺は肩にそっと手を置いた。


「周知の事実だ、お前はバカなのだ。岩城、諦めろ」

「そーんなー!」

「オラ、三バカトリオふざけてんじゃねぇぞ!」


「「「さーせん!」」」


 武田キャプテンの声に謝りながら俺達はふざけて笑っていた。


「これから試合形式でレギュラーと二軍に分けて試合をする。レギュラー陣は自分の背番号と同じビブスをつけろ! 大会前のこの時期に腑抜けたプレーしたらすぐに二軍とこうたいさせっからなッ!」


 部長の指示通りに富島たちと三人でビブスを取りに向かいに走った。その間もふざけながら俺達は笑っていた。


「岩城も今日で二軍いきか……お別れだ、岩城。いままでありがとう……」

「ちょっと、はじめ!」

「シュートさえ入れば岩城は良いプレーヤーなのに残念だ。しょうがない……」

「富島、まだシュート打ってないから、オレッ! オレ、打ってないからッ!」


 うるさい岩城を揶揄からかいながら俺達はビブスに袖を通していく。絶対決めると豪語する岩城に俺はにやけて挑発を飛ばす。


「じゃあ、打ったら外すなよ」

「パスが良ければな!」

「じゃあ、俺のパスで外したら一本外すごとにジュース一本だ」

「いいぜ、乗ってやる! というか、お前のパスが悪い場合どうすんだよ!?」


 ビブスを着終わった俺は岩城の挑戦的に発言に嗤って返す。


「愚問だ。俺のパスは最高の瞬間にしかお前に届かない! ドフリーのキーパーと一対一ぐらいの超絶決定機じゃないと外すからな、岩城は!」


 その発言を受けて富島が腹を軽く押さえて笑っていた。そして笑い終えて顔を岩城に残念そうに向けた。


「残念だ、櫻井のパスがあれば岩城は二軍に落ちることもなさそうだ」

「ポジショニングはいいからな、岩城は……」

「決定力もあるから!」

「富島、今日もパスの供給を頼むぜ!」

「任せてください、司令塔様」


 そうして、騒がしい俺達はグラウンドに走って向かっていく――。



《つづく》

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